第8話 ギフト授与候補

-キーブレス王国 首都 城下町-


 ギフト授与式まで後1ヶ月、スキル授与候補の地方貴族たちが城下町に集められていると聞いて、ピャーねぇとお忍びで城下町に赴いた。


 ピャーねぇが「スキルを授与する方は自分の目で見て判断したい」と言ったからだ。

 2人とも平民らしい服に変装し、ピャーねぇには大きめの帽子被せて金髪を隠して、町中を歩く。


「授与候補の方はどちらにいらっしゃるのでしょうか?」


「僕が把握しています。候補者は5人、順番に見にいきましょう」


「さすがジュナですわー!」


「ピャーねぇ、声大きいよ」


 褒めてもらって若干気まずくなる。なぜかって、候補者たちの所在を調べてくれたのは、ディセとセッテだからだ。

 まぁ、そのことはいい。とりあえず、今日はピャーねぇの好きにさせてあげるとしよう。



 1人目、2人目と、候補者を遠目から見た後、「少し休憩しましょう」という話になったので、城下町のカフェでお茶にすることになった。ここのカフェは、大通りに面していて、店の前にパラソルをいくつか立てた席が設置されている。僕たちはそのパラソルの下に座って、中世ヨーロッパのような町中で優雅なティータイムにしゃれこんでいた。


「先ほどの2人はどうでしたか?」


「うーん……イマイチですわね」


「理由を聞いてもいいですか?」


「まず1人目の方は、宿の店主の方に横柄な態度を取っていました。国民を大切にできない方は嫌ですの」


「ふむふむ」


 内心では、王侯貴族はほとんどそんなやつですよ、と思ったが黙っておく。


「2人目の方は、服装を見ただけですが、無駄に着飾っていましたよね?」


「まぁ、地方貴族にしては裕福そうには見えましたね」


「あちらの方の領地は貧困問題で大変なはずですの。それなのに、三男であるあの方があそこまで豪華な服を着ているのは違和感を覚えますわ」


「そうですか?授与式に向けて気合を入れてきただけでは?」


「だとしても、あのように宝石の指輪をいくつもつける必要はありませんわ」


「なるほど、ピャーねぇは厳しいですね」


「そうかしら?わたくしからしたら普通ですわ」


「じゃあ、次の候補の人にいきますか。えーと、名前はセーレン・ブーケ、クリオ南部を治めるブーケ子爵の三男ですね。あの宿に泊まっているそうです」


 紅茶を飲みながら、大通りの向かい側をピッと指を指す。

 僕らが座っている建物と似たような建物がずらりと並んだうちの一軒に、宿屋と書かれた看板が掲げられていた。3階建ての宿屋で、貴族が泊まるには安っぽい印象を受ける外観だ。


「あら、そうなんですの?ですからこちらのカフェにしたんですのね?」


「そうですよ。紅茶でも飲みながらセーレンさんが来るのを待ちましょうか」


「わかりましたわ。ジュナのエスコートは素晴らしいですわね」


「はは、ありがとうございます」


 それから1時間くらい待っただろうか。宿屋の入り口からシンプルな服装の男が現れた。高価な服ではないと思うが、身なりはしっかりとしていて、ドアの開け閉めがどこか上品な動作に感じた。貴族としてのマナーを学んだ者の動きに見える。


「彼でしょうか?」


「そうだと思います。聞いていた特徴と一致しますので」


 細身で長身のその男は、緑色の長い髪を首の後ろでまとめていて、顔にはメガネをかけていた。資料には、年齢18歳と書いてあるので、容姿からして彼がセーレンさんで間違いないだろう。


「どこかに出かけるようですね。ついていきましょうか」


「いえ、ちょっとお待ちになって」


 立ちあがろうとする僕をピャーねぇが制する。なんだろう?と思ってセーレンさんの方を見ると、セーレンさんの後ろから小さな男の子が2人走ってきて、セーレンさんを追い越したところで1人が転んでしまう。その子は転んだまま泣き出してしまい、もう1人のお兄さんらしき男の子はあわてて「どうしようどうしよう」と困っていた。


 そこに、セーレンさんが近づく。彼は、泣いている男の子を起こしてあげて、ショルダーバッグからガーゼと小瓶を取り出した。


「あれは?」


「たぶん、ポーションですわ」


 セーレンさんはガーゼにポーションを少しずつ垂らしてから男の子の膝に塗ってあげた。ポーションというのは、そんなに安いものではなかったはずだ。それなのに、見ず知らずの子どもに彼はそれを使っている。傷口にポーションを塗り終わると、たちまち擦り傷が治ったようで、泣き止む男の子、そして、その子たちは2人とも笑顔になってセーレンさんにお礼を言っていた。

 セーレンさんはその子たちを笑顔で見送ってから、再び歩き出す。


「彼、いいですわ」


「やっとピャーねぇのお眼鏡にかないそうな人が現れましたね」


「追いますわよー!」


 テンションが上がったピャーねぇが、僕をおいて駆けていくので、すぐに追いかけた。

 ぜんぜん身を隠そうとしないピャーねぇ。彼女には尾行というものがなんなのか、教え込まなくてはいけないな。と思うが、あえて黙っておいた。

 そのあと、ふと気づいたように、細い外灯に隠れてセーレンさんの様子を伺うピャーねぇ。でも、セーレンさんがたまたま振り向かないだけで、ぜんぜん隠れれてないピャーねぇの姿を見て、つい笑ってしまう。

 僕の姉さんは本当に可愛らしい人だ。


 2人して、セーレンさんの後をつけていくと、彼は食事の買い出しに向かったようで、何種類かの野菜と肉類を買ってから、宿に戻ろうとした。

 そこで、セーレンさんは、膝が悪そうなお婆さんに遭遇する。そんなお婆さんに声をかけるセーレン氏、荷物を持ってあげて、ゆっくりとその人についていった。


「いいですわー!彼すごくいいですわー!」


 隣のピャーねぇのテンションはアゲアゲだ。

 しかし、ひねくれものの僕の方はというと、『なんだあいつ?いい人すぎて逆にうさんくせぇ』なんて思ってしまう。


 さらには、セーレンさんがおばあさんを送り届けたあと、彼は怪我をしている子猫に遭遇、またしてもポーションを使って治してあげる。


 姉さんは目をキラキラさせているが、僕のテンションはどんどん落ちていく。『いい人過ぎて草、怪しすぎるンゴ』というひねくれ根性が強くなってしまったのだ。


 宿への帰り道、広場に差し掛かったところで、「あの方にしますわー!ちょっとお話してきますの!」とかピャーねぇが言い始める。


「待ってください、ピャーねぇ」


 走り出そうとする姉の手首を握ってステイさせる。


「なんですのー?」


「胡散臭いので僕があいつの本性を暴いてきます」


「どういうことですの?」


「ピャーねぇはここにいて」


「わ、わかりましたわ」


 そして、僕だけがセーレンさんに近づいた。


「すみません。あなた、セーレン・ブーケ様ですよね?」


「え?あ、はい、そうです。どこかでお会いしたでしょうか?」


「いえ、初めてお目にかかりました。私、サクリ北部を治めるファズ子爵の使用人を務めております」


「あぁ、たしかギフト授与候補の、これはご丁寧に」


 野菜などが入った紙袋を持ったまま、ペコリと腰を折るセーレン。


「それでですね。セーレン様にはお願いがあって参りました」


「お願い?なんでしょうか?」


「もし、あなたがギフト授与者に選ばれた場合、辞退していただきたいのです」


「な!?それは!?」


「大きな声を出さないでください。ファズ様は、ご子息にどうしてもスキルを得てほしいようでしてね。もちろん謝礼は差し上げます。前金としてこちらを……」


 僕は袋に入った金貨をちらつかせて見せてやる。


「ゴクリ……」セーレンさんはそれを喉を鳴らして見ていた。


 ほらな、こんなもんだよ、人間なんて。僕は心の中でニンマリとする。いい人そうにしてたからって騙されないんだからね!


 しかし、すぐに首を振るセーレンさん「いえ……お断りいたします」


 ……あれ?


「ギフトの授与とは大変名誉なことです。それに、私になにか領民のためになるようなスキルが発現するのならば、この機会、絶対にものにしたい。私は自分の領地の領民たちを代表してここに来たんです。ですので、お断り致します」


「ぐぬぬぬ……」


「お引き取りを」


 僕が悔しそうにしていると、


「ジュナ!あなた悪趣味でしてよ!」


 後ろから我慢できなくなったピャーねぇが声をかけてきた。


「セーレンさん!あなたとってもいいですわー!ぜひ!私のギフトキーでスキルを授けたいですの!」


「え?え?ま、まさか!?ピアーチェス様!?」


 セーレンさんが狼狽し、膝をつこうとするが。


「目立つのでそういうことはやめてください」

 すぐにツッコんでおく。


「はっ!もしや、あなた様はジュナリュシア王子でしょうか?」


「スキル無しも有名になったものですね。少し人目のないところに行きましょうか」


「はっ!なんなりと!」



 僕たちは、町の中を流れる大きな川まで歩いてきた。川にかかる石畳みの橋を渡っていく。馬車がすれ違えるほどの大きい橋を歩き、中腹までやってきた。


「このあたりでいいでしょう。姉上、どうぞお話ください」


「セーレンさん!わたくし!あなたに決めましたわー!」


 そんなポケモンみたいに言われても。


「え?それは……先ほどもおっしゃっておられましたが、まさか私にギフトキーを?」


「ええ!ええ!わたくし!あなたのような人柄の人こそスキルを持つべきだと思いますの!」


「それは……大変光栄です!ピアーチェス第五王女様!」


 バッと膝をつく、セーレンさん。


「くるしゅうないですわー!おーほっほっほっ!」


「悪役令嬢みたいですよ、ピャーねえ」


「あら?そうかしら?とにかく!わたくし、あなたに決めましたの!素敵なスキルが発現するといいですわね!」


「はっ!ありがたき幸せ!」


「あ……でも……」


 なにかを思い出したように、急にシュンとするピャーねぇ。


「わたくし、スキルランクがEランクですの……ですから、あなたに才能があっても……よくてCランクのスキルしか……」


「そのようなこと!ピアーチェス様がお気になさることではありません!たとえEランクのスキルを授かったとしても!これは大変な栄誉だと考えます!」


 暗い顔をするピャーねぇに、力強くフォローを入れてくれるセーレンさん。


「そうですの?」


「はっ!地方貴族の三男である私にとっては、またとない機会!大変光栄なことです!」


「そうですか!それでは1ヶ月後!頼みましたわよ!」


「はっ!」


「では!帰りますわよ!ジュナ!ついていらっしゃい!」


 僕は、「おーほっほっほっ!」と高笑いしながら歩いていくピャーねぇを追おうとして、ピタリと足を止める。ピャーねぇに対して誠意を見せてくれた男に、謝らないといけない、と思ったからだ。


「セーレンさん」


「はっ!」


「さっきは試すようなことをして、すみませんでした」


「いえ!ジュナリュシア様にもお考えがあってのことでしょう!」


「僕は姉上を守りたかった。だから、悪い奴は遠ざけたいと思ったんです。すみません」


「ジュナリュシア様は、お優しいのですね」


「はは、いえ、僕は自分勝手な人間ですよ。1ヶ月後、授与式では姉上のこと、お願い致します」


「もったいなきお言葉!精一杯務めさせていただきます!」


「では、失礼します」


 僕は橋を渡ったところで僕のことを待っているピャーねぇのもとへと急いだ。


「ついていらっしゃい」

 そう言ったわりに、しっかりと僕のことを待っている彼女の姿は、とても可愛らしく僕の目に映っていた。

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