第9話 潜入

「じゃあ、行ってくる」


「どうか、お気をつけて」

「ジュナ様、、絶対帰ってきてね?」


「ああ、2人ともありがとう。姉さんのこと、頼んだ」


 僕は、強い目をしてるディセと心配そうにしているセッテの頭を撫でてから、馬に跨った。2人が町の外で用意してくれていた馬だ。たてがみをひと撫でしてから、闇夜に紛れて走り出す。第四王子の別荘に向けて。


 ギフト授与式まであと一週間、僕はギフト授与式が始まるまでに、第四王子からAランクのギフトキーを奪うためにあいつのもとへ向かっていた。どうやって、あいつのギフトキーを奪うのか、方法は、5年前に覚醒した僕の能力が鍵になる。


 この5年間、僕は、自分自身の謎の能力について研究してきた。


 ピャーねぇが湖で溺れたあの日、僕は確かに自分の中に不思議な力があると感じたからだ。そして、その感覚は的中していた。僕には、《他人の技能やスキルを奪う》という、おぞましいスキルが発現していたのだ。

 これに気づいたときは、スキル無しから一転して、スキル持ちになれたことを喜んだ。でも、これが人を不幸にする能力だとすぐに気づき、落ち込みもした。なぜなら、スキル至上主義のこの国でスキルを奪われるというのは、その人物の社会的地位も全て奪うことに繋がるからだ。


 それにしても、他人にスキルを与える王族の生まれなのに、その逆のスキルを持ってるなんて皮肉なものだ。もしかしたら、僕が転生者だから、それがなにか関係しているのかもしれない。でも、それは神のみぞ知ることだ、今はいい。


 とにかく、僕はこのスキルを使って、第四王子からAランクのギフトキーを奪いに行く。


 現時点で分かっている僕の能力を大別すると、

 ①一時的にスキルを奪う能力

 ②永久にスキルを奪う能力

 の2つのことができると確認できている。


 まず、①の一時的に奪える技能やスキルには制限がない。その人が勉強や練習で習得した技能、例えば、英会話のような言語能力から水泳の技能、もちろん、魔法のスキルだって奪うことができる。


 でも、②の永久にスキル奪う能力では、技能は奪えない。奪えるのはギフトキーで与えられたスキルだけだ。


 つまり、技能系は一時的に奪えて、スキル系は永久に奪うことができる。


 一見便利そうに見えるこの能力だが、めんどうなことに色々な制約もついていた。


 一つ目に、スキルを奪うときには、対象の肌に直接触れる必要がある。城内でさんざん実験してきたが、服や手袋越しに触っても奪うことは出来なかった。


 そして、これがもっともめんどうな制約なのだが、永久にスキルを奪う場合は、対象の肌に触れた上で特定の呪文を詠唱しなければいけないのだ。だから、しれっと握手をして奪えるのは一時的なスキルだけで、そいつのスキルを永久に奪いたい場合は握手しながら詠唱をしないといけない。そんなこと、相手が普通の神経をしているなら、絶対に成功しないだろう。握手した相手が突然呪文を唱え出したら、すぐに手を離して警戒されるからだ。


 だから、第四王子からスキルを奪うのは簡単なことじゃない。でも、だからといって、やらないわけにはいかない。


 ピャーねぇがこれからも健やかに生きていくために、僕はあいつからスキルを奪う。そして、あいつの人生を……


 いや、絶対に僕がピャーねぇを守るんだ。改めてそう考えて、僕は馬を走らせ続けた。



 2時間ほど馬で移動してきたところに、第四王子の別荘はあった。海にせり出した崖の上に、小さな城のような建物が建っている。別荘の外には、かがり火が焚かれていて、その明かりに照らされた衛兵が何人も巡回しているのが見てとれた。とてもじゃないが正面から入ることはできなそうだ。


 だから、離れたところに馬を木に繋いでから、海の方に向かい、崖沿いに別荘に近づいていく。衛兵がいない海岸沿いに歩いていき、別荘の真下までやってきた。目の前にはそりたった崖、普通の人間が登ることなんてできないだろう。

 だから、対策はしてきた。僕は、懐から夜光石を取り出し、崖上に向かってキラキラと合図を送る。

 すると、間も無くして、崖上からロープが降ろされた。ロープには一定間隔で結目が作ってあり、登りやすいように加工されていた。


「さすがだな。よし、いくか」


 僕はロープを握って崖を登り始めた。



「ふぅ……結構しんどかった……」


「お待ちしておりました。ご主人様」


 崖を登りきり、別荘の広いベランダによじのぼったところに、使用人の衣装を着た少女が待っていた。


「ありがとう。カリン、助かったよ」


「いえ、家臣として当然のこと。まずはこちらにお着替えください」


「わかった」


 僕はカリンから受け取った使用人の衣装に着替えながら、隣で室内を警戒してくれているクール美少女に話しかける。


「カリンの方は問題なかった?」


「はい、問題なく使用人として潜入できました」


 カリンは、サイドで1つにまとめたサイドテールを揺らしながら、室内の様子を伺っていた。

 彼女の髪は、黒に近いオレンジ色の髪色で、サイドテールは黄緑色のリボンでまとめられ、そのリボンがサイドテール本体にも巻きついて飾られていた。身長は僕より少し高くて、年齢は15歳で僕の2つ年上、ピャーねぇと同い年だ。カリンは今日も鋭い眼差しで、クールな表情を浮かべながら任務に専念してくれていた。その紫の瞳からは全くといっていいほど油断を感じない。さすが潜入任務が本職の従者である。


 カリンとは、もともと敵対関係にあったのだが、ある事件をきっかけに僕につかえるようになってくれた。あのときは大変だったけど、今となっては僕の大切な従者の1人だ。そのときのことを思い出していると、


「ご主人様は顔が知られていますので、使用人の服を着ているといっても、あまり目立たないように。普段は仕事もしないようにして、なるべく身を隠していてください。くれぐれも第四王子には顔を見られないように」


 この別荘での潜伏の仕方についてカリンがアドバイスしてくれる。


「わかった。カリン、いつも大変な仕事ばかり……ありがとうね」


「いえ、ご主人様のお役にたてて嬉しく思っています。前職の技能も活かせますしね」

「ふふ」と少しおどけて笑うカリン

 そう、彼女はもともと裏の仕事を生業にしていたので、こういったことは慣れているのだ。


「まずは、明日の午前中に来る。危機感知スキル持ちのブカイ伯爵をなんとかしないとですね。そのときはよろしくお願い致します」


「うん、それは任せて」


「それでは私はここで」


 カリンはぺこりと会釈してから、窓を開けて室内に入っていった。仮の使用人としての仕事に戻ったのだろう。


「よし、僕も行くか」


 僕は、自分に言い聞かせるように気合を入れて、カリンが用意してくれた眼鏡をかけてから室内に潜入した。

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