第33話 快楽殺人者

「よし。カリン頼むよ」


「はい。かしこまりました」


 僕は、王城勤めの貴族から奪ってきたBランクのスリープが入った鍵を持ってカリンの前に立つ。これから、スラム街で金の才能探しをするための前準備だ。僕はカリンの背中に鍵を差し込みながら、


「我の力の一部を貸し与えよう。《ギフトキー》」と唱えて、カリンの背中で鍵を回した。

 カチリ。鍵が開く音が聞こえてくる。


「スリープの魔法、セッテも使ってみたかったなー」

「ディセたちは自分のスキルがあるから2個目は無理でしょ」


「あ、そっかー。スキルは一個しか使えないんだっけ?」


「そうだね。昔実験した限りだとそうみたい」


 僕が把握してる限りでは、奪ったスキルの鍵を僕に差し込むことはできないことと、すでにスキルを持っている人物に差し込むことはできないことはわかっていた。

 スキル発現者にスキルの鍵を差し込むには、今持っているスキルを奪ってから別のスキルを差し込むという手順が必要なのだ。だから、今のメンバーだと、奪ったスキルをそのままの状態で差し込めるのはカリンしかいなかった。


「よし、カリンいけそう?」


「はい、問題なく使えます。行きましょう。今晩にはこのスキルも返さないとですし、手早く」


「うん、そうだね。そうしよう」


 スリープのスキルを奪ってきたとはいえ、ずっと奪いっぱなしだと騒ぎになる可能性が高い。サクッと目的を果たして、今日中には元の持ち主にスキルを返そうという計画だった。

 準備が整った僕たちは、4人でスラム街に足を踏み入れた。



「全然見つからない……」


 時刻は夕方、もう空が赤くなっていた。

 カリンのスリープを使って、スラム街の住民を眠らせてから僕が才能を抜き取る。出てきた鍵が金色でなければ元に戻す。そんなことを数時間、繰り返してきた。夕方になるまで、50人近くの才能を抜き取ってはみたが、1番良いものでも銅の鍵だった。ほとんどの住民から出てきた鍵は、鉄や石の鍵だったのだ。金の鍵を探すという当初の目標は、全然達成できる気配がない。


「やはり、貴族は才能豊かで、平民は才能に乏しいのでしょうか?」


「うーん……」


 そうだとは思いたくない。でも、数100年続くキーブレス王国で、才能豊かな者たちが選抜されてきた結果がこうして現れているのかもしれない。

 つまり、才能がないものが今は平民という身分におさまり、おちぶれてスラム街に住んでいる、ということになる。


「認めたくはないけど、この結果を見ると……そういうことなのかも……」


「ジュナ様、どうしますか?夜になると、スラム街をうろつくのか危険かと」


「そうだね。今日は帰ろうか」


「わかった!じゃあじゃあ!こっち!」


 ピッと、セッテが帰り道を指差してくれたので、僕たちはそっちに向かって歩き出す。しかし、少し歩いたとこで、前の方から騒ぎが聞こえていた。


「やめてくれ!」

「キャー!!」

「なんでこんなことするんだ!」


「みんな、隠れて!」


 悲鳴を聞き、僕はあわててみんなに声をかけた。建物の影に隠れるよう指示を出す。

 僕は、みんなが隠れたことを確認してから、路地の向こうを覗き見る。何人もの人たちが必死な顔で走って行くのが見えた。恐ろしいものから逃げている、そんな姿に見えた。

 そんな中、1人の男が足を引きずって路地に現れる。ボロボロの服を着たスラム街に住んでいるだろう男だ。左足から血を流し、恐怖に染まった顔でこちらにやってくる。


「はぁ!はぁ!たす!たすけ!」


「はははは!」


 笑い声が聞こえてきた。聞いたことのある声、そして姿だった。


「鬼ごっこはもうおしまいでござるか?」


 マーダス・ボルケルノだ。血みどろの刀を持って、袴は返り血で染まっていた。ニヤつきながら、足を引きずる男に近づく。


「ひっ!?やめてくれ!なんで俺たちなんかを!?あんたには!なにもしてないだろう!」


「はぁ?ただのストレス発散でござるサンドバッグが口を聞くなよ」


「なっ!?」


 ズバッ。


「あぁぁぁ!!」


 ズバッ、ズバッ。


「あぁ!……あ!……あ、う……」


「5匹目……ふふ……もう2、3匹斬りたいでござる……」


 マーダスは、暗い顔をし、口元をニヤけさせながら、ゆらゆらと路地の向こうに消えていった。


「……っ!はぁー!……みんな、大丈夫?」


 あまりの光景に息を止めていた僕は、あいつの気配が消えてから息をすることを思い出した。全身から変な汗が流れる。

 ディセとセッテは、僕と同じように青い顔をしていて、カリンだけが冷静だった。


「早くこの場を去りましょう。迂回した方がいいかもしれません。ディセ、案内はできますか?」


「は、はい!こちらへ!」


 僕は、震えているセッテの手を引いて、ディセの案内に従って、急いでスラム街の外を目指した。



 なんとか自宅まで帰ってくることができ、玄関を入ったところで一息つく。


「なんなんだあいつは……うっ!……」


 僕はさっきの光景を思い出し、吐き気を覚え自分の口をおさえた。

 はじめて人が殺されるところを見たからだろう。人が斬り刻まれていく姿、そして恐怖に怯える表情が頭から離れない。


「ご主人様、深呼吸です。落ち着いて」


 僕の背中をカリンがさすってくれる。


「ご、ごめん……ありがとう……」


「いえ」


「ディセ、セッテ、大丈夫?」


「ディ、ディセは……大丈夫です……」

「セッテこわい……」


 ディセが強がっているのはすぐにわかった。セッテは素直に気持ちを教えてくれる。


「だよね……2人ともこっちに」


 僕は2人の手をとって握る。2人とも両手を重ねて握り返してくれた。ぷるぷると震えている。


「……予想はしてたけど……この前の人斬り事件もあいつの仕業だったのか……」


「そうでしょうね。それに、あの顔……あいつはまた人を殺します。今日だけじゃ止まりません」


 カリンが恐ろしいことを口にする。


「それは、経験からくる予想?」


「はい。あの男の顔は快楽殺人者のそれでした」


「そうか……ふぅ……とりあえず、リビングで落ち着こうか」


「はい……」

「うん……」


 僕は、ディセとセッテの手を引いてリビングに向かう。


「僕がお茶をいれるよ。みんなはソファで座ってて」


「ありがとうございます……」

「うん……ありがと、ジュナ様」


「……ご主人様」


「なに?」


 台所に向かおうとしていたが、カリンに呼ばれ振り返る。


「こちらを、ご覧ください……」


 難しい顔をしたカリンがダイニングテーブルの上をみて、立ちすくんでいた。

 なんだろう。僕はカリンの横まで歩いていく。


「な!?なんだこれ!」


 ダイニングテーブルには、1通の便箋が置いてあった。


 そこには、こう書いてある。


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ジュナリュシア・キーブレス殿

 もし、才能豊かな者をお探しでしたら、マーダス・ボルケルノを調べるといいですよ。

                                 名無しより

------------------------------------------------------------------------------------------------


「誰がこんなものを……」


「この家に侵入して手紙を置くこと自体は、さして難しくはないでしょう」


 カリンが冷静な声で答えてくれる。


「それはそうかもだけど……」


 問題はそこじゃない。


「なんでこの人……ディセたちの目的を知ってるのでしょうか……」


 そう、それだ。


「確認だけど、外でマーダスやシューネの話なんて、してないよね?」


 みんながコクコクと頷く。


「だよね」


 そんなヘマ、みんながするはずが無かった。


「そうなると、誰かのスキルによるものだと考えられますね」


「それしかないか……たとえば、心を読む、みたいなスキルの持ち主とか……そんなスキルを持つ貴族なんていたっけ?」


「私が把握してる限りではおりません」


「ディセも知りません。主要な貴族のスキルは全部覚えてますが、そんな人はいないはずです」


「そうか……次から次へとなんなんだ……」


 マーダス・ボルケルノの惨殺事件。そして、僕たちの目的を知ってる謎の人物からの手紙。立て続けに問題が押し寄せてきて、頭が痛くなる。


「ご主人様、一つずつ整理しましょう」


「そうだね。まず、マーダスのやつだけど、あいつのことはもう放っておけない。これ以上被害者が出る前になんとか止めたい。少なくとも、あんなやつがスキルを授与するのは絶対止めないといけない」


「かしこまりました。では、マーダスの才能を奪う。これを当面の目標としましょう。その上で、あいつに深手を負わせれればラッキー、できなければ才能だけ奪って撤退、こちらでどうでしょうか?」


「うん。それでいいと思う」


「じゃあ、このお手紙は?」


 セッテが謎の人物からの手紙を手に取る。


「それは……信憑性もないし、誰からの手紙なのかもわからない。基本は無視でいいと思う」


「ですね。ディセもそう思います」


「しかし、ある意味ですが、一つめの課題に取り組めば、この手紙の信憑性も確かめられますね」


「うん。マーダスの才能を奪ったとき、もし、あいつの鍵が、金か、虹だったりしたら、この手紙の持ち主は、他人の才能のランクを調べる力があることになる。そういったスキルの貴族は?」


「王国に登録されている人物の中にはいません。登録されているのは、発現したスキルの種類とランクを測定できる人物だけ、それも1人だけです」


 ギフト授与式で水晶を持っていた爺さんのことを思い出す。そうか、スキル鑑定もレアスキルだったな。


「なるほど。つまり、この手紙の人物は、心を読むようなスキルと才能のランクを量るスキルを持っている可能性がある、ということになるね」


「それか、複数名の可能性もあります」


「そうか、そうだよね。2つのスキルを同時に持ってるよりも、その方がありえるか。どちらにしろ不気味なやつらだ」


「手紙の主については警戒しつつ、基本的には無視ということでよろしいでしょうか?」


「うん、そうだね。とにかく、まずはマーダスのやつをどうにかしよう。これから、僕が考えたマーダスと戦う計画を話す。みんなにもたくさん苦労をかけることになるけど、頑張ってほしい」


「もちろんです」

「はい!お任せください!」

「セッテがんばる!」


 ということで、僕はマーダスを倒す作戦についてみんなに話し出した。


 このときの僕たちは、2つの問題が同時に押し寄せてきたことで警戒が足りてなかったんだろう。諜報活動が得意なカリンだって、気づいていなかったんだ。台所に、白い髪の女の子が潜んでいたことなんて。

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