第34話 真相を確かめるために

 バン!わたしは、実家の玄関を乱暴に開き、室内へと入った。目の前に使用人がいて、驚いた顔をしている。


「マーダスお兄様はいらっしゃいますか!」


「シュ、シューネお嬢様……おかえりなさいませ……」


 わたしの剣幕を見てなのか、いつもは冷たい使用人が頭を下げる。


「マーダスお兄様は!?」


「マーダス様は、お庭にてお稽古を……」


「ありがとうございます!」


 そして、わたしはあの人の元へと向かった。



 ガチャ。


「ジュナー?」


「はぁーい?」


 午前中、いつもよりだいぶ早い時間にピャーねぇがやってきた。


「あら?おかしいですわね……」


「どうかしたの?」


 リビングに入ってきて、首を傾げるピャーねぇ。


「シューネが朝からいなくって、ジュナのところかと思いましたのに……」


「そうなんだ?なにか用事で出かけたのかな?」


「でしょうか?……でも、あの子がわたくしに何も言わずに出て行くかしら?」


「うーん?」


 僕はシューネさんのことをイメージする。


「たしかに、あんまり想像できないね」


「ですわよね。どこに行ったのでしょう……わたくし、心配ですわ……」


「そうだね。僕も手伝うから探してみよっか」


 僕は本を閉じて立ち上がる。それと同時に、窓の外にいるカリンに目配せした。僕の意図を汲み取ったカリンは姿を消す。シューネさんを探しに行ってくれたのだろう。とりあえず、3人体制でシューネさんの行方を探すことにした。



「シューネは一体どこに行ったのかしら?」


「んー、買い物なら城下町かな?」


 自宅の外に出て、僕は呑気にそんなことを言う。


「そうですわね。では、まずは城下町に出てみましょうか」


 そして、ピャーねぇも僕に同意してしまった。僕たちは、そんなところに行ってる場合じゃないというのに。



 ガン!ガンガン!庭から木刀を叩きつける音が聞こえてくる。マーダスお兄様だ。いつも、庭に植えてある大木を木刀で叩いて、それを稽古だと言っている。そして、何本も生きた木をダメにしてきた。


 この稽古は昔からの光景で、わたしが小さいころ、「マーダスお兄様……生きてる木じゃなくて……お稽古用の木材でやった方がいいのでは?」と提案したら、今度はわたしが木刀で殴られた。『木が可哀そう』と思うことすら、ううん、わたしが意見することなんて、許してもらえないのだと、小さいわたしは理解した。

 こういうことが続いて、わたしはマーダスお兄様に意見することが恐ろしくなって、何も言えなくなっていった。


 あれからもずっと、『生き物を傷つけるのは良くないことです』そう思っているのに、一度もその気持ちを意見できずにいた。

 でも、今日は違う。言わなければいけない。だって、今度は木のことじゃない、人間のことだから。


「マーダスお兄様!」


 わたしは、恐怖を押し殺して、あの人の背中に話しかける。


「あ?なんだ、自分で戻ってきたでござるか。シューネ」


 木刀をおろし、ゆっくりとこちらを振り向いたあの人は、今日も恐ろしかった。でも、あのことを確かめないわけにはいかない。


「お兄様が国民の方を斬って回っているというのは本当ですか!?」


「あー?帰ってきてそうそうなんでござるか。拙者、皆目見当もつかんでござるな」


「スラム街の人たちのことです!」


「……どこでそれを?はぁ……めんどうなことになったでござる」


「っ!?でしたら本当なのですか!?」


「だったらなんだというでござる?」


 兄の回答を聞いて驚愕した。まさか、本当だなんて思っていなかった。ジュナリュシア様が勘違いしているんだと、そう思いたかった。


「なっ!?なんでそのようなことを!罪人ですらない国民ですよ!」


「国民?ははは、あいつらはゴミ溜めに住むゴミでござる。ゴミを斬り捨ててなにが悪い?」


「なんてことを言うのですか!お兄様は貴族として!国を守る立場としてあってはならないことをしています!」


「はぁ……おまえはいつから拙者に意見できるようになった?」


 ぎろりと睨まれる。わたしはびくりと身体を震わせるが、引かない。だってわたしは、あの人たちと戦うって決めたから。


「……さすがのお兄様でも、ここまでのことは、今までしてこなかったはずです。6年前だって……正当防衛だったって……」


「はぁ?おまえ、本当に拙者の言葉を信用していたでござるか?」


「え?」


「正当防衛?そんなわけがなかろう。あの服屋の店主は拙者の崇高なデザインセンスを鼻で笑ったでござる。死んで当然でござろう?」


「そんな……まさか……じゃあ、あのときもお兄様の意思で人を?」


「当たり前だろう。それに此度の一件、原因はおまえにある、シューネ」


「わ、わたし?」


 この人は、一体なにを言ってるの?


「そう、サンドバッグのおまえが拙者の元から消えたから、かわりにゴミを殺してストレス解消していたでござる」


「そんな……」


 わたしのせいで他の人が殺された?考えを巡らせたら、頭がぐらぐらしてきた。足元がふらつき、ペタンと崩れ落ちてしまう。


「なんだ?さっきまでの威勢はどうした?」


 マーダスお兄様は笑っていた。人を殺しているのに、笑っていた。

 わたしがなんとかしないと……戦うんだ……


「……お兄様は最低です。間違っています」


「あ?」


「今すぐ人殺しなんてやめてください!!」


「なんだと?」


 シャキン。マーダスお兄様が木刀を捨てて、真剣を抜いて近づいてくる。


「おまえ、調子にのってるな……」


「ひっ……」


「もう一度、調教してやるでござる」


「や、やめ……」


 わたしが声を出したときには、わたしの肩口が斬られていた。左肩から鮮血が散る。


「あぁぁ!?いやぁ!」


「ははは!おまえの悲鳴はいい!久しぶりでござる!」


 痛い、痛い……すごく……でも……


「……ふっふっ……ふぅー…………お兄様、人殺しをやめてください」


「あー?いつもは泣いて逃げるくせに、どうした?」


「……わたしを斬っても、わたしはもう逃げません」


「……つまらん……俺は!おまえが逃げてるときになー!背中を斬りつけるのがなにより楽しんだよ!このバカ女が!」


 ザシュ。そして、わたしはまた正面から斬りつけられた。


「あぁ!!」


 痛みで、自分の身体を抱きしめて俯く。涙が頬を伝っていた。いつもなら、逃げていた。でも、気持ちを強く持って、顔を上げる。

 マーダスお兄様は暗い顔をして、わたしのことを見下していた。


 怖かった。恐ろしかった。もう、この人が人じゃなくて、恐ろしい黒い塊にしか見えなかった。

 でも、逃げない。ここで逃げたら、あの優しい人たちと約束したことが、嘘になってしまうから。



《カリン視点》


「……」


「やめ!やめてください!」


「ははは!そろそろ根を上げたでござるか!」


「ちがいます!人殺しをやめてください!」


「……うるさい!愚妹ごときが!」


「ああ!?」


 私は、ボルケルノ家の庭に身を隠し、目の前の惨状にどう介入すべきか考えていた。私だけであの男を止められるだろうか。


「ははは!」


「っ!?や、やめ……」


 シューネ様は、必死に耐えていて一歩も引く様子はない。傷口を見る限り、そこまで深くは斬られていないようだが、このまま斬られ続けたら、出血死する可能性がある。

 屋敷の方を見る。使用人たちは青い顔をして眺めているが、誰も助けようとはしない。信じられないことに、家族もだ。赤い髪の人物が何人か窓際を通ったが、庭の方をチラッと見てからすぐに姿を消した。この屋敷にシューネ様を助ける人物はいないのだ。


 私が助けに……いや、一旦ご主人様に報告を……

 でも、ご主人様に報告したらすぐに助けに向かうだろう。そうしたら、ご主人様にまであの凶刃が向けられる可能性が高い。

 それはダメだ。私が、やるしかない。そう決心して、私は短剣を構えて、ゆっくりとマーダスに近づいた。


「ははは!……ネズミが紛れているでござるな」


「っ!?」


 ガキン。背後からの一撃だった。完璧に気配を消したはずだった。


 それなのに、私の短剣はマーダスの首元で止められている。しかもこいつは、こちらを見てすらいない。私はすかさず、こいつから距離を取った。


「何者でござるか?」


 ゆっくりと振り返る快楽殺人者。刀を向けられてすぐにわかった。私では勝てないと。


「あ、あなたは……?」


 でも、シューネ様はもう限界だ。身体を震わせて血みどろになっている。


「シューネ様、お逃げください」


「え?……あなた……ジュナリュシア様の家にいた……」


「……」


 私は、シューネ様に顔を明かしていない。私のことを知っているということは……そうか、私たちの会話を聞いてここに来てしまったのか、と思い当たる。


 私は自分が失敗したことを理解して唇を噛む。アサシンとして、あってはならない失態だ。


「ジュナリュシアだと?はぁ、またあのスキル無し関連か。やれやれでござる。そなた、あやつの従者でござるか?」


「……でしたら、なんだと?」


「なら、斬ってもいいでござるな」


 ニヤ。マーダスがニヤついたかと思ったら、一瞬で距離を詰められた。やつが目の前にいる。

 刀は!?右!


「っ!?」


 ガキン。なんとか受け止めることはできたが、やつの刀の勢いを殺すことはできず吹き飛ばされ、大木に叩きつけられる。


「がはっ!?」


「ははは!よく止めた!女のわりにやるでござるな!」


「お兄様!やめて!」


「うるさい!おまえはそこで見ていろ!」


 立ち上がる。息を整えて前を向いた。シューネさんが私を助けようと、足を引き摺りながら近づいてくるのが見えた。


 マーダスはニヤついて刀を肩にのせている。

 

 倒せない、私には。

 シューネ様は……すみません……ここは逃げるしか……

 

 私は煙玉の準備をする。すると、


「あ?おまえ、逃げる気か?」

 ニヤついていたマーダスの顔が暗い顔にかわる。


「……」

 私は答えない。


「逃げるつもりなら、手加減はやめだ」


 マーダスが構えをとったと同時に、私は煙玉を投げつけた。煙幕が広がり、視界が塞がる。私は出口に向かって駆け出した。

 でも、あいつのおぞましい殺気が近づいてくるのがわかった。


「ご主人様……」


 諦めに似た気持ちを覚え、愛する主人のことを考える。最期にもう一度だけ、ご主人様に触れたかった……

 そのとき、


「逃げて!!」


 煙の向こうから、シューネ様が現れて、私のことを突き飛ばした。

 綺麗な手だった。その手が、突き出された両手が、私のことを助けてくれた綺麗な手が左側から現れた刀と重なる。


 私の目の前で、シューネ様の両手が斬り落とされた。


「あぁぁぁぁ!!」


「シューネ様!」


「はははは!!」


 ボルケルノ家の庭には、少女たちの悲鳴と、殺人鬼の笑い声が響き渡っていた。

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