第5話 隠れた力の覚醒

 ピアーチェス・キーブレスと出会ってから1年が過ぎ、ピアーチェス第五王女は僕のことをジュナ、僕は彼女のことをピャーねぇと呼ぶようになった。ピャーねぇは10才で、僕は8才になっていた。


 今日は、2人で敷地内の小さな湖に遊びに行こうということになっている。僕は自宅の玄関の前で、ピャーねぇのことを待つ。すると、いつもの金髪縦ロールを揺らしながら2つ年上の少女がやって来た。


「ピャーねぇ、なんですか?その格好は?」


「なんですの?出会い頭に、別にいつものドレスじゃありませんか」


「だから、今日は水辺で遊ぶので軽装で来てくださいって言いましたよね?もし湖に落ちたらドレスだと危ないでしょ?」


「うるさいですわねー。わたくし、泳ぎには自信がありますの!ですから大丈夫ですわー!さぁ!ジュナ!行きますわよ!」


 僕の手を引いて、嬉しそうに駆けていくピャーねぇ。その笑顔をみて、僕はツッコむ気力をなくし、自然と口角を上げてしまっていた。


「ピャーねぇの家は変わりない?」


 湖に向かいながら、前を歩く縦ロールに話しかける。


「えぇ、わたくしも、お母様も不自由なく暮らしてますわ……ジュナの方は相変わらず?」


「はい、母上は帰ってきませんね。どこにいるのやら」


「心配ですわね……」


「まぁ、そうですね」


 ピャーねぇは心配そうにしてくれるが、正直、母親に可愛がってもらった記憶があまりないので僕は気にしてなかった。でも、一応こっちの世界での母親だし病弱でかわいそうな人だから、無事でいて欲しいとは思っている。


「やぁ、ピアーチェス、ご機嫌よう」


 母のことを考えていると、正面から細目の不健康そうな男が話しかけてきた。後ろには2人の取り巻きを連れている。


「……あら、クワトゥルお兄様、ご機嫌よう」


「ふふふ、Eランクでも挨拶くらいは出来るようだねぇ。ピアーチェス」


 クワトゥルと呼ばれたそいつは、取り巻きと一緒にニンマリと笑っていた。こいつは第四王子クワトゥル・キーブレス、スキルランクをAランクと判定されてから、やりたい放題していると聞いている。


「わたくし、これから用がありますので、失礼致します」


「おいおい!この私が話しかけてやったのにずいぶんな態度じゃないか!なぁ?ブラウ、アズー」


 クワトゥルが僕たちの進路を塞ぎ、通せんぼしてくる。


「はっ、その通りです、クワトゥル様」

「Eランクが生意気だぞ!」


 取り巻き2人もクワトゥルの左右に立って道をふさいだ。こいつらは、たしか高名な貴族の息子だったはずだ。デカい方は、僕らよりだいぶ大きくて高校生くらい。小さい方は、ピャーねぇと変わらない10才くらいに見える。


「……なにか、わたくしに御用ですの?」


「私からの手紙は読んでくれただろう?その件についてだ」


 手紙?なんのことだ?僕はピャーねぇの方を見る。


「……その件でしたら、お断りしたはずですわ」


「それはおかしなことだ!なぜAランクの私の求婚を断る!おまえはEランクだから!このままだと奴隷落ちだ!そんなおまえを私がもらってやろうというのだ!

有難いことだろう?なぁ?ブラウ、アズー」


「はっ、その通りです」

「そーだそーだ!」


 求婚だって?はじめて聞いた話に動揺するが、それを顔に出さないように努めて、話の成り行きを見守った。


「わたくし、ランクは低くても誇りは捨てた覚えはありませんことよ」


「どういう意味かな?」


「あなたのようなクズのお嫁さんにはならないということですわ」


「なん、だと?クズ?この私が?」


 さっきまでニヤついていたクワトゥルの顔がどんどんと憎悪に染まっていく。


「ええ、あなた、使用人たちにひどいことをしていると噂になってますわよ?そのような方のお嫁さんだなんて、まっぴらごめんですわ。では、失礼致します」


 ピャーねぇは僕の手を引いたまま、そいつらを避けて歩き出した。今度は通せんぼはされない。しかし、クワトゥル王子と目があったとき、その目の曇りに何か不気味なものを感じる。


 この感じ……どこかで見たことがあるような、そんな感覚を覚えた。でも、僕にはそれよりももっと気になることがあった。


「……ピャーねぇ」


「なんですの?」


「ピャーねぇ、あいつに求婚されたの?」


「ええ……」


「そっか……」


 それ以上は聞くことができず、湖に到着する。


 僕らは2人とも微妙なテンションのまま、ほとりにとめられてる小さなボートに乗り込んだ。せっかく遊びに来ているのに、家を出たときと違って、2人とも沈んだ表情をしている。


 僕は口を開かず、オールを漕いで、湖の中心を目指すことにした。僕の前には向かい合うように、ピャーねぇが座っている。


 なんて声をかけよう。せっかくだし楽しい話を……いや、さっきのことちゃんと話しておこう。

 そう思ってピャーねぇの方を向くと、ボートに座ったピャーねぇの足の間から、子どもらしくない白のレースの下着が見えてしまっていた。

 めちゃくちゃ気まずくなる。僕は、それを見なかったことにして、そっと目を逸らしてから話しかける。


「ピャーねぇ……」


「なんですの……」


「ピャーねぇはあいつのお嫁さんになるの?」


「ならないって言いましたわ」


「うん、だよね……でも、でもさ、あいつのお嫁さんになれば……少なくとも、殺されることは、無いと思う……」


 ずっと考えていたことだった、この1年。どうやって、スキル無しの自分が生き延びるのか。その方法の1つには、権力者の庇護下に入る。つまり、結婚などをして守ってもらう、というアイデアもあった。


 Eランクのピャーねぇにとっても同じことだ。だから、Aランクの相手との縁談は、生き延びるためには悪くない話ではある。それがたとえ、気に入らない相手だったとしても。


「わたくし……わたくしは愛した殿方と添い遂げますの。ですから、クワトゥル兄様とは結婚しませんわ」


 少しだけ言い淀んだあと、ピャーねぇは僕の目を真っすぐ見て、強い瞳で自分の意思を伝えてきた。


「そうですか……じゃあ、やっぱり、僕と一緒に国外に逃げませんか?」


 このアイデアも、何度も提案してきたことだった。


「いえ、わたくしはこの国で、国を国民を守ります。それが王族の矜持というものです」


 湖の水面に照らされて、キラキラと光る金髪の少女はとても美しく見えた。10才とは思えない志を発するその子に自然と目が惹かれる。

 すごく立派だと感じた。


「そう……ですか……」


「それに……それに、ジュナは……わたくしが他の殿方と添い遂げてもよろしくって?」


「え?」


 自分本位な考えしかできない自分に凹んで下を向いていたら、ピャーねぇから不思議なことを質問された。


 顔をあげてピャーねぇの顔を見ると、僕から目をそらし、そっぽを向いている。その頬はほんのり赤く染まっているように見えた。


「あの……それって……」


 ガタガタ。


「ん?」

「なんですの?」


 ガタガタガタガタ!

 突然、ボートが左右に揺れ出した。何事かと辺りを見渡すが異変は見つけられない。僕たちのボートの周りだけ、水面が暴れていた。


「ジュナ!」

「姉さん!しっかりつかまって!」


 僕たちは必死にボートのへりに掴まる。しかし、そんなことは無駄だといわんばかりに、ボートは勢いよく転覆してしまう。そして、転覆するときに見てしまった。湖のほとりで、ニヤつく第四王子と、両手を前に出している取り巻きの1人を。


 そうか、さっきのあいつの目。あいつの目は、前世で殺されるときに見た目だった。

 殺気だ。


 ザブンッ!僕たちは湖に落ちる。とてもじゃないが足はつかない深さだ。


「ガボッ!ピャ、ピャーねぇ!!」


「ジュナ!今助けっ!ますわ!」


 バタバタと足掻いているピャーねぇが見える。泳ぎには向かないドレスを着てるのに、必死に僕を助けようと、こっちに手を伸ばしてくれる。


 でも、そんなピャーねぇの手を取ることが出来ず、僕は沈んでいった。そう、僕はカナヅチなんだ。


 水の中、焦ったピャーねぇが潜って追いかけてきてくれる。そして、僕の手を取った。

 水面に持ち上げられる。


「ガボッ!はぁ!はぁ!ジュナ!しっかり!」


「ピャ、ピャーだけでも!」


「ダメですわ!」


 僕を離さないピャーねぇ。でも、彼女はすごく苦しそうで、僕を抱えて岸までたどり着けるようには見えなかった。


 なんで、なんで僕は泳げないんだ!くそ!


「ジュナ!わたくしが!わたくしがあなたを!ッ!?足が!?」


「ガボガボ!?」


 今度は2人して沈んでいってしまう。隣のピャーねぇは足を押さえて苦しそうだ。足を吊ってしまったんだろう。


 なんだよ、またこんなところで死ぬのか。


 2回目の人生もつまらなかったな。


 僕は早々に諦めそうになる。


『ジュナ!!』


 声は聞こえない。でも、僕をまっすぐ見て、足がつってるのに、必死に手を伸ばしてくれる女の子がそこにいた。


 いいのか?このままで?


 いいのか?また奪われる人生で?


 違うだろ。


 今度は、奪う側に回るって、そう誓ったじゃないか。


 そんな物騒なことを考えて、ピャーねぇの手を握ったとき、僕は自分の身体に変化を感じた。

 なぜか、さっきまでは何もできなかった水中で、手足が動くようになる。


 僕は泳げる。すぐにそう確信した。


 僕がピャーねぇを抱えて、水面に向かって泳ぎ出すと、腕の中の少女は目を閉じてしまった。彼女の身体から力が抜けていく。僕は焦って足を動かし、水面に向かう。


「ぷはっ!?ピャーねぇ!ピャーねぇ!」


 声をかけてもグッタリとして動かない。


「そんな!?いや!まだ!」


 僕は、そのままピャーねぇを抱えて湖のほとりを目指す。これまで一度も泳いだことなんてなかったのに、陸地までたどり着くことができた。


「ピャーねぇ!ピャーねぇ!しっかり!」


 ペチペチとほっぺを叩くが反応はない。


「ごめん!」


 僕は授業で習った人工呼吸をはじめた。ピャーねぇの鼻を押さえて、気動を確保し、柔らかい唇に……唇……馬鹿野郎!そんなこと考えてる場合か!


 僕は無心で人工呼吸を続けた。


「ピャーねぇ!ピャーねぇ!死なないで!」


「…………ゲホッ!?……ゲホッ!ゲホッ!」


 グッタリしていたピャーねぇの口から水が吐き出される。


「……うっ……ジュナ?」


「ピャーねぇ!大丈夫!?」


「大丈夫……では、ありませんわ。溺れたんですもの……」


「すぐに医者を!」


「わたくしたちに、医者なんて……来てくれませんわ……」


「クソっ!なんなんだこの国は!」


 僕は両手を地面に叩きつける。

 許せない。この国も。この国の制度も。あの、クソ王子たちも。


「……ジュナ、あなたが助けてくれたんですの?」


「え、ええ、一応……」


「泳げないって、言ってたじゃありませんか……」


「なんか火事場の馬鹿力で」


「ふふ、すごいですわ、ジュナも男の子ですのね……」


 そのあと、ピャーねぇの体力が少し戻るのを待って、肩を貸してあげながら、僕の部屋に戻った。身体を拭いてあげて、着替えを手伝って、僕のベッドで寝かせる。


 僕は、不安そうな顔で眠る姉さんを椅子に座りながら覗き込んでいた。考えを改めるときがきた。そう感じていた。


 このままじゃ、僕は、僕たちは、この国に殺される。今までは自分だけが助かれば良いって思ってた。でも違う。


 助けるんだ、この子を。


 僕のことを必死に守ってくれたこの子を。


 今度は僕が助ける。


 そのためには……


 【この国の全てを奪ってやる】

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