第25話 一歩踏み出す勇気

「どこにいったのかしら!」


 走るピャーねぇに手を引かれながら、僕も走る。


「なにをそんな焦ってるのさ!」


 僕たちは、先ほどの揉め事をややこしくした赤髪の侍男を探して走り回っていた。


「なんとなくですの!」


「だからなにが!?」


 ピャーねぇがなにを考えてるかわからないが、走っていたら建物の間の行き止まりの路地にたどり着いた。そこにさっきの侍男と、他にも2人、人がいるのを見つける。


「いましたわ!」


「ちょっと!何する気!」


 僕はピャーねぇの手を引いてステイさせる。路地に入る前の建物の影に、2人して隠れる形になった。


「ジュナ!ジュナにはアレが見えませんの!」


「え?あれって?」


 慎重な僕と違い、ピャーねぇは焦り顔だ。僕は路地の奥を覗き込む。


「はぁ……人を斬る機会を逃してしまったでござる……」


「兄さん、ほどほどにしてよ。今ポーション2本しか持ってない」


「うるさいでござる……」


 シャキン。マーダスが暗い顔をして刀を抜いていた。


「ひっ!」


 その刀の先には、さっきマーダスの後ろについていた白い髪の少女がへたり込んでいた。

 な、何をする気だ?まさか……そんな……


「シューネ……服を脱いで後ろを向け……」


「い、いや……やめて、お兄様……」


「いいから早くしろ!俺は人を斬らないとダメなんだ!!」


「ひっ!」


「もう見てられませんわ!!」


「ちょっ!?ピャーねぇ!」


 僕の手を振りほどき、ダッと走り出してしまうピャーねぇ。僕もあわててそのあとを追った。


「おやめなさい!」


「あ?」


 マーダスがゆっくりと振り返る。その顔は先ほどまでの飄々としたものでなく、何かに取り憑かれたかのような暗い顔だった。


「なんでござるか?拙者、取り込み中でござる……」


「わたくしは!ピアーチェス・キーブレス!キーブレス王国の第五王女ですわ!あなた!その子に何をする気ですの!」


「ピアーチェス?兄さん、まずいよ、あいつ。この前の授与式でEランクのはずなのに、Sランクのスキルを授与したっていう……」


「知らんでござる。拙者は人を斬れればそれでいい」


「その刀をしまいなさい!でなければ、キーブレス王家の名の下!牢獄にぶち込みますわよ!」


「兄さん、まずいって、ここは引こう」


「……ちっ……あー、ピアーチェス殿?」


「なにかしら?」


「そこの女は拙者の妹でござる。これは兄弟の問題、ほおっておいてほしいでござる」


「そうなんですのね。で?あなたはその妹さんに何をするつもりですの?」


「……」


 僕はゆっくりと腰の短剣に手を伸ばした。あいつの刀を止められるかはわからないが、最悪、ピャーねぇだけでも守らなくては……


「……はぁ……めんどうでござるな」


 シャキン。マーダスは、やれやれという顔してから刀を鞘にしまい、こちらにやってくる。そして、もう1人の赤髪の男と一緒に僕らの脇を通り過ぎていった。


「はぁ……ピャーねぇ無茶しすぎ」


 僕が息を吐いて声をかけると、隣に金髪縦ロールはいなかった。


「あれ?」


「あなた!大丈夫でして!」


「あ……あの……」


 ピャーねぇは、地面にへたり込んで震えている女の子の前に座って声をかけていた。


「怪我はないですの!?」


「は、はい……あの……」


「ピャーねぇ、落ち着いて、何か言いたそうだよ」


 僕も2人に近づいて、地面に座り込む。


「こんにちは、僕はジュナリュシア、キーブレス王家の第十七王子だよ。こっちは、さっき本人が言った通り、ピアーチェス第五王女。キミの名前を聞いてもいいかな?」


 目の前の白髪の女の子は、怯えている様子だったので、なるべく優しい声で話しかけた。


「は、はい……わたしは、シューネ・ボルケルノ……ボルケルノ家の5番目の子どもです……」


 シューネと名乗った女の子は、さらさらの白髪を肩くらいまで伸ばしていて、前髪もすごく長くて両目が隠れるほどだった。たしかボルケルノ家の一族はみんな赤髪だったはずだけど、この子の髪は白色だ。いや、よく見ると、後ろ髪の裏側は赤く染まっている。なるほど、ボルケルノ家の血筋は引いているようだ。

 年齢はたぶん僕と同じくらいだから13歳くらい、身長は僕より少し小さかった。物腰が低く、自信がなさそうにおどおどしている。


「ボルケルノってことは、やっぱりあいつらはキミの兄貴なんだね」


「はい……」


「実の妹になんてひどい!わたくし許せませんわ!」


「あ、ありがとう、ございます……助けていただいて……」


 シューネさんは地面に座ったまま、ペコペコと頭を下げる。


「よろしくってよ!わたくし、ああいう人は許せませんの!」


「……」


「テンション上がってるとこ悪いんだけど、ピャーねぇ」


「なんですの?」


「実の兄貴ってことは、シューネさんはあいつと同じ家に住んでるんだよね?」


「はい……」


「つまり、家に帰ったらまたいじめられるよ。さっきピャーねぇに邪魔されて、イライラした分を上乗せしてね」


 僕は少し意地悪かもしれないと思いつつ、ピャーねぇに指摘する。


「……」


 そして、僕の言葉を聞き、下を向いてしまうシューネさん。つまり、そういうことだ。


「……なんてことですの!?」


 ピャーねぇの方は、この事実に今頃気付いたようだ。


「ど、どどど!どうすれば!?」


「いや、僕に聞かれましても……」


「だ、大丈夫……です……いつものことですから……」


 シューネさんは諦めたように、作った笑顔を見せる。全然笑えていなくて、それが逆に痛々しかった。


「そんな!いつもあんな!?許せませんわ!シューネ!あなたのことはわたくしが守って差し上げます!」


 食い下がるピャーねぇ。その様子をみて、僕は違和感を覚えた。正義感の強い姉さんではあったが、初対面の子にここまで執着するだろうか?


「え?……いえ……そんな……王女様にご迷惑は……」


「迷惑なんて思ってませんわ!そうだ!シューネ!あなた今日からうちに来なさい!」


「え?」


「ピャーねぇ?何言ってるの?流石に急すぎるよ、シューネさんもびっくりしてるじゃん」


「そんなことわかってますわ!でも!家に帰って刀で斬られるくらいなら!わたくしのところにきた方が100倍幸せですわ!わたくしがシューネを幸せにしてあげます!」


 そんなプロポーズみたいに言われても。ピャーねぇはどうしてしまったんだろう、一目惚れでもしたのかな?


「ピアーチェス様……」


 やはり、言われた方も同じ感想を抱いたようで、ほんのり頬を染めていた。まぁ、そうなるよね。


「で、でも……なんで、わたしなんかのこと……今日はじめて会ったのに……」


 そう、僕も同じ感想だ。なんで、このシューネという女の子にここまで優しくするのか。その答えを、ピャーねぇがゆっくりとした口調で教えてくれる。


「あなた、先ほどの揉め事を止めようとしましたわね?」


「え?」

「え?」


 シューネさんと僕がハモるように声を出す。驚いている僕たちをよそに、ピャーねぇは言葉を続けた。


「あんな緊迫した場面で、もしかしたら自分が傷つくかもしれない、そんな場所にあなたは踏み込もうとしていましたわ」


 そうだったのか?僕はシューネさんのことを見ていなかったので気づかなかった。


「な……なんで……」


 シューネさんは心底驚いた顔をしていた。自分のことを見ていた人がいたなんて、そういう顔だ。


「わたくし、自分と同じ気持ちを持つ人のことだけはよくわかりますの。シューネ、あなた、人が傷つくのが嫌なのでしょう?」


「あ……う……」


「あなたはとても優しい子ですわ」


「ち、ちが……」


 両手を握って、ぷるぷると震え出すシューネ。


「違いませんわ」


 ピャーねぇは、そんな彼女の両肩に手を置いて、ジッと彼女のことを見つめた。シューネさんは握った自分の両手を見て、震えている。


「でも……何も、できなくて……足が動かなくて……」


「いいえ、あなたはたしかに一歩踏み出していました。あなたは勇気がある子です」


「そんな……わたし、なんか……」


 ポロ。ピャーねぇに自分の行動を褒められて、ほろりと一粒の涙を流すシューネさん。


「シューネ」


「はい……」


「わたくしの家に来なさい」


「でも……」


「わたくしは、あなたのことをちゃんと見ています。あなたも、わたくしのことを見て」


 そう言われて、やっと顔を上げるシューネさん。ピャーねぇの顔を見ると、ぷるぷると震えていた身体がゆっくりと落ち着きを取り戻し、やがて震えが止まった。


「……」


「わたくしのところに来てくださいますね?」


「はい……お世話になります……」


 涙を流しながら、ピャーねぇの提案を受け入れるシューネさん。


 そっか、ピャーねぇが「ボルケルノ家の人が気になる」と言って走り出したのは、マーダスのことじゃなく、この子のことだったのか。

 僕はてっきり、マーダスの悪事を暴こうとか、そういう目的かと勘違いしていたが、ピャーねぇは、この不憫な少女を助けたかっただけだったんだと気づく。


 さっき僕は、一目惚れか?と半分ふざけてツッコんだ。でも、ある意味当たっていたようだ。

 ピャーねぇは、この少女の勇気ある行動に一目惚れしたんだろう。


 僕は笑い合う女の子たちのことを眺めながら、損得のことばかり考えていた自分を反省した。


 この日、シューネ・ボルケルノという女の子がピャーねぇの友達になったのだった。

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