06*見つめ合うパーティーで -01-
「アイリス!」
「よく来てくれたね」
招待されたフェルナンド邸に向かえば、今回の主催にすぐ出会えた。数年ぶりなのだが、夫妻はほとんど変わっていない。少し皺の数が増えたくらいだ。
「フェルナンド子爵、リラ夫人。お久しぶりです。ご招待下さりありがとうございます。長らくご挨拶ができず、申し訳ありません」
アイリスはドレスの裾を両手で軽くつまみ、礼をする。パーティーのため、落ち着いた青色のドレスを身につけていた。髪は編み込んで横に垂らしている。
夫妻は笑い合う。
「そんなにお行儀よくしなくていいのよ」
「お転婆だった女の子も今や立派な淑女だなぁ」
子爵であるゾーイ・フェルナンドはもうすぐ六十。顔も身体も細いのだが力があり、自ら畑に出向く働き者の領主である。妻であるリラは少し身長が低く、ふくよかな体付き。二人とも柔らかい雰囲気を持っている。ちなみにリラの作る料理は絶品で、それにゾーイが惚れ込んだ。
幼い頃から家同士親交がある。
気さくな様子に、やっとアイリスも笑った。
「そう言っていただけてほっとしました」
「来てくれて本当に嬉しいわ。それにしてもさらに綺麗になったわね」
「両親のおかげです」
「こんなにべっぴんさんならきっと縁談も絶えないでしょう」
「はははは……」
(全くそんなことはないです)
縁談の話なんて両親から聞いたことがない。
心の中だけで返事をしておいた。
「うちの息子夫婦も後から顔を出してくれる予定だ。会ってくれるかい?」
「ええもちろん。お会いできるのを楽しみにしておりました」
夫妻の息子であるショイドとも面識はある。
年齢はアイリスより上で、弟とよく一緒に遊んでもらった。
しばらく夫妻と話を弾ませる。
数年間の空白のおかげで話すことがたくさんあった。その間、招待された人達が子爵に次々と挨拶している。それを横目に見ながら、少し気になることがあった。
「今回は招待客が多いのですね」
昔からフェルナンド夫妻は立食パーティーを開催しているが、限られた人しか呼ばない方針を取っている。日頃お世話になっている人達への恩返しを込めているかららしい。だが今回は、会場が少し埋まるくらい人が集まっている。
「ああ、元々少人数の予定だったんだが」
「逆に行ってもいいかとお声掛けがあったの」
「え」
「野菜も料理も美味しいって評判になってしまったようでね。目を輝かせてお願いしに来るんだから、嬉しくなって呼んでしまったのよ」
リラがふふふと嬉しそうな笑い声を出す。
準備は大変だったようだが、美味しいものを食べさせてあげたいという気持ちの方が勝ったようだ。リラは人をもてなしたり何かしてあげるのが大好きな人だ。負担も考えて少人数にしようとゾーイは考えていたそうだが、やる気になったリラの姿を見て許可したらしい。
「そうだったんですね。リラ夫人の料理の美味しさが広まるのは嬉しいです」
「まぁ嬉しいこと言ってくれる。ああでも、それだけじゃないと思うの。ほら、招待客には若い男性も多いでしょう?」
言われてみれば、確かにそうだ。
大体家族連れか、パートナーと一緒に来る人が多いのだが。
こそっとリラに耳打ちされる。
「今回久しぶりにアイリスがパーティーに来るって、風の噂で聞いたんじゃないかしら」
「ええ……? さすがにそれは」
ないだろうと、苦笑してしまう。
貴族間では噂話が広まりやすい。だが、自分の噂を聞いたところで何の得があるのだろうか。リラの料理の美味しさは老若男女関係ない。栄養満点の料理が食べられるという点で、若い男性が惹かれる可能性もあるだろう。
と、思っていると。
「あの、失礼します。ブロウ侯爵家のアイリス殿では?」
一人の青年に声をかけられた。
(え……?)
「はい。そうですが」
「お初にお目にかかります。自分は、騎士団に所属しておりまして」
(ああ、なるほどね)
同じ騎士団所属ならば、挨拶が必要だと思ったのだろう。相手の顔も名前も知らないが、家のこともあり、アイリスは他の騎士に比べて知られていることが多い。
「お会いできて、とても光栄です」
おそらく歳が下なのだろう。若く見える。
羨望の眼差しが向いているのを感じた。
(そんなに大したことしてるわけじゃないんだけど……)
今は王子であるリアンの傍にいることが多い。護衛をしている、という意味では騎士の仕事をしているが、実践経験はあまり積めない。自ら危険な任地に行ったり、自然が厳しい場所での警備をしている騎士の方が立派ではと思うことがある。
だが王族の一番近くにいる、というのは騎士にとって憧れなのだろう。守るべき存在の傍にいる。その位置は、実力だけではなく、王族からの信頼を勝ち取れないと得られない。
同じ騎士とはいえ話しかけてくる人は稀だ。大体遠巻きで見られることが多い。久しぶりに仲間に話しかけたもらえたことへの感謝と、先輩らしい声かけをする。
「今後とも共に国を守っていきましょう」
そう言って微笑んで見せた。
すると青年は息を吞む。
「……あの、ブロウ殿。よければこの後、僕と」
「アイリスも招待されていたんだな」
言葉が被るように声が響く。
アイリスも青年も目を見開いた。
(ロイ殿――!?)
青年の後ろから現れたロイは、騎士の礼服である装飾が豪華な黒い制服を着ていた。全体は黒色だが、色が異なる黒の糸を使った刺繍がさりげなく優雅さを表現している。襟や袖、紐などは金色で装飾されており、落ち着いた色合いながら存在感があった。
騎士の礼服を着る人はこの場にいない。青年でさえ一般的な礼服を身に付けている。色は黒でも、ロイの存在自体が目立っていた。髪も上げているからか、より大人びて見える。招待客の中には、ロイに見惚れている目もあった。
ロイは青年に話しかける。
「君は確か、第五部隊のキリトだったな」
「えっ。なぜ、僕の名前を」
「同じ騎士なら、各所属先の騎士の名前は覚えている。君も招待されていたんだね」
「……ええと。ロイ殿は、招待されたのですか」
「ああ。一応爵位をいただいたから、フェルナンド子爵から招待状を。色々とご共助いただきたくてな」
「そ、そうでしたか。あの、僕はこれで……」
青年はそそくさと移動してしまう。
(……同じ騎士なら私よりも有名人だものね)
しかも剣術は騎士の中でもトップレベルだ。
どうしたって緊張する相手だろう。
「アイリス」
「は、はい」
考え事をしていたため、焦った返事をしてしまう。すると「どうした」と少しだけ笑われてしまった。訓練のような返事をしてしまったからか。アイリスは少しだけ首を縮こませる。
「ドレス姿は初めて見た。綺麗だな」
「……ありがとうございます」
「顔が強張っている」
「見目を褒められるのは、よくあることですから」
「嬉しいことではないのか?」
苦笑してしまう。
「見目は私の努力ではありません。両親のおかげですし、身に着けているものがよいのです」
今着ている青いドレスだって、家にあったものを着てきただけだ。母であるフローレンスは子供を着飾るのが大好きで、いらないと言っているのに色々買ってくる。ドレスはクローゼットに準備されていたので、迷わず着ることができた。
「そうか。本心で伝えたが、アイリスが喜ばないなら意味はないな」
「嬉しいとは思っておりますよ」
「他に言われて嬉しいことはあるか?」
アイリスは少し考える。
「努力したことが実り、認めてもらえた瞬間は嬉しいです」
「アイリスらしい。そういえば、新しく教えた剣技が上手く決まった時は嬉しそうだったな」
「それはもう! できることが増えるのは嬉しいものです」
「ふっ」
ロイは不意打ちのように笑い出す。
くっくっく、としばらく笑っていた。
「まるで子供だ」
「っ! そのように言うのはロイ殿くらいですよ。どうやら私は『氷の花』と呼ばれているようですし」
少しだけそっぽを向きながら言う。
常に堂々とした態度。
客観的な意見を述べる冷静な姿。
それを見て、誰かが勝手に名付けた。普段絡みが少ない人達からすれば、ただの冷たい美人という見方をされる。
「そう見られていることは俺も知っている。周りに本当の自分を知ってほしいか?」
「……別に、知ってほしいとは思いません。そのイメージに憧れを抱いてくださる方もいるみたいですから。その人達の理想を壊すようなことはしたくありません」
士官学校時代も騎士となった今も、イメージで判断されることはある。同時に、それをいいと言ってくれる人もいる。なら、自らそのイメージを壊すようなことはしない。それを意識して生活しているところはある。全員に分かってもらわなくていい。知ってほしい人達にさえ伝われば、後はどう思われようが構わない。
「……アイリスは優しいな」
真っ直ぐな目で見つめられる。
お世辞でも冗談でもない言葉。その言動に、改めてロイは誠実な人だと感じた。今の言葉も、周りに配慮していることを察してくれた。優しいのはロイの方だ。いつだって欲しい言葉をくれる。
自分だけを見つめる瞳に、アイリスは吸い込まれそうになった。と思えばいつの間にか、ロイとの距離が近くなっていることに気付く。身長差はあるのだが、互いの顔が近くにある。彼が纏う香りに触れる。柔らかくて優しい花のような香り。甘ったるくはなく、爽やかさも感じられた。
彼はすっとアイリスの耳元に顔を近付ける。
「俺は本当のアイリスを知ってるか?」
「……まだ未熟だった頃に剣の指導をしてもらったのです。そのおかげで、こうして再会できましたし、あの頃と今の私は、特に変わってないかと」
「そうか。よかった。あの頃のアイリスを知るのは俺だけの特権だな」
なぜか嬉しそうに小さく笑っている。
(……なぜそれを耳元で言うのですか)
少しかすれた声が妙に心地よく聞こえてしまう。
アイリスは顔が緩みそうになるのを必死で耐える。
(ん?)
周りが少しざわついていた。
こちらを見てひそひそ話し出す人達がいる。
(!)
「ロイ殿、離れてください」
焦りながらも小声で伝える。
「なぜ?」
(な、なぜってなぜ!)
「人の目があります。噂されますよ」
「それはいいな。女性から話しかけられるのは苦手なんだ」
(そうなんだ)
と思いつつも。
彼は誰に対しても人当たりがいい。
それに、穏便に話を進めることができる。
「ロイ殿なら、上手く撒けそうなイメージなんですが」
「できるが若干良心は痛む」
「なるほど」
「アイリス。一緒にいてくれないか?」
「私ですか?」
「アイリスは俺の弟子であるし一緒にいても違和感がない。それに、人の目があるならいい練習にもなる。うん、そうしよう」
「勝手に決めてませんか」
とはいえロイにはリアンの件でお世話になっている。女性から熱い視線を浴びているのもちらほら感じている。一緒にいた方がロイが助かるのならという気持ちと、この状態でロイを一人にさせたくないという乙女心も少しあったりする。
ロイはちらっと周りに目を向ける。
物憂げな声色を出した。
「君を狙っている目が多くあることが気になっていた。さっきの騎士も誘おうとしていたな」
思わず眉を寄せる。
「まさか」
「…………君の鈍感さはたまに心配になる」
「鈍感? これでも頭は切れると言われますが」
「よく耳にしてる。俺も仕事においては優秀な人物だと思っている」
「ありがとうございます……!」
ロイにそう言ってもらえるなら素直に喜べる。
相手はなぜか少しだけ渋い顔になっていた。
「あらあら二人共。私達が近くにいることを忘れてない?」
リラはにこにこ顔で間に入ってきた。
二人は同時にはっとする。
(そういえばさっきの騎士に声をかけられてから、お二人のこと忘れてた)
ロイも頭を下げた。
「申し訳ありませんリラ夫人」
「ふふふ、いいのよ。ロイは最初に挨拶をしてくれたし」
「二人は親密な仲だったんだなぁ」
ゾーイはしみじみとこちらを見比べている。
……これはおそらく、異性的な何かで見られている気がする。恋人兼婚約者という立場は、隣国の王子へのアピールのため。実際の関係性ではない。アイリスは思わず「ち、ちがいます」と首を振った。するとロイが、アイリスの肩に手を置いて自分に引き寄せる。
(え!?)
「ええ、剣の師弟ですから。私はアイリスと変わらず仲良くしたいんですが、アイリスは素直じゃないようでして」
「な、なにを言ってるんですか」
「昔と変わらず仲良くしたい。そう思っているのは俺だけか?」
少しだけからかいが含まれた目を向けられる。
(くっ。優しいと思えばすぐそうやって……!)
最近、ロイの優しい面と意地悪な面に振り回されているような気がする。アイリスは臨機応変な対応というのが苦手だ。この場合ただ微笑んだらいいのだろうが、負けず嫌いが発生して素直になれない。
その点、ジェシカは周りに合わせることが上手かったりする。もしジェシカがアイリスの立場であったなら、今頃女神の笑みを浮かべていたことだろう。だが今のアイリスには難しかった。
少しだけ顔を逸らしてしまう。
「意地悪な物言いをなさらないなら考えます」
「手厳しいな」
ロイはにこやかに返してくる。こちらの発言で気を悪くしないのは、ロイの心が広いからだ。大人の余裕というやつか。やっぱり悔しい。
「二人が仲良しなのはたっぷり分かったわ。今度は私達の自慢の食材や料理をたっぷり楽しんで」
リラが先頭を切ってテーブルに案内してくれる。
他の客人も移動を始めていた。
ロイも歩き出す。アイリスは少し遅れて歩き出した。自分より前を歩く彼を見ながら、アイリスは思った以上に気持ちが沈んでいた。
(……またやってしまった。こういう言い方しかできないから私って可愛くない)
綺麗だの美人だの言われることは多いが「可愛い」と人に言われたことはない。母からも「もう少し愛嬌のある人になりなさい」と注意を受けたことがある。仕事の面では問題ないと思っているが、憧れの人に対してもこれなのはどうなのか。さっきロイに言ってしまった発言を、勝手に気に病んでいる。
パーティーに出席する前。
この五日間の間に、ジェシカの講座があった。
その時も言われてしまったのだ。
『……アイリス。もう少しグラディアン教官に委ねてみて』
『ゆだねる?』
『なんでも自分から動こうとしているわ。騎士としてはいいと思うけど、女性は一歩引いた方がいいの。男性を立ててあげるのよ』
『引く……? 立てる……?』
意味がよく分からず言葉を繰り返す。
ジェシカは溜息をこぼしていた。
『あなた自身が常に紳士的な動きをしているの。もっと素直になって、心を開いて、甘えられるようになるといいわね。女性というのは本来可愛らしい生き物。多少我儘でも、それが可愛いと男性は思ってくれるの』
(自分と真逆……)
どうしたらいいのか分からない。
自分にはできないのではないかと思ってしまう。
だが今、ジェシカの言葉が少しは理解できた気がする。ゾーイに言われた時、ロイに話を振られた時、もっと素直な気持ちを言葉や態度に出せたら、きっとよかったのだ。
(でも一体どう言えば。私も仲良くなりたいです、って? そんな、恥ずかしい……)
羞恥で言葉にならない、もしくは言葉にすることに恥じらいやためらいがあり、本心を隠してしまう。それが、素直ではないということなのだろうか。
視線を下にしながら歩いていると。
「アイリス」
いつの間にか目の前にロイがいた。
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