02*縁談の話 -02-

「今話そうとしてたとこだ」


 リアンが呑気に話に入る。


「ロイは騎士としても優秀で顔は整ってるし、貴族であるし、アイリスの師匠でもある。不足はない」

「お褒めいただき光栄です。顔は普通だと。あと身分は彼女の方が上です」

「女性達がきゃあきゃあ騒いでるのを聞いたことがあるぞ」

「どこで聞いたのやら」


 ロイは苦笑していた。


 彼はぱっと見、華やかな顔立ちではない。だが元々持つ柔らかい雰囲気と「好青年」と言われるほどの爽やかさを持つ。人に優しく自分に厳しく、常に身も心も鍛え上げている。なにより誠実だ。実力がありながらえらそうなところもなく、教官時代は立派な剣士を何人も育てた。彼を慕う騎士は多い。


 そんな彼なのだ。世の女性達も放っておかない。何人もの女性から言い寄られていた姿を見たことがあるし、縁談の話が出ている話も聞いたことがある。そんな場面に出くわすごとに、アイリスはどこかもやもやしている自分がいた。


「今更ですが、本当に私でよろしかったんですか。レナード殿下からすれば、彼女より身分の低い私では相手として不服なのでは」

「この国の王族は身分だけで人を判断しない」

「殿下達はそうでも、周りはそうとは言い切れません。中には苦言があったのでは?」


 思い当たることがあったのか、リアンが鼻で笑う。


「身分はあくまで判断材料であり、全てを決定するものじゃない。大体苦言する奴らは王族に何も言い返せないだろ。俺達の方が身分が上だ」

「おっしゃる通りです」

「話を戻すが、この国の王族が身分だけで人を判断しているわけじゃないことをレナード殿下も知っている。ロイだって分かってるから、爵位を与えられてもしばらく受け取らなかったんだろ?」

「やはりバレていましたか」


 ロイは苦笑する。


 彼は元々平民生まれだ。両親は城下でお店を営んでいると聞く。実力と仕事の功績が認められ、王族から直々に爵位を与えられた。のだが、彼は「自分のような者には相応しくない」と言って、何度も断っていた。今の暮らしや立場に不満もないようで、爵位をもらってもどうしたらいいのか分からないという。


 確かに貴族社会は華やかなようで、戦わなければならない場が用意されていたりする。貴族の中には身分が下の者を小馬鹿にする者もいる。皆、プライドが高いのだ。爵位をもらっても面倒事が増えるという点ではアイリスは同情した。現に自分も令嬢の立場でいるときは面倒だと思うことが多い。貴族社会の探り合いのような会話は疲弊する。騎士の時の方が過ごしやすい。


 ロイは爵位を半ば押し付けられるようにもらったようで、確か「子爵」のはずだ。アイリスは「侯爵家」の娘。身分的には確かにアイリスの方が上だが、この国の王族は、実力があれば上の地位に置いてくれる。ロイがいい例であり、リアンの側近であるグレイもそうだ。彼は確か孤児で、リアンが直々に引き抜いたと聞いた。


「自らの力で爵位を取る者はそういない。なぁアイリス」


 急に話を振られる。


「え、ええ……ではなく。なぜロイ殿に。ご多忙な方です。私のことでご迷惑をかけるわけにはいきません」


 自分の相手をしている暇があったら、おそらく積まれているであろう大量の重要な仕事を片付ける方が、彼にとっても国にとってもいいはずだ。個人的なことに巻き込んでしまうのは申し訳ない。


 そんな気持ちで伝えるが、ロイは首を振る。


「アイリスは大事な弟子であり後輩だ。会えない間も活躍は聞いている。立派な騎士になったな」


 しっかり目を合わせながら、労わるように言ってくれる。アイリスは思わず心臓がぎゅっとなった。騎士として憧れている人物に立派になった、と言ってもらえるのはこの上なく光栄だ。


 騎士団に入ればロイとも仕事ができるだろうかと楽しみにしていたのに、彼はほとんど重要な任務に明け暮れており、会うことすら叶わなかった。こんな形ではあるが久しぶりに会えて、アイリスは心の中で喜びを噛み締める。


「俺のことは気にしなくていい。アイリスを守れる騎士ナイトになれるなんて役得だ」


 こちらが気を遣わないようにそう言ってくれたのだろう。優しい微笑みに、アイリスも自然に顔が緩む。元々これはリアンからの命令。ならばロイも断ることはできない。これ以上言うのはロイを困らせると思い、アイリスはありがたく受け入れることにした。


 両者納得したところを見計らってか、リアンが「じゃあこれからのことを話すぞ」と話を切り出した。


「約一ヶ月後、隣国にてレナード殿下と会う予定だ。それまでに二人は色々と準備してくれ」


 準備、と聞いてアイリスは首を傾げる。


「礼儀作法は互いに身につけていますし、お話をするだけですよね。行けばいいだけでは」


 するとリアンは呆れた顔をする。

 大袈裟に手まで動かしていた。


「アイリス。あのレナード殿下だぞ? 女性のちょっとした仕草にも気付くあのフェニミストが、お前達の関係にすぐ騙されてくれるとでも?」

「…………」

「つまり、恋人らしく見えればいいと」

「さすがロイは理解が早いな」

「恋人と言っても、どのようにすればレナード殿下に納得してもらえるんでしょうか」


 ロイが自身の顎に手を添える。

 アイリスも悩んだ。


 相手は王族。ただアイリスを気に入っただけならいいが、本当にアイリスを自分の物にしたいと思うのなら、ロイとそれなりの関係性になっていないと納得してくれないだろう。関係性が浅いことで自分の物にできるなどと思われては面倒だ。


「まぁなんでもいいだろ。俺としては、ロイのことは心配していない。アイリスが不安だ」

「どういう意味ですか」


 思わずむっとしてしまう。


「だってお前色恋沙汰に縁がなかっただろ」

「殿下に言われたくないんですが」

「俺は想像力があるから」

「その発言、内容によっては王子としてどうかと思いますよ」

「健全な男心を理解してくれ」


(なにが『男心を理解してくれ』よ)


 アイリスはますます不機嫌になる。


 リアンに言われたことは間違っていないが、縁がないのは彼も同じはず。今年で十九。そろそろ婚約者選びの話も出てくる年齢だ。それなのに浮いた話がないのは、彼自身の性格も関係してるんじゃないだろうか。


 この国の第一王子のバルウィンは、物腰柔らかで品もあり、国中の女性達から注目されている。見た目も中身もまさに理想の王子様だ。リアンはその影に隠れてしまっているような気もする。


「ロイはアイリスと違って慣れているだろう。リードしてやってくれ」

「慣れてはいませんよ。毎日仕事で精一杯です」


 爵位をもらったなら貴族の令嬢とも会う機会が増えるだろうと心配していたが、どうやら仕事に明け暮れているようだ。それを聞いてアイリスはほっとする。


「自分の方が年上ですし、リードしたいとは思っています。アイリスは年頃の女性の中でも落ち着いていますが、それが彼女の魅力だと思うので。私が熱烈に惚れている、ということにすればいいじゃないんでしょうか」


(なっ)


 急に爆弾を落とされた。


「へぇ、それはいいな。無理に両思いを演じるよりずっといい。アイリスはそのままでいいもんな」

「ええ。私がアプローチをしたということにすればいいかと」


(な……な……!?)


 リアンの言う通り、アイリスは色恋沙汰には慣れていない。当然、異性に対する耐性もない。となると、確かに無理に両思いを演じるよりは、普段通りでいた方がぼろは出ないだろう。ロイの提案は名案だと思えた。だがアイリスによっては別の問題が出てくる。


(……演技とはいえ、そんなロイ殿に近付かれたら)


 絶対に勘違いしてしまう。

 相手は一切そんな気がなかったとしても。


 彼に浮いた話がないことは知っている。女性にあまり気がないことも。だからせめて、心の中では憧れたままでいたかった。気持ちを明かす勇気はない。こんな仏頂面の自分に好かれても、きっと彼は嬉しくないだろうから。遠くで見ることができればそれでいいのだ……と思っていたのに、これから彼とは近い距離にいなければならない。


(……天国なのか地獄なのか)


 ロイと一緒にいられるものの、耐えられるだろうかと、アイリスは途端に不安になった。気があることがバレないようにしなければ。普段の自分でいなければ。


 色々と考え過ぎてどんどん真顔になる。

 その間にも二人は話を続けていた。


「で、どうするつもりだ。熱烈に惚れてるって、けっこうなことをしないといけないと思うが」

「そうですね……アイリスがされて嫌なことだけは先に聞いておきたいのですが」

「え」


 思わず素で声を出してしまう。

 ロイと目が合う。


「教えてくれないか。されて嫌なことを」


(……ロイ殿に、されて嫌なこと?)


 そんなもの、あるわけがない。彼は人に対して嫌なことなどしない。それに、急に言われても全く想像できない。


 アイリスは迷うように視線を動かす。


「そう言われましても……」

「経験がないんだから想像もできないよな」

「殿下は黙ってもらえますか」


 からかうようなリアンの口調に、アイリスはドスを利かせた。真顔で睨んだのだが、相手はどこ吹く風。本当に怖いもの知らずだ。


 すると急に、頭の上にロイの手が軽く乗る。

 そのまま優しく撫でられた。


「じゃあその時に教えてほしい。こうして急に触れることもあると思う。嫌なら嫌と、はっきり教えてもらえるとありがたい」


 その時とは、どの時なのだろう。

 一体何をされるのだろう。


 聞きたいような気もしつつ、聞いてしまったら顔を背けたくなってしまうかもしれない。それ以上聞く勇気は持てず、アイリスは曖昧に頷く。頭を撫でられることは嫌ではないと伝えた。


「一か月後までに恋人らしく振る舞うように努めてくれ。それぞれ仕事があるだろ。一週間後までに全部片付けろ」

「「え」」


 急なリアンの提案に、ロイと声が合わさる。


「お前らはただでさえ優秀過ぎて人より仕事の量が多い。さばいてからじゃないと二人きりの時間なんて取れないだろ。今ある仕事さえやってくれたら他は別の者に渡す。というわけで頼むぞ」


 主人はあっさりと言い放つ。

 アイリスは顏が引き攣った。


「一週間では、どう考えても難しい仕事もあるのですが」

「それは引き継げるようにしておけ」

「引き継ぐための時間も必要なのですが」

「優秀だからいけるだろそれくらい」

「大体誰のせいでこんなことにっ……!」


 リアンがぽん、と肩に手を置いてくる。

 こそっと耳打ちされた。


「憧れのロイが傍にいてくれるんだからいいだろ?」


 にやにやした顔を向けられる。


「っ……! こんのっ……!!!」

「王子に対して口調が乱れてるぞアイリス」

「ロイ殿にも迷惑をかけて、一体何人に迷惑をかけたら気が済むんですかっ!」


 胸倉も掴むような勢いでまくし立ててしまう。

 するとそっと両肩に手が置かれる。


「落ち着けアイリス」

「ロイ殿からも言ってやって下さいっ!」


 日頃から色々と注意をしても、この王子は全く言うことを聞いてくれない。おそらくアイリスが何を言ったところで、リアンにとって脅威ではないのだ。それも若干悔しい。するとロイは少しだけ同情するような顔を見せながら、耳元で囁いた。


「俺はアイリスに会いたかった。卒業式以来、会うことが叶わなかったからな。殿下からの命令という形ではあるが、こうしてまた会えて本当に嬉しい」

「それはっ……私も、嬉しいですが」


 急に何を言い出すのだろう。

 素直に喜んでしまっている自分がいる。


 が、それでもリアンに対する怒りはなくならない。日頃からストレスを負わされているのだ。ロイから言ってくれたらリアンも少しは反省してくれるかもしれない。そんな希望を持って見つめるが、彼は困ったように笑う。 


「無茶な指示を出されても、俺はアイリスに会えることの方が大きいんだ」

「…………ロイ殿、少し甘すぎませんか?」


 リアンに対して。


 だが彼は日頃、王族の無茶ぶりに応えている。無茶なことを言われても笑えるくらいにロイには余裕がある。対してアイリスは、余裕……いや、心の広さは足りないのかもしれない。少しだけ反省した。


 するとロイの手が伸び、アイリスの頭に乗る。また優しく撫でられる。真っ直ぐ目が合った。


「甘やかしたくなる。いつも頑張っているんだから」

「殿下はそんなに頑張っていませんが」

「…………」

「おいアイリス聞こえてるぞ」


 リアンは不服そうに口を挟んだ。

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