01*縁談の話 -01-
「アイリス。お前に縁談の話がある」
「ご冗談を」
にこやかな笑みを浮かべている赤毛の主君に対し、金髪の長い髪を一つにまとめているアイリス・ブロウは動じることなく即答した。背筋を伸ばし、両手を後ろに組み、この国の騎士であることを示す紺色の制服に身を包んでいる。
そんな彼女の反応が予想通りだったのか、この国の第二王子であるリアン・シュダルクはくくくっ、とおかしそうに笑い出す。
「それが割と大マジだ」
「殿下。言葉遣いは気をつけて下さい」
「え〜いいだろ。今は俺とお前、あとグレイしかいないんだから」
まるで空気のようにリアンの側にいるのは、側近であるグレイ・デニール。肩を越す銀髪を小さく一つに括っている青年で、物静かな人物だ。あまりに静かで気配を消すのも上手いため、いることさえたまに忘れそうになる。
「よくありません。私達が幼い頃からの幼馴染だからといって気を抜かないでください」
「相変わらずお前はお堅いなぁ。巷ではなんて言われてるか知ってるか?」
「表情が変わらない意見も曲げない『鉄女』でしょう。自分の噂くらい把握しております」
するとリアンはちっちっち、と舌を鳴らしながら指を動かす。行儀が悪いと注意するが、彼は執務室の椅子にゆったりと座り直しながらあっけらかんと言う。
「美しい容姿を持ちながら誰にも媚びない、侯爵令嬢にも関わらず騎士道を全うしている『氷の花』だよアイリス殿」
子供の頃からアイリスは、女の子らしい遊びよりも身体を動かすことが好きだった。両親が王族と友人同士だったこともあり、二つ年下のリアンとはよく走り回って遊んだものだ。ちなみに喧嘩をして負けたことがない。そんな様子に両親は嘆いていたが、国王と王妃はアイリスに期待していた。腕っぷしが強いのなら、いっそ騎士になってもらうのはどうだろうかと。
その言葉を真に受けたアイリスは士官学校に入り首席で卒業。騎士団に所属して三年になる。はっきりとした所属先は決まっていないが、実力があり、王族からの信頼もあり、グレイと共にリアンと行動を共にすることが多い。
高貴な身分を持ち、母親譲りの目鼻立ちがはっきりとした美しい容姿。それでいて顔色が変わらない父親譲りの表情と物怖じしない発言。それを好意的に捉えるか、恐怖と捉えるかは人それぞれだ。
「黙ってればただの美人なんだけどなぁ」
「悪かったですね。愛嬌も隙も素直さもなくて」
「それ誰かに言われたのか?」
「耳に入ってきました」
「当たってるな」
「ええ。正論です」
幼い頃より知ってる者同士、あっさりと頷き合う。アイリス自身もそうだと思っており、他人に何を言われようがあまり気にしていない。身分や見かけはよくても中身はこれ。彼女と話した男性が即座に離れるのは時間の問題。アイリス自身、恋や愛に夢を見るタイプではなかった。
国のために王族のために働ける方が性に合っている。両親からはしきりに社交界に出ろと言われるが、仕事が忙しいからと全て断っている。
騎士となってからはリアンと共に行動することが多いので、側近になるのではないかという声が上がっている。剣術の腕も申し分ない。頭の回転が早いため思いつく意見は上官であろう遠慮なく口にし、それがまた仲間達からの、王族からの信頼も得ている。
優秀過ぎるが故にうちの部署に欲しいと各方面で言われ、そのせいで所属先がはっきり決まっていない。言われた場所に赴き、仕事をこなす日々。それでも仕事をこなせるので、やはりうちの部署に欲しいと(以下略)。
そんな彼女を娶りたいという声が上がることはなく。負けたくないと闘志を燃やす者が増えるばかり。今年で二十一。仕事は順調だが婚期は確実に逃した。
「話を戻すが、縁談の話はほんとにあるぞ」
「物好きですね。どこの誰ですか」
アイリスは半分冗談で聞く。
見目以外に女性として求められるものを持ってなさすぎることを、アイリス自身分かっていた。愛嬌や素直さ。可愛らしさや笑顔。全て皆無だ。
切れすぎる頭を持つと可愛げがないと言われる。国のためになると口を開いたらそう吐き捨てられたことがあった。確かに、と心の中では納得したものだ。
仕事しか取り柄がない。そんな自分と縁談したいだなんて物好きとしか言いようがない。相手は何を気に入ったというのだろう。
するとリアンはにやっと笑った。
「俺の友人だ。ラングラジュ王国の第一王子」
「何をおっしゃってるんですか?」
馬鹿なことを言うなというニュアンスで言葉を発してしまう。なぜ隣国の王子から声が上がるのか。
「いやほんとなんだって。アイリスの話をしたら、面白い子だから会ってみたいって」
「一国の王子が剣を振り回す女性騎士と縁談したいわけないでしょう。国の評判落ちますよ」
「そこまで言わなくていいだろ。あとお前はただの騎士じゃなくて貴族令嬢だし。とにかく会いたがってるんだ。会ってくれるな?」
思ったより本気の口調だ。
アイリスは眉を寄せる。
「縁談ではなくただ会いたいだけなのでは?」
「いや、お前の姿絵見せたらけっこう乗り気だった」
「なに勝手なことをしてるんですか」
そんな話は聞いていない。
なに勝手に見せているんだ。
「レナード殿下は女たらしで有名です。私とはどう考えても相性がよくありません」
アイリスはラングラジュ王国の第一王子であるレナード・ラングレスの顔を思い浮かべる。肩を越す長い金髪に甘いマスク。女性を見れば自然と口説き、美しい顔と巧みな言葉使いに女性達は虜になる。時として彼女らは火花を散らすこともあるという。つまり、罪な男。
正直そういう男性は好きではない。女性に優しいのはいいことだが、そのせいでトラブルに巻き込まれるのは御免だ。お断り願いたい。
「おいおい。その部分だけで判断するなよ。レナード殿下はフェミニストなだけで一途だ」
「女性全員に優しいのは一途と言えません。それに殿下のご友人という点でも信用なりません」
「なんでだ。失礼だな」
「
リアンは王子だが、第一王子の兄に比べてかなり奔放に育った。家庭教師の授業から抜け出して遊ぶのも日常茶飯事。何せ逃げるのが上手い。悪戯もお手のもの。お忍びで城下に遊びに行くこともある。これは一部の者しか知らない。
王子らしい作法は一通り身につけているが、部下であるアイリスやグレイに対してかなりくだけた話し方をする。親しい者の前だからこそなのは分かるが、それにしたって奔放過ぎる。聞けばレナードも似た性質を持つらしい。類は友を呼ぶ。
国民に対して親しみがあるという意味ではいいが、人に迷惑をかけるのはやめてほしい。後始末をするのは大体アイリスとグレイ。リアンは自身で決めたことを譲らず、自分の赴くままに行動するのだ。
「とにかく、振り回される身にもなって下さい」
はっきり苦情を言えるのもアイリスだからだ。付き合いの長さもあるが王族相手にも大胆に意見を言えるため、周りから実はありがたく思われていたりする。
リアンは少し口を尖らせた。
「会わない選択肢なんてないんだからな。相手は王族。これは国同士の交流にもなるし、相手からの厚意を無下にはできない。それくらいは分かっているだろう?」
「それは……ただの外交ならば喜んでお供しますが、個人的な理由でしたら会いたくありません」
「正直だな。……まぁ俺も馬鹿ではない。お前がそう言うと思って、ちゃんと対策は練っておいた」
「対策?」
先程から何を言っているのか。
呆れてしまう。
「お前に相手がいればレナード殿下も手出しはできないだろう。というわけで相手も決めておいた」
「…………あなたは本当に」
色んな意味で勝手が過ぎる。
「主。お見えです」
ずっと静かだったグレイがぼそっと声をかける。声は小さくても印象を残すほど響く声色。彼の視線の先を、リアンとアイリスも同時に追いかける。
ノックの音が聞こえ、ドアが開いた。
「失礼します。リアン殿下、お呼びですか」
焦茶色の柔らかい髪質を持つ青年。纏う雰囲気は穏やかで、朗らかな声も優しさを帯びている。まるで春風のように颯爽と入ってきた人物に、アイリスは驚きながら名前を呼んだ。
「ロイ殿」
ロイ・グラディアン。
騎士の中でも剣術が素晴らしく、騎士団で定期的に開催される剣術大会では、常に一番を取り続けていた。さすがに五年連続で優勝した際には殿堂入りとなり、今は大会に出場することはない。以前は士官学校の教官として剣を教えていたが、今は王族から直々に命を受け、仕事をしている。
アイリスは士官学校に入る前からロイから剣を習っていた。最後に会ったのは士官学校の卒業式。騎士団に入団してからは一度も会っていない。
綺麗なエメラルドグリーンの瞳がこちらを捉える。
ロイは明るい笑みを見せてくれた。
「アイリス。久しぶりだな、元気にしているか」
剣の師匠ではあったものの、彼は昔から優しい笑顔を向けてくれる人だった。三年ぶりだが、男らしさが増したような気がする。筋肉はよりつき、顔も凛々しくなっている。
アイリスは動揺しないように口を開く。
「お久しぶりです。どうしてこちらに」
「リアン殿下に呼ばれたんだ。話は聞いているか?」
「話とは」
「レナード殿下に気に入られたんだろう。アイリスがその気なら止めないが、俺は」
「その気は全くありません」
反射的に嫌そうな顔をしながら返してしまう。
誤解されたくなかった。
特にロイには。
するとふっと笑われる。
「ならいい。リアン殿下曰く、俺が適任だと判断されたらしい。だから来た」
「……は?」
「聞いていないのか? 俺が相手になるって」
(相手……? って私の!?)
「聞いていませんが!?」
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