24*本心 -01-
「おいレナード」
「なぁにリアン」
「なんでこの二人を一緒に呼んだんだ」
リアンはうんざりしたような顔をしている。
目の先には、向かい合って座るロイとフレディの姿。明らかに互いを意識してか、視線を逸らさない。側から見ればバチバチと火花が散っている。
「同席してくれた方が話が早く進むでしょう?」
「だからってな……」
こんなにあからさまだとやりづらい。
リアンは部屋から出たくて仕方なかった。
レナードはにこにこしている。
「面白いことになったよね」
「お前もしかして仕組んだか?」
「やだなぁ。部下の恋路は応援してあげないと」
「やっぱり仕組んだな」
リアンは思わず顔をしかめる。
フレディはこちらの国に代表騎士として来てくれた。対戦相手がアイリスだったので、リアンもよく覚えている。試合後は二人で何か話していた。彼女には珍しく、話が弾んでいたように思う。リアンはその様子を席から見つめていた。
ちなみに王族が座る席の近くに、ロイもいた。仕事で護衛を任されていたのだ。仲が良さそうな二人の様子に、何か思うところがあるような表情をしていた。
それにしてもフレディがアイリスに惚れていたとは。リアンとしても予想外だ。
「正々堂々とした勝負をお願いします。ロイ殿」
「もちろん。楽しみにしております、フレディ殿」
まだバチバチしている。
「……帰りてぇ」
リアンは遠慮なく呟いた。
試合は明日夕方、国へ帰る前に行うことが決まる。その間、それぞれが剣の試合に向けて鍛錬を積んでいいことになった。練習相手が欲しいなら、レナードが用意してくれるそうだ。
「じゃあ試合は一本勝負。戦闘不能になるか剣を落とした方が負け。いいかな?」
「「はい」」
「どちらが勝つか、僕達も楽しみにしているよ」
せっかくだから自分の騎士達にも試合を見せたいとレナードが言い、リアンは許可した。話が終われば二人の王子は席を立ち、先に部屋を出る。
「ロイ殿」
部屋を出ようとする途中、フレディに話しかけられる。
神妙な面持ちだ。
「アイリス殿への気持ちは、負けません」
ロイの剣術の腕前を知っているからだろう。圧勝とまではいかなくても、実力で勝つよりも勝てそうなところを言ってくる。それは潔く誠実だ。
彼がアイリスのことを好きなのは分かる。先程だって彼女が喜びそうな言葉を述べ、笑みを向けていた。出会った時から恋焦がれていたと話していた。離れて気付いたのだろう、彼女の想いに。
騎士という職業柄、国を離れるわけにはいかない。だけど彼女が自分の国に来てくれるなら、好機は逃さない。フレディ自身が話したわけでもないのに、まるで自分のことのように、ロイは心が読めた。
挑戦状を投げつけるように言われたわけだが。
残念ながら、間違っていることを突き付けたい。
(俺がどれだけアイリスを見てきたと思う)
たった一年の想いに。
負けるわけがない。
彼女と出会った日も含めていいのなら。
どれだけ想いを募らせたと思う。
だがそれを口にするのは、どこか安っぽい。
そもそも軽々しく口にしたくない。
だから別のことを伝えた。
「いい試合にしましょう」
ロイは穏やかに微笑んだ。
大人の対応を示した。
すると彼の眉がぴくっと動く。
一礼した後、先に部屋を出てしまった。
「……青いな」
思わず呟く。
彼は自分より年下だ。
まだ若い。
反応的に、こちらの言動にどこか納得がいかないような様子だった。アイリスについて何も言わなかったからか。感情的になる姿を期待していたからか。挑戦的な物言いに対し、余裕そうだったからか。一応婚約者ということにしているから、そういう意味でも余裕があるのは当たり前だ。
だがロイの中にもふつふつと、様々な思いが駆け巡っていた。思い知らされた。彼女に手を伸ばそうとする者はいるということを。
自国ではアイリスを遠くから見つめる者が多かった。彼女の父親の目もあるだろうし、気安く彼女に声をかける者はいなかった。それにロイも安堵していた。
アイリスと近しい関係性を持つ異性は自分であると。それ以外はリアンとグレイしか思いつかない。油断していた。
だがここは、自分達が住む国ではない。アイリスの家の背景など、侯爵令嬢としてどのように周りに思われているかなど、誰も知らない。つまり純粋に気持ちさえあれば、手を伸ばしてしまえる。フレディのように。
ロイは自分の前髪をかき上げる。
内心焦っているところはある。
若干苛立っているところもある。
(こんなことをしている暇があったら、さっさと好きだと言えばよかった)
妹に言われたことを思い出す。
のんびりしていると誰かに取られるぞと。
実際フレディに見せつけられた。ロイも側にいたというのに、目にもくれず彼女に向かっていた。いつでも横から掻っ攫う奴はいるのだと、すぐに彼女は誰かのものになってしまう可能性はあるのだと、ようやく危機感を持った。彼女に向けるあからさまな好意の言葉に、激しく嫌悪の気持ちが湧いた。
と同時に、悔しくなった。
自分の気持ちがすぐに言えないことを。
彼女の心と事情ばかりを気遣っていた。今じゃないと自分の気持ちに蓋をしていた。そんなことを、している場合じゃなかった。
その間に取られてしまう。
一番好きなのは自分なのに。
どちらが好きかとアイリスと口論なようなものをしてしまったが、間違いなく愛情は、自分の方があると思っている。だから譲れなかった。
だが彼女はこちらの想いなど、何も気付いてない。
分かるように行動しているつもりなのに、分かってくれない。
時折人から、まるで聖人のようだと言われることがある。人に対して誠実に丁寧に向き合うことを意識しているせいか。アイリスも例外ではないのか、そんなことを言ってくることがあった。聖人だと。自分とちがっていい人だと。
一人だからか、思わず鼻で笑ってしまう。
(隠しているだけだ。道理に外れないように。嫌われないように)
本当はどれだけ心の奥で。
アイリスを求めているか。
普段は心の奥の奥にしまい込んでいる。
溢れないように。零れないように。
彼女に幻滅されないように。
大人として振舞うように。
だがあの場では限界があった。
苛立ちや悔しさや色んなことが混ざり合って。
思わず言ってしまった。
勝てば褒美が欲しいと。
無謀なことを。心の奥底で願うことを。
『口づけが欲しい』
アイリスは分かりやすく動揺していた。
目の奥が揺れ、でも、否定の様子はなかった。
本当は愛を与えたいのに、あの場では言えなかった。男二人の想いを一度に受けるなら、自分を選んで欲しい。彼女はフレディに想いはない。それはその後の言動ですぐに分かった。それが救いだった。だがそれだけなのは嫌だった。自分だけの特別なものが欲しい。
彼女の愛が、欲しい。
すると彼女は。
唇を震わせながら、言ったのだ。
『わ、かりました』
その答えに、ロイは身が震えそうになった。
アイリスは明らかにこういうことに慣れていない。だから即座に断られるかと思ったのに、向き合ってくれた。多少強引だった気はするが、それでも。答えてくれたのは事実だ。
吐いた息はどこか熱を帯びてしまう。
彼女の意図や気持ちはどこにあるのか。知りたいが彼女の場合、どこにもないような気がして。だから自分から、伝える必要があるのだ。
試合に勝った後。
高揚する気持ちのままに。
(好きだと、言う)
気持ちを伝えたら彼女は。
どんな顔をしてくれるだろう。
褒美の先にある景色は、どんなものだろう。
ロイは改めて呼吸をし、気持ちを切り替える。
自身の腰にある剣に手を伸ばす。
今はこの機会を好機と捉える。
結果を残し、男を見せる。
鍛錬場へと、足を動かした。
「お前も罪作りな女だよな……」
リアンの言葉にアイリスはむっとする。
「私がそういうタイプではないと殿下も知っているでしょう」
「あの騎士に笑顔で話しかけただろう。氷の花が笑ったら溶けたように思われるぞ」
「なんですかそれは」
二人は最初に案内された部屋に戻っていた。
ロイはこの国の騎士と鍛錬を積んでいる。
明日の試合に向けてだろう。
とはいえもうすぐ昼時。食事は全員で取るようになっている。呼ばれるまで二人はこの部屋で待機することになったのだ。そのせいで、やはりリアンにからかわれるようなことを言われている。
「さっき試合の話をしたが、あの騎士本当にべた惚れだったぞ」
「ええ……。正直信じられないです」
「俺もだ」
「私のどこがいいのか」
「いいところはあるぞ。それに惹かれるかそうじゃないかの違いじゃないか」
思ったよりまともなことを言われてしまう。
珍しい。だがそれでも信じらない。
人生で初めて告白をされてしまったわけだが、全て嬉しいと思うものではないようだ。人に好いてもらえるというのは嬉しいが、自分が好いているわけではないので、困っている。何をどう伝えればいいのか迷ってしまう。
人に好かれて嬉しいわけではないのは、ジェシカの方がよく分かっているかもしれない。人から好奇や好意を向けられ続けている彼女は、それをどのように受け止め、消化しているのだろう。
「それよりも殿下。今更ですが、この国で観光はするんですか」
怪訝そうな顔をされた。
「本当に今更だな。打ち合わせの時そんな話してなかっただろ」
「そもそもそれどころじゃなかったですし……」
「なんだ。観光したいのか?」
「公務で来ておりますから、ものすごく観光したいという話ではありません。ただ私はこの国が初めてなので。殿下は今まで観光されたことありますか?」
「あるな。うちの国にはない土産物とかもあるし、見るの楽しいぞ」
「まさか変装してこっそりとかじゃないですよね」
なぜか黙られた。
メイドが用意してくれた珈琲を口に運んでいる。
(ということはこの国でも勝手に動き回っているのね……)
もしやと思えば案の定だった。この話を持ち出したのは、モネが出会ったというローブの青年がリアンと同一人物か探るため。このままスムーズに話を進めたい。
「殿下は城下に行く時、毎回ローブを着ていますか?」
「なんだ急に」
「隣国でもローブを着ているのかなと」
「…………」
若干渋い顔をされる。
もしや人様の国で勝手なことをしていることを認めないつもりか。聞き方を少し間違えたかもしれない。
「失礼しました。
「……行く場所によるな。必要ない場合はあえて着ない。動きにくいからだ」
それは答えてくれた。
「どんなローブですか。もしかして持ってきてます?」
「なんで持ってきてるって知ってるんだ」
リアンは驚いていたが、言った後で失言に気付いたようだ。これでは認めてしまっていることになる。唸りながら自分の額に手を動かしている。
彼も嘘は苦手なタイプだ。
少し苦笑してしまう。
「ではそのローブというのは、これですか?」
アイリスはすっと土色のローブを見せる。
モネに借りたものだ。
リアンはそれを受け取る。
綺麗に畳まれたそれを凝視し、裏返したりする。
さっと広げ、手触りや刺繡のところを確認する。
どこか戸惑っている様子だった。
「……なんでこれお前が持ってるんだ」
「リアン殿下の物でしたか?」
「俺の鞄から盗んできたのか?」
「失礼ですね。そんなわけないでしょう」
「じゃあなんで」
「質問に答えて下さい。それはリアン殿下の物ですか?」
「……そうだがお前も質問に答えろ。これはどこで手に入れた」
(やっぱりリアン殿下だったのね)
薄々そうではないかと思っていたが、やはり。
「昔、どなたかを助けた時にお渡ししたのでは?」
そう言われてリアンは、何かを思い出すように視線を動かす。思い出したのか目を見開き、アイリスを見た。何か言いたげだが言いたくないのか、何も発しない。
だがアイリスはしれっとしたままでいる。
そっちが話すまで黙るぞという姿勢を見せる。
すると早々に彼が折れた。
「……これ、もしかして」
「ええ。ご本人からお借りしました」
「俺の物だって知ってるのか」
「いえ。どなたか分からなかったようで」
「そうか……」
「リアン殿下はモネ殿下のことを知ってらしたんですね」
すると少しだけバツが悪そうだった。
「王族同士だしな」
「一目見てモネ殿下だと分かったんですか?」
三年前というと、そこまで面識はなかったように思う。モネは今より公に姿は見せていなかった。リアンも知らなかったのではと思ったが、肩をすくめられる。
「生誕祭に豪華な格好をしている人がいたらそりゃ分かるだろ。姫以上にきらびやかな格好をする人がいるわけない。それにレナード殿下と顔や雰囲気が似ている。すぐに分かった」
「なるほど。どうして名乗らなかったんですか?」
「…………完全に素で話したからだ」
(確かに失礼な口調だったわね)
モネから話を聞いた時、代わりに怒りたくなるくらいだった。だがモネは気にしていなかった。リアンの口調が嫌ではなかったということになる。
「そもそもどうしてその場にいたんですか」
「視察みたいなものだ。気になるものがあってな。自分の目で見てみたかった」
「わざわざ生誕祭の時に行かなくても……」
絶対人が多かっただろう。
そういう行事は国民が大勢集まりやすい。
するとあっさり言われる。
「そういう時しか出回らないものとかあるだろ。それを見たかったんだ」
(好奇心の塊というか……さすがね)
リアンは現地に行って自分の目で確かめる。
城下に行くのも国民の様子を見るため。
人だけでなく、今何が流行っており、何が人を惹きつけているのかを確認していたりする。他国でも同じことをするのは、自国にはない良さを取り入れるためだろう。王子自ら動き過ぎるところはたまに難点だが、自分で確かめていいと思ったものはすぐに取り入れようとしている。
国王にもよく相談している。
そういうところは王子らしい。
「その時にモネ殿下に出会ったんですね」
「まぁな。まさか共もつけずに一人で迷子になっているとは思わなかったが」
「モネ殿下は助けてもらったことをとても感謝している様子でした。あれは自分だとなぜ言わないんですか?」
「……そもそもよく思われていなかったし、口調的に嫌われると思ったんだ」
「その時の口調は気にされていない様子でしたよ。素を見せてあげましょうよ」
すると眉を寄せられる。
「簡単に言うな。一回嫌われたようなもんだぞ。また嫌われたら死ぬ」
「そんな大袈裟な……」
と言いながら、アイリスは気付く。
「もしかして、モネ殿下のこと好きなんですか?」
「…………」
「だから嫌われたくなかったんですね」
「おい待て。勝手に結論付けるな」
「沈黙は肯定でしょう。いつ好きになったんですか?」
「アイリスお前楽しんでるだろ」
頬が緩んでいるのがバレてしまったか。
だがいつもからかわれているのだからお返しだ。
「いつ好きになったんですか? きっかけは?」
「……絶対言わねぇ」
「じゃあモネ殿下にリアン殿下でしたって今すぐ言ってきますね」
真面目な声色ですぐ席を立とうとすると「待て待て待てっ!」とリアンが手を伸ばして止める。相手はそっぽを向きながら、腕と足を組んだ。
「ローブを渡した後に笑ってくれたんだ。その顔が忘れられなかった」
やけくそのようにそう言った。
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