27


 突如放たれた低い声と共に、俺たちを巣に連れ込もうとしていたヴァーテックスの胴体がバックリと切断される。


 …え?


 俺たちはそのまま地面へ落ちるが、そこへヘレナさんが駆けつけギリギリの所で受け止められる。

 ――ヘレナさん!? この人は不死身か!?

 見ると、外傷はほぼみられず、ピンピンとした状態で俺たちを抱きながら滑りこんでいた。


 助かった。そう思った矢先、滑り込んだ場所の周りには。

 六匹のニグ=ニサが俺たちを囲んでいた。

 ――ッツ! 次から次へと!!


 ぴったりと閉じた目が開かれる――瞬間。


 俺の頭の横からグジュ…と奇妙な湿った音が耳につく。


「クラム! 止めな!!」


 ヘレナさんは急いで俺に背負われているクラムを止めようとするが。

 制止を聞かず、目の前にいたニグ=ニサは、上半身がごっそりと抜け落ちるように無くなり、俺の顔の横からは血管の浮き出た触手がローブのフードからあふれるように飛び出し、その内側からグチュ…グチュ…と何かを租借するような音が響くき、時折、赤い血が細い線となって俺の顔を掠める。


「ヒッ…! ヒィ!!」


 コイツ…! 人間じゃない!?

 情けない声を上げながら、必死にぬかしそうになる腰を引き締める。今まで俺はこんな化け物を背負っていたのか!?

 周りにいたニグ=ニサも仲間の異常を察知したのか、共鳴するように鳴き始める。そんな時、クラムの触手が、再びフードの暗闇へと消えていくと――

 「見るんじゃないよ!!」ヘレナさんが叫び、俺の顔が後ろから真正面へと無理やり戻される。


 バタン、バタンバタンッ!! バタンバタン!

 突然。周りにいたニグ=ニサ達が倒れだし、地面でもがくようにバタバタと暴れる。

 こ、これは……似てる、俺がニグ=ニサの攻撃を受けたときと……まさか。


「能力を喰ったのか…?」

「…まったく、勘がいいのも考えもんだね」

「ほ、本当に…!?」


 やっぱり…けど、そんなことってあり得るのか…? そんな人、見たことない。

 自分で言っておいて、ありえないと狼狽する俺だったが、聞きなじんだ声で意識を戻される。


『うむ! 無事だったか! 少年!』


 目の前の倒れ痙攣するニグ=ニサの奥、一つ離れた足場でニコニコと笑うベルさんが見えた。「結構しぶといな~ガーハッハッハ!!」ついでにバビルスも。


「ベルさん! やっぱりあの攻撃はベルさんが!」

『うむ!』


 勇者に最も近い男、ハツィニア・コーダエタ・ツンベル。

 その二つ名に違わぬ強さで、彼に関する情報は多くのギルドや新聞など、あらゆる機関で研究され分析され、冒険者に興味のない一般市民にも、その功績がまことしやかに囁かれているトップランカー。

 全てのギルドで、対ベルさん用の対策マニュアルが作られているらしい。それでも尚、彼を完璧に攻略したものは居らず、未だにその二つ名を欲しいままにしている。


 そして、その強さの一端を担っているのが、ベルさんの持つあの刀だ。ドロップ率〇.○○一%以下、レアダンジョンアイテムでもっとも有名な武器、ヒルベルト<無限の間合いを持つ刀>。


「無限の、間合い…うわさは聞いていたけど、実際に見ると凄まじいアイテムだ…」


 ベルさんから俺たちが掴まれていたヴァーテックスまでは少なくとも百メートル近くはあったはずだ。それを一刀両断してしまうなんて…間合いもそうだが、攻撃力も凄まじい。

 まさに万物全てを両断する、万能の刀。


『感心してくれるのは嬉しいけれどね、まあ、そう単純な話でもないんだよ』

「……え、どういうことですか? ベルさんに関する資料には必ずと言っていいほどその刀の事が書いてありました、無限の間合いを持つ刀の話しが」

『うむ、まあ合っているし間違っているとも言えるね』


 俺は眉をひそめる。何が言いたいんだ?


「どういうことですか?」

『うむ、ヒルベルトの限界距離の話だよ、この鞘に収まっている状態、柄まで含めた長さが三尺四寸と五分、ヒルベルトの限界距離、これこそがこの刀の間合いのすべてだ!』

「え…? な、何を言ってるんですか? それじゃあさっきの攻撃は…どうやって」

『伸ばしたのさ! ヴァーテックスに届くまでね!』


 …は? 何だよそれ。無限の間合いを持つ剣は既に無限分伸びきっている。けど、事実、俺はヴァーテックスが両断されたのをこの目で見た。


 まるで禅問答だ、AでもありBでもあるなんて答えは、現実じゃ到底受け入れられる物じゃない。この人は俺をからかって遊んでいるんだ、そうに違いない……、いや、ベルさんがそんな人じゃないってことぐらい俺は知ってるはずだ。

 じゃあ、もし今言ったことが本当なら、無限の間合いを持ちながら、既に無限分伸びきっている刀。この矛盾を受け入れなければならない。


『ま、屁理屈だよ』


 そういっていつものようにニコニコと笑っていた。

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