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その衝撃は凄まじく、巻き上げた砂が散ることなく俺の体に覆いかぶさり、叩きつけた後も、衝撃音が体の中で反響しているように感じた。
くそっ…! やられた、どうなってる? 今俺は。
目の前が暗い、覆いかぶさった砂を払いのけようと手で辺りを払うが、何処が上のか下なのか、はたまた右なのか左なのか、体を捩ろうにもどうよじれば、上、にあるものを退けることができるのか、それが分からなかった。
たまたま砂を払いのけられ、もがく俺は十メートルほど飛び上がり、短剣を逆手に構えたヘレナさんを見た。
マントは先程の衝撃で破れ、露出した黒い鎧からは逆立った長いしっぽが見えていた。
「<氷点虎穴>」
そのまま空中を蹴ったかと錯覚するほどの急降下を始めると、目を刺されもがき苦しむその脳天に、短剣を勢いよく突き立て、そのまま、ニグ=ニサは沈黙した。
見事だ。
『見事だ! 華麗だね!』
その異次元な戦いぶりにも驚いたが、それよりもあのニグ=ニサを難なく単騎で倒してしまったことにもっと驚いた。
あのニグ=ニサだぞ!? 存在すらあやふやな、ほとんど冒険者同士の噂程度でしか聞いたことのない、激レアモンスター…。そのモンスターにあの反応速度で斬りかかるなんてどうかしてる…!
それに呪いは、呪いはどうしたっていうんだ。まさか効いてないとでもいうのか!?
ニグ=ニサの噂話にはその能力も伝えられていた。一説によると、その目を見たものは平衡感覚を失い、今後一生戻らない呪いを受けるのだとか…。
だが俺は確信した、というか確信するしかなかった。噂はホントだった。俺自身がそれを身をもって今受けている。
…………ん? あれ?
噂が本当なら、平衡感覚を奪われて、今後一生戻らないって…。
『少年! 大丈夫かい!』
パクパクと口を動かすが、うまく言葉にならない。
考えたくない、考えたくない。だが。
「ベ、ベルさん、た、たすけ――、の、呪いは、呪いは解けるんですよね?」
『……何言ってるんだい? これはそういう類の生半可な呪いじゃないんだよ』
ブワッと全身から出尽くしたはずの汗が吹き出る。
え、つまり、俺は、一生このまま…? す、すこし目を見ただけ、あの状況で、遭遇率〇%以下のレアモンスターの特性や行動を思い出し、判断して、目を逸らすなんて、出ると分かっていれば、対策なんていくらでも出来たのに、それを判断して、対応するなんて、そんな事出来るわけがない…。
でも、もしかして、――――これで終わり?
一瞬の、理不尽とも言えそうな状況の、ほんの些細なミスで、俺は、終わったのか?
「あんた、一体何しに来たんだい?」
ヘレナさんの方を見ると、そこには砂丘に倒れ、ベルさんから謎の黒い球体を受け取っているのがみえた。
なんだ? あれ? というか、やっぱりヘレナさんは呪いを受けていたんだ。なのに、なんであんな動きが出来た?
……まさか、平衡感覚を失って、立てなることを予測して、あらかじめ飛びつきや、空中攻撃を仕掛けていたのか!? いや、いやいやおかしい…、これは、この呪いはそんな生易しいものじゃない。空中での姿勢制御なんて常人じゃできっこない。
「ヘ、ヘレナさん…、呪いを受けなかったんですか…?」
「受けたさ」
当然だとでも言うように、簡潔に、返事をした。
ヘレナさんは再びあの球体を持ってこちらに近づいてくる。
手に持ったそれをよく見ると。黒くテラテラした見た目に、血管のような物が波打ち、中心には穴のようなものが開いていた。
「じゃあ何で、立ってられるか」
「……」
ヘレナさんは俺の心を代弁するかのようにその、ユニークアイテム? を手の中でもてあそんだ。俺の知らないアイテムだ、たぶん非合法のものだろう。
それを俺の耳に近づけると、触手のような物が穴の中から出現し、グジュグジュと嫌な音をたてながら耳の中へと、入ってはいけないところまで遠慮なしに入っていく感覚がした。
「なっ、何するんですか…! やめっ…ギッ…ウグッ。グググッ」
そろそろかね。
そういうとヘレナさんはそれを思いっきり引っ張り、耳の穴から出すと、その球体は色をなくし、触手もダランと伸びきってしまった。
「何なんですか! これ……直ってる…! 立てる…ッ!」
ヘレナさんはその怪しげな球体をポイっと捨てる。
「あれはニグ=ニサって魔物でね、巷では状態異常だ呪いだなんて言われてるけど、あんたも受けただろ、平衡感覚を狂わせる方法はいくらでもある。その部類じゃ、一番厄介な相手さ、なんたってあれはそういう類の一次的なものじゃない。あれの目を見ると、平衡覚をつかさどる脳の一部と三半規管を消し飛ばしちまうのさ」
け、消し飛ばす!? そんなの聞いたことないぞ。
「ただ壊すんじゃないよ、それじゃあ治療できちまうからね、そうじゃなくて、体の設計図ごと消し飛ばしちまうのさ、最初から無かったことにされちまう。だから治療なんて効かないし、呪い除けも状態異常耐性も、解除呪文も効かない」
なっ…。
なんだそれ…そんな恐ろしいモンスターが…。
ん、いやなら…。
「ならどうやって直したんですか?」
『うむ! 直してないからね!』
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