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だから頑なに俺は冒険者を諦めないと言い張っていただけなのかもしれない、ただ、辛い現実から逃れるための言い訳に過ぎなかったのかもしれない。
本当は、異変を止めるだとか、約束だとか、今となってはそんなことはどうでもよかった。
ただ、俺が壊れないように、重荷を降ろす勇気すらなかったから、俺はただ生きていただけに過ぎない。
だったら、だったらもう…これを降ろしてくれるというのなら、俺は、この人に賭けて、思いを託して、もう、楽になったっていいじゃないか。
ダメなんて、誰が言えるだろう。
「「「弱きものよ、覚悟は出来たか?」」」
――――ああ、もういいか。
「なっ――!!」
『……。』
突然後手で締め上げられていた手が離れ、金属音が響く。
「テメー何のつもりだ! ――――ヘレナァ!!!!」
「やっ、やっぱり良くない! こんなガキ騙して、人類のためだとか大きなこと言って…私のために死んでくれだって!? ベル、あんたいつからそんなクソ野郎になっちまったんだい!!」
『…ヘレナ。』
「今っさらそんなこと言って何になんだ! ああァ!? オメーだって騙して、覚悟決めてきたんだろうが!!」
ヘレナさんはバビルスに襲い掛かり、弾けるように後退すると、牽制し合う二人。
俺は地面から起き上がる気力もなくし、その様子を、壁一枚隔てた向こう側の、どこか現実味がない、関係のない世界のような気分で見ていた。
だからだろうか、見逃してしまっていたのだろうか、直前になって俺を助けようとしたヘレナさんの喉元からは、何故か大量の血が吹き出していた。
「ぐぅ!?」
気がついて、自身の短剣で血を氷固めるが、既にそのときには胸からも血しぶきを上げ、その場に倒れこむヘレナさん。
ヒルベルト、恐らくはそうだったのだろう、見えなかった、けれどベルさんの方から刀をしまう音が聞こえた。
『ヘレナ、やはり君は優しい…優しすぎるよ』
「やさ…しい…もん、か」
口から、ゴポッ…という湿り気を帯びた音を響かせ、ヘレナさんは俺を見る。
ベルさんはコツコツと音を立ててヘレナさんに近付くと、刀を抜き、首にあてがった。
俺は見ていた、ヘレナさんの声にならない声が、俺の耳元で囁いた気がした。
許して。
「おいッ、ベル待て!」
ベルさんはバビルスの制止も聞かず、そのまま刀を引くと、どろっとした血液が、血だまりになって流れる。
「お、おい、折角の器だぞ…殺すことねーだろ……」
『先に行っただけさ、…急ぐことはない、私たちの席も既に予約済みだよ』
うそ、だ。
やっぱり目の前で起きていることが、現実の事のように感じられなかった、どこか、別のところで起きていてほしかった。
あのベルさんが、人を…仲間を、殺した…?
目の前には、血だまりの中、こちらへ目を離すことなく転がる生首と、脱力し、体勢を保てなくなった褐色肌の体が、現実なんだと、その鮮烈なアカが俺の脳みそへ痛みを伴って訴えかける。
「…ぅウあ゛あ゛ああ゛ア゛ア゛あ゛あ゛アアあ゛あ゛ア゛……!!!!」
胸の中で熱く燃え盛る何かに耐えきれず、俺はそれを蹲りながら吐き出す。
こんな感情初めてだ、もう、何もかもがぐちゃぐちゃで、それが胸の中で滞留して、ヘレナさんをきっかけに、弾けて、発火する。
「なんで…なんでだよッ…何で仲間を……ヘレナさんを…!」
「チッ…………」
『――少年が、迷ったからだ』
――――俺が?
迷ったから…?
ああ、そうか……。
十年前も、七年前もさっきも今も…俺が迷うと人が不幸になる。
俺が、弱いから。
俺に、選ぶ勇気が無いから、だから――
声が響く。
「「「さあ、答えを聞こうか、攻略者達よ、我が力を受け継ぎ王の器に近付くものよ、差し出せ、選定者になりて自らの主を選ぶのだ」」」
「……。」
俺は。
「ちっ…おい、分かってんだろうな、どのみちお前は死ぬ」
『少年――』
俺は…。
『騙す結果になってしまい、本当に申しわけがない。けれど君は分かってくれると信じてる、いやダンジョンを、今の冒険者を恨む君としか分かり合えないと思っている。必ず君の意思は私が受け継いでいく、このハツィニア・コーダエタ・ツンベル、勇者に最も近いこの私が、必ず君の目的を果たそう、だから、――私を選んでくれ』
リム――、俺は…!!
――『「冒険者ってのはな……」』
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