10


「――――ッ!!」


 気が付くと、俺は自宅のベッドの上で寝ていた。

 反射的に上半身を起こすが、全身が細かく震え、まだ少し麻痺が残っているのが分かる。

 はあああ。

 やっちまった…、薬の量が多かったか…。


 ガッ。

 思いっきり。

 ガッ…ガッ…バキッ!

 勢いを付けて顔を殴りつける。


 …痛くねえ。くそが。


 洗面所(水の入った桶)で自分の顔を確認する。腫れは引き、キレイな状態の顔が覗いていた。

 ……。

 水面に映る自分の顔をぼーっと見つめる。想像するに、トウカが俺のことをココまで運んできてくれたんだろう。…トウカ、また、俺は……。ん?

 ――あッ!!

 俺は後ろを振り返り、壁の方、ベッドの横にある、大量の紙切れが張り付いた壁を見て、深いため息をつく。

 紙切れは、全て、ダンジョンに関するメモ書きを綴ったものだった。


「外すの忘れてたか…」


 その中でも、壁に貼り付けられた紙切れを、一枚――めくる。

 チケットだ。

 ――黒色に輝く、チケットが姿を現す。

 俺は少し息を整え、そのチケットを撫でる。

 良かった、気が付かなかったか。


 ――ふううう。

 そのままくるりと回転すると背中を壁につけ、ずるずると床に脱力するように座る。


「…………チクショウ…」


 薄暗い部屋で一人、無音。

 思い出すのは、ギルドでのことだった。


『アレ? 無視かなあ? <冒険者様>を無視するなんて、いい身分になったもんだなあ』 『ベルコンドルの糞だけどねー』 『ダグ、大丈夫か?』 『君みたいな何処のギルドにも配属できない、穀潰しの能無しが、本物の<冒険者>をバカにしていいわけないだろ、コノ負け犬が!!!!』


「畜生ッ…!」


 心臓が早鐘を打つ。


『ククッ…能力もなければスキルもない。上等なのは威勢だけかい?』 『守るべき<市民>を袋叩きにした、貴様は我ら高潔なクイーンオブリンテルにふさわしくない』


 俺の中で、無いはずの傷口から、隠していたはずの焼け爛れた生傷から、ドロっと、何かが吹き出した気がした。



「あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝!!!!」



 とめどなくあふれてくるそれを、俺は止めることなんてできなかった。

 箪笥や壁を殴りつけ、暴れまわる。

 散る紙は、その一枚一枚が夜なべして書いた俺の下らない、努力。

 ダンジョンに関する学術書、難しいモンスターの生体図鑑、覚え書き、中には完成まで一年以上も費やしたものまであったが、そんなことお構いなしに、俺は部屋の全ての物をひっくり返した。

 壁に張り付けられた覚え書きも、一枚剥がす、その一枚を手の中に含んだまま、手短な紙を再び剥がす。剥がす、剥がす、剥がす、剥がす、剥がす。

 露出した壁には、掠れた古い文字で――


 <毎日トレーニング! 目指せ初心者ダンジョン制覇!!>と書かれていた。


 ……はあ、はあ、……はあ、はあ。ゲホッ…。


『この役立たず、こんなところでストレス解消してる暇があったら、先輩の<サポーター>でも何でもやったらどうだ?』 『お前、プライドだけはいっちょ前だもんな、そりゃあサポーター何て出来ねーよな?』 『チッ…無能が』 『知識もなければ能力もねー、おまけにプライド捨てても這い上がろうって根性もねェ、お前みたいなの、俺は嫌いなんだよ、失せろ、ガキ』 『生き方も生ぬるけりゃあ…、パンチも生ぬるいな…半端なんだよ』


『俺の前で、<冒険者>名乗るんじゃねーよ虫けらが、俺は、冒険者が嫌いなんだよ!!!!』


「畜生…」


 手に持った紙切れを振りかぶるが、俺はそのまま地面にへたり込むと、体を丸めて蹲る。




「せ˝ん˝ふ˝…お˝れ˝の˝こ˝と˝し˝ゃね˝ーかよ˝!!!!」




 いまさら、最初に殴りつけた顔が痛む。

 いたい、痛かった。


『ハハッ、正直なやつめっ! うん、それでいい、自分の道は自分で決めろ、それができりゃ立派な<――>だ!!』

『ダグ君は<――>になるんでしょ!? リムみたいな、カッコイイ冒険者になるんでしょ!? だったら――――』

『ねえダグ約束ね! 私たちは<――>になるの!』


「ごめん…ごめんなさい……」


 グズグズと泣きはらす目に痛みが走った。


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