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3



 バイトが終わった。

 いつもの日常だ。

 いつもの、下らない帰り道、下らない通行人、下らない店、――下らない日常。

 中央通りを抜け、ギルドに対して右側にある大通りを歩く。メインストリートからはほんの少し離れた道だ。


『やあ!!』


 その帰り道、横から妙にハキハキとした特徴的な声に呼び止められる。

 路地裏の入口、夕日で影を落とす家の間で、ベルさんが片腕を上げてこちらを呼んでいた。

 俺は反射的に、首を左右に振ると、通行人を確認するが、どうやら気が付いていないようで、俺はそそくさとその裏路地に入り込む。


「どうしたんすか? 祭りの準備で忙しいんじゃあ」

『うむ、下準備などはほぼ終わっていてね!! 後は皆がやってくれてるようだから、端的に言えば、暇なのだよ!!!! はーーはっはっは!!』

「そ、そうっすか、ベルさんでも暇なときはあるんっすね」

『私も人間だからね、いつも動いてばかりは居られないよ!!』


 だからってわざわざ俺に会いに来てくれるなんて、なんだかうれしかった。

 『歩こうか!』そこから、適当に狭い裏路地をグネグネと曲がりながら歩く。整備の行き届いていないレンガ敷きの小道は波打ち、割れやくぼみが随所に、不規則にちりばめられていたが、ベルさんは全くと言っていいほど重心をブレさせることなく、いつもの調子で歩いていた。

 もちろん俺は、気を付けて、下を見ながら歩く。

 ベルさんが問う――


『最近は、潜っていないみたいだね』

「…はい、…すみません」

『決して攻めているわけじゃないよ! 冒険者は体力的にも精神的にも厳しい仕事だ、無理はしない方がいい!! ま、キミほどの人が諦めてしまうのは、私個人としてはさみしいものがあるがね!!』

「……」


 ベルさんのいう通りだった、俺は、もうダンジョンを潜るのを止めてしまった。諦めてしまった。

 俺はどんな顔をしていいかわからなかった、尊敬する人間を裏切ってしまった俺は、いったいこの質問にどんな顔をすればいいのか分からなかった。

 だが、ベルさんは唐突に、何の脈略もなく、話を続けた。


『君にとって、<冒険者>とは一体なにかな?』

「え…?」

『いや、一度聞いてみたかったんだ! 何だか、今の人間とは違うところを見ているような気がしてね、答え辛かったら答えなくて構わないよ!!』

「……」


 冒険者…。

 未知と奇知とロマン…。己を賭けて…。挑戦的な――…。

 足を止めると、ベルさんも足を止め、こちらを振り返る。


「俺にはかつて憧れた冒険者がいました、世界を駆け巡る、本物の冒険者でした」

『うむ』

「俺は、かつてのその人がやろうとしていた事の、意志を、継ぎたかった…」

『…うむ』

「――――分かりません」

『……』


 でも、結局冒険者ってのは、何だったのか、俺には分からなかった。諦めてしまった俺には…。

 『そうか』と一言ベルさんは言った。


「ベルさん、人は何でダンジョンに潜るんでしょう…?」


 家々の隙間からは、白く、そびえたつダンジョンが見える。


「ダンジョンって一体何なんでしょう…? あんな、あんなもの…!」

『君は何故、人が生きるのか、問うのかな?』

「え?」


 ベルさんは夕日で赤く染まるダンジョンを見つめていた。


『ダンジョンはもはや人間の生命活動の一環だよ。経済の中心に立ち、時に豊かにし、時に病のように人の心を蝕む、生も死もダンジョンの中で起こるのだ、だが、その正体は、人体の神秘のように謎だらけ。この世界は、もう、あれ無しではやっていけないだろう!』


 …。

 

「そう…です、よね」


 けして、大げさな表現じゃないと思った。

 それくらい、ダンジョンは人々を魅了し続けた。人体の部位にたとえるなら、循環系、もしくは脊髄ってところだろう。

 ――けれど。


「でも、別にみんな、望んで生きてるわけじゃない。死にたくないから生きている、いや、むしろ、死が最後じゃないのなら、みんな死んだっていい、そう思うはずです、そう、思う時点で、きっと本当はいつだって死んでも構わないんですよ。現実が、辛くて苦しいだけなら、いくら、人の思いが強くたって、そんなもの長くは続かない、希望の反対はきっと諦めなんですよ」

『…………若いね、実に』


 ベルさんは笑わなかった。


「ねえ、ねえベルさん。俺は、俺は一体…、何がしたかったんでしょうか…?」


 ――俺は。


『やっぱり、今の状態じゃあ――』


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