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バイトが終わった。
いつもの日常だ。
いつもの、下らない帰り道、下らない通行人、下らない店、――下らない日常。
中央通りを抜け、ギルドに対して右側にある大通りを歩く。メインストリートからはほんの少し離れた道だ。
『やあ!!』
その帰り道、横から妙にハキハキとした特徴的な声に呼び止められる。
路地裏の入口、夕日で影を落とす家の間で、ベルさんが片腕を上げてこちらを呼んでいた。
俺は反射的に、首を左右に振ると、通行人を確認するが、どうやら気が付いていないようで、俺はそそくさとその裏路地に入り込む。
「どうしたんすか? 祭りの準備で忙しいんじゃあ」
『うむ、下準備などはほぼ終わっていてね!! 後は皆がやってくれてるようだから、端的に言えば、暇なのだよ!!!! はーーはっはっは!!』
「そ、そうっすか、ベルさんでも暇なときはあるんっすね」
『私も人間だからね、いつも動いてばかりは居られないよ!!』
だからってわざわざ俺に会いに来てくれるなんて、なんだかうれしかった。
『歩こうか!』そこから、適当に狭い裏路地をグネグネと曲がりながら歩く。整備の行き届いていないレンガ敷きの小道は波打ち、割れやくぼみが随所に、不規則にちりばめられていたが、ベルさんは全くと言っていいほど重心をブレさせることなく、いつもの調子で歩いていた。
もちろん俺は、気を付けて、下を見ながら歩く。
ベルさんが問う――
『最近は、潜っていないみたいだね』
「…はい、…すみません」
『決して攻めているわけじゃないよ! 冒険者は体力的にも精神的にも厳しい仕事だ、無理はしない方がいい!! ま、キミほどの人が諦めてしまうのは、私個人としてはさみしいものがあるがね!!』
「……」
ベルさんのいう通りだった、俺は、もうダンジョンを潜るのを止めてしまった。諦めてしまった。
俺はどんな顔をしていいかわからなかった、尊敬する人間を裏切ってしまった俺は、いったいこの質問にどんな顔をすればいいのか分からなかった。
だが、ベルさんは唐突に、何の脈略もなく、話を続けた。
『君にとって、<冒険者>とは一体なにかな?』
「え…?」
『いや、一度聞いてみたかったんだ! 何だか、今の人間とは違うところを見ているような気がしてね、答え辛かったら答えなくて構わないよ!!』
「……」
冒険者…。
未知と奇知とロマン…。己を賭けて…。挑戦的な――…。
足を止めると、ベルさんも足を止め、こちらを振り返る。
「俺にはかつて憧れた冒険者がいました、世界を駆け巡る、本物の冒険者でした」
『うむ』
「俺は、かつてのその人がやろうとしていた事の、意志を、継ぎたかった…」
『…うむ』
「――――分かりません」
『……』
でも、結局冒険者ってのは、何だったのか、俺には分からなかった。諦めてしまった俺には…。
『そうか』と一言ベルさんは言った。
「ベルさん、人は何でダンジョンに潜るんでしょう…?」
家々の隙間からは、白く、そびえたつダンジョンが見える。
「ダンジョンって一体何なんでしょう…? あんな、あんなもの…!」
『君は何故、人が生きるのか、問うのかな?』
「え?」
ベルさんは夕日で赤く染まるダンジョンを見つめていた。
『ダンジョンはもはや人間の生命活動の一環だよ。経済の中心に立ち、時に豊かにし、時に病のように人の心を蝕む、生も死もダンジョンの中で起こるのだ、だが、その正体は、人体の神秘のように謎だらけ。この世界は、もう、あれ無しではやっていけないだろう!』
…。
「そう…です、よね」
けして、大げさな表現じゃないと思った。
それくらい、ダンジョンは人々を魅了し続けた。人体の部位にたとえるなら、循環系、もしくは脊髄ってところだろう。
――けれど。
「でも、別にみんな、望んで生きてるわけじゃない。死にたくないから生きている、いや、むしろ、死が最後じゃないのなら、みんな死んだっていい、そう思うはずです、そう、思う時点で、きっと本当はいつだって死んでも構わないんですよ。現実が、辛くて苦しいだけなら、いくら、人の思いが強くたって、そんなもの長くは続かない、希望の反対はきっと諦めなんですよ」
『…………若いね、実に』
ベルさんは笑わなかった。
「ねえ、ねえベルさん。俺は、俺は一体…、何がしたかったんでしょうか…?」
――俺は。
『やっぱり、今の状態じゃあ――』
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