どうやらベルさんが移動したことによって、ファンの波が俺に押し寄せてきたみたいだ。

 …ベルさんも、息災のようで良かった。


 ――本名、ハツィニア・コーダエタ・ツンベル、通称ベル。大型ギルド、白銀の冠木(クイーンオブリンテル)所属、階級はO-1、貴族主義の強いクイーンオブリンデルにもかかわらず、市民(ファン)との交流も盛んで、歯に衣着せぬ物言いと、明瞭快活な性格から熱狂的な信者も多い。世界大手のギルドにもかかわらず、その頂点に君臨する絶対王者。ついた二つ名は――――<最も勇者に近い男>

 何故こんな俺が、ベルさん何かと話ができるのか。それは四年前におこった、ある、新聞の片隅にも載らないようなとある出来事で助けてもらい、いわゆる、命の恩人として関わり合いを持たせて貰っている。救われた者と、救った者。もちろん、俺が前者、ベルさんが救世主だ。


 …そう、あの地獄から救い出して、もう一度人間としての暮らしを取り戻させてくれた、大切な人。


『んー? ハーハッハッハ!! そうか! 元気が一番!! ダグ少年は実によくやっているよ、何かあれば、遠慮なく頼ってくれ!! このベルが力になろう!!!!』

「あっ、はい! ありがとうございます」


 俺は差し出された手を、強く握りしめた。

 何だか、ファンの目が痛い…。嫉妬、というよりも殺意に近い何かを感じる。ファンというのは全部こんな感じなのか…くわばらくわばら。


「…ひとまず、降ろしてもらってもいいですか」




2



 それから、俺は総合ギルドに来た。

 ベルさんは別れ際までファンを引き連れて喋っていたせいで、正直何を話したのかあまり覚えていない。

 一つ、ベルさんがこの街で開催する祭りに参加するために来たのだと聞かされたことはかろうじて記憶出来たくらいだ。


 祭り、祭りねえ…。

 今日の報酬が入った麻袋を手に、総合ギルド内に併設された酒場のカウンターへ座る。

 「クリムゾンビア一つ」そう注文しようと、カウンターの中にいる店員に声を掛ける瞬間、うしろから、ひどく嘲笑するような、あざけるような、意地の悪い耳障りな声に呼び止められた。


「ダ~グくんっ!」

「……」


 バイト終わりの解放感を一気に吹き飛ばし、唯一の至福の時間といってもいい、この神聖な仕事終わりの一杯を邪魔する、ふざけたクズ野郎を、俺は振り返らなくても当てられるだろう。

 その細身の嫌らしい顔つきの男に連れられて、同じように嫌らしく意地悪な顔つきの男が二人、男の後ろに付く。

 チッ…、どうしてやろうかこのゴミは。


「アレ? 無視かなあ? <冒険者様>を無視するなんて、いい身分になったもんだなあ」

「……」

「チッ…、あーあ、今日はいい話持ってきてあげたのになあ、収拾クエスト、一緒に連れてってあげようかと思ったのに。ま、収拾っていっても、ベルコンドルの糞だけどねー、ククッ…」


 くすくすと笑いだす三人の冒険者共は、小突き合い、俺が黙っているのをいいことに、随分と勝手な物言いで俺の気分を害してくる。

 バイト終わりに、なんだってこんな三バカの相手をしなくちゃならないんだろう。俺が小さく溜息をついていることにも気が付かず、真ん中の男は、「それぐらいがお似合いだろ?」とこれまた腹の立つ下がり眉毛で俺を煽る。


「ダグ君、前は何回かダンジョンに潜っていくの見たけど、今は潜って無いのかな? 武器も防具も持たずに、大きな荷物持ってさあ、あれって何だったの? 僕、ダグ君みたいにダンジョン詳しくないからさ、あれって何て役職だったの? んー? もしかして…荷物持ち、とか? ああ、ごめんごめん、サポーター、っていうんだっけ? 僕、そんなのやったことないから知らなくてさ」


 …………うるせェ…。


「チッ…無能が」

「あ? なんだと?」


 俺が悪態を付くと、下がり切った眉がグイっと上がる。


「そんなんだからテメーはO-8(オーエイト)のまま上がれねーんだよ、この役立たず、こんなところでストレス解消してる暇があったら、先輩の<サポーター>でも何でもやったらどうだ? せっかく覚えたんだからなァ、バカは体に覚えさせねーとまた忘れちまうぞ」

「ダ、ダグ君…先輩にちょーと口が過ぎるんじゃないかな? というか、スラム出が僕にそんな口きいてい良いと思っているのかな…?」


 文字面では冷静な言葉遣いを保っているつもりだろうが、言い返され、声や表情から、怒り沸騰中なのがよく分かる。

 所詮、力の弱いの人間を煽ることでしか自分の存在意義を保てない、哀れな没個性野郎の言うことだ。そんな矮小な人間のサンドバックになってやる義理もない。

 調子に乗るなよ。

 …………いや違う、気にするな、こんな奴の言ってることなんか、言葉を交わす価値もない――


「ハハッ、先輩? なんだそりゃ、バッカじゃねーの、どうした? スラムのガキの軽口も流せねーのか? プルプル震えちゃってまあ…。お前、プライドだけはいっちょ前だもんな、そりゃあサポーター何て出来ねーよな? 大体、いまだに出身差別だとか、お前ら貴族しかやってねーぞ、古くせー古くせー、ションベンの匂いに混じってババア臭せー香水の匂いが染みついてるぞ、洗え鼻たれが」

「なっなんだと――」


 だから、気にするな――


「あーあと、得意げに語ってくれたけどよ、サポーターは総称だからな、俺がやってたのは測量者(サウベイヤー)だ。知識もなければ能力もねー、おまけにプライド捨てても這い上がろうって根性もねェ、お前みたいなの、俺は嫌いなんだよ、失せろ、ガキ」

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