突然。

 俺のチケットもぎりのブースの横から、ひょっこりと顔を出す先程の警備員は、両手には肉串を持ち、「食べる? 休憩でしょ?」と俺に一つを差し出してきていた。

 変な声を出させた腹いせとして少し乱暴にその肉串を受け取ってみせる。


「僕だってさっきのヤツはダメそうだなあってのは分かるよ? けど、何処の階でやられるかなんて分かるわけないよ」

「……ま、あいつの装備とか見て、言ってみただけだよ」


 そう。と相槌を打つと、肉を一口毟り取る。

 ほら、明日はお祭りでしょ? そこの屋台で買ってきたんだ。と、半円状の階段を降りた目の前の屋台を指さしながら笑う警備員の男。


 このダンジョンの入口は、三十段ほどある巨大な階段の上に建っており、当然、もぎりのブースもその横に設置されているので、ここらは少し高台になっており、並ぶ家や、そこに展開される屋台の数々もたやすく眺めることができた。

 まあ、だからといってこの景色を、いい景色だとか形容する事は、俺は、ない。むしろ、ありえない景色だと罵りたい気分だ。

 気が付くと不思議そうに警備員は俺の顔を覗いていた。えーと…なんの話だったか。


「祭り、嫌いだったっけ?」

「あ? あ、まあ、好きではねーな」

「ま、今回に限っては、僕も同感かな、裏ルートの噂もあるしね」


 噂…?


「あれ、知らないんだ、へー、ダンジョンの事となるとオタク的な熱量でおなじみのダグくんでも知らないんだー」


 嫌なおなじみだった。

 それよりも――


「その噂ってのは何なんだよ」

「まあね、僕も聞いた話だから詳しくは知らないんだけど、何でも裏ルートに挑戦するために各大型ギルドが動き出してるって、まことしやかに囁かれてるらしいんだよね、裏ルートってのも実際あるのか分かんないし、でも、最近盗賊団とかが冒険者につぶされてってるのは、それが関係してるってもっぱらの――」


 うわさ、か…。


 裏ルート。

 十年前突如として現れたこのダンジョンには、それぞれ裏ルートというものが存在し、そこでは、クリア不可能な超高難度なダンジョンが生成されており、クリアした暁には、この世のすべてを懐柔出来るほどの力を手に入れることができるのだとか…。出来ないのだとか。ただ、そんな便利な力、誰も行使していないのだから誰もクリアしてないってことか…、あるいはそんなもの存在しないということか、自分の脳内でとぼけてみる。ま、俺はその存在を肯定出来る数少ない立場であるのは確か、だ…、今となっては関係ないか…、そんなこと。


 まあ、昔からある、メジャーな都市伝説的立ち位置のゴシップだ、だがそんなことと、盗賊壊滅に何の関係があるんだろうか…。

 下を向いて考え込む俺に、再び不思議そうに覗き込む警備員。


「それじゃあ、俺は上がらしてもらうわ、じゃあな」

「えっ、ちょっと! 引継ぎの人まだ来てないよっ!」

「そんなこと、俺には関係ねーな」


 俺はひらひらと後ろ手を振ると、ブースを出る。


「まったく…ん? え、うそでしょ…」


 再び小言を言われる前にそそくさと階段を降りていた矢先、ダンジョンの入口から人だかりを帯びて、タンカで運ばれる冒険者が出てきていた。


「イテェ! いてえーよー!!」

「あっ、あいつ、さっき生意気言ってた冒険者…」


 その冒険者の体は粘液にまみれ、服が溶け爛れていた。

 野次馬は口々に、タンカで運ばれるロートレーヴェの新人を見ながらバカにしていた「ククッ見ろよ、あいつ、三階層っぽっちで泣きべそかいてリタイアしたらしいぜ」「ママァ!!」「ぎゃあはははは!!」


「……ダグ君、何で君はダンジョンに潜らなくなっちゃったんだよ」


 俺はそんな男の独り言を、聞こえないふりをして、長い階段をだらだらと降りていった。


 帰路。

 ただし、ギルドに報告する帰り道ってやつだけど。間違っちゃいないと思う、帰り道ではあるんだし。

 バイト終わりの妙な解放感と、確かな倦怠感を感じながら、俺は帰路につく。

 

 邪魔だな。

 祭りというのは、多くの人を動かし、またその前日というのも多くの人間が準備にいそしんでいる、俺は雑多な喧騒の中から、一人の男を見つけた。

 頭一つ分抜けた高身長に、広い肩幅、分厚い体は、包まれた鎧によってさらに分厚く見える。


『ダグ君!!!! お早う!!』

「ベ、べるさん!?」


 業界人みたいな挨拶だった。

 今は夕方だが、ベルさんの笑顔は早朝のようにさわやかに、きらきらと輝いていた。

 「きゃあああああ! ベル様よ!」「ベル様! ベル様!!」「おい、白銀の冠木(クイーンオブリンテル)のベルだぜ…俺始めてみた」…そうか、どうやら祭りの人だかりだと思っていたこれは、ベルさんの顔を一目見ようと集まった人々だったみたいだ。当然か、俺もこんなところにベルさんが居ること自体が信じられない、こんな初心者ダンジョンしかないこの街に。

 「なんでこんなところに」と言いかけた時、俺は前からくる人ごみに飲み込まれた。


「えっ? うわっ ぎゃあ!」


 情けない声を上げながら、俺はベルさんのファンに押され、倒され、踏みつけられ…。

 そして、誰かに首根っこを掴まれると、そのまま空中へ引っ張られる。


『久しぶりだね!! その後息災かね!?』

「…え、ええ、まあ、今までは」

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