:第一章≪希望の反対は、きっと諦めだと、つくづく思うんだ≫
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:第一章≪希望の反対は、きっと諦めだと、つくづく思うんだ≫
1
「ちょ……ん……さん」
「ん? んん゛…」
重く張り付いた瞼を、強引に剥がしとる。
いつの間にか寝ちまったみたいだ。
「ちょっと、チケットもぎりさん!」
「あ? …ふああああああ」
「ふああああ。じゃないでしょうに、時間、もう会館時間でしょ、並んでるの分かんないかな?」
俺のあくびを咎めるように、目の前にはしかめっ面の女が立っていた。
朝の日差しにやられて、俺はどうやらバイトも放棄し、うかうかと眠りについてしまったみたいだ。
女の後ろを見ると、長蛇の列が出来ており、そこに並ぶ全ての人間が俺のとぼけた顔を覗き込んでイライラしているのが分かった。横を見ると、他のブースは既に客をさばき始めているようだった。
居眠りか…、またギルド長(ババア)にどやされんなあ…。
俺は静かに舌打ちをすると、目の前の客にもそれが聞こえたのか、より顔の溝を深くする。
「き、君ねえ!」
ん˝ん˝! 俺は咳ばらいを一つすると、いつものセリフを口にする。
「えー、現在お集りの皆さんに…<ダミデコアの迷宮(ダンジョン)>は興奮と、スリル満点の体験を……お約…そく、えーっと…なんだったかな」
「おい! 待たせといてなんだその態度は!」「もっとやる気出せよ!」「いいからさっさと開けろ!!」
間髪入れず、後ろに並んできた客からそんなヤジが飛び交う。
――チッ。
「あーあー! うるっせーなあああ!! んなこと言うと開けてやんねーぞ暇人ども!!」
「寝過ごしておいて何て態度だ!!」「謝罪はないのか謝罪は!!」「いいからさっさと開けろ! タコッ!」
「あー? なんだ? やるか? いいぞ受けて立とうじゃねーか、バイト戦士なめんなよコラっ!!」
「ちょっとダグくん!? 何やってんの!」
観光客相手に本気で口論になり、口論の末、警備員になだめられ、俺は大人しくチケットをもぎる。
いつものことだ、いつもの、この俺の腐った――日常。
「はーい…行ってらっしゃいませ。はーい…いってらっしゃあしゃせー。はーい…しゃあせー、しゃせー」
分かってる。
分かってるつもりだ。
だが、馬鹿みたいに、観光気分で、かつては魔の巣窟と言われたこのダンジョンに、観光気分で来る馬鹿どものチケットを流れ作業のようにもぎるのが、今の俺の仕事。
ただ、惰性で生きるだけの人生、それが俺だ。
「はあ……ん? おい、おいおいおいちょっとお前止まれ止まれ」
「あ? なんスか?」
だが、やる気のないバイトの俺でも、たまに見る、こういう輩よりは割合ましだろうと思う。
俺の後ろにそびえたつ、白い巨大な塔。これがダミデコアの迷宮、巷では、<初心者ダンジョン>という呼び名で定着している。
このダンジョンに入る方法は一つ、通行証(チケット)をもぎり、入口のゲートから入る。ただそれだけ。
なのだが、そのチケットには、三つの種類がある。
多くが青の<観光チケット>(一階層から二階層まで)、残りが、今このアホが俺に差し出している、赤の<探査チケット>(冒険者用のチケット、一階から六階の最上階まで)そして、三つ目は…、まあ、今はどうでもいいか。
俺は思考を目の前の冒険者へ、戻す。
「いやいや、いやいやいやいや、なんスかじゃねーだろお前、これ見間違えか? 俺の見間違えかよ、これ、探査チケットじゃねーの?」
「っすね」
「お前…意味わかってんのか? こん中にはなあ、観光客用のルートと違って、魔物もいっぱい、罠もいっぱいあんだぞ? なんだよその服装は!!」
目の前に立つ冒険者は、最初観光客かと思うくらいの服装をしていた。
鎧や、まして武器の類も、ベルトに刺している短い剣一本だけのようだった。
たまにこういうバカルーキーが来るのだ、完全にダンジョンをなめている。なめくさっている。
「ああー、平気っすよ自分これでも<燃ゆる鬣(ロートレーヴェ)>に鳴り物入りで入ったルーキーっすから、スキルだって能力だって申し分ないはずっスよっと! こんな初心者ダンジョンなんかサクっとクリアして、<ユニークアイテム>とってかえるんっすよ」
そういうと、俺の手に持っていたチケットの片方を掴み、勝手にもぎり取ると、半券をひらひらさせながら奥へと行く。
「おいっお前待て! ったく、どうなっても知んねーぞ!!」
「ハハハッ! 一体どうなるっていうんすか。それよりもお兄さん俺の顔、覚えておいた方がいいすよ、直ぐに有名になるんすから!」
ロートレーヴェのルーキーはなめた態度でにやにやとしながらダンジョンへと消えていった。
――はあ、まあ覚えておいてやるよ。
「三階でべそかいて逃げ出す、筋金入りの馬鹿野郎としてな――」
「ダンジョンにいくら詳しい君でも、階層まで当てるのは無理でしょ」
「うへあッ!!」
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