「ごめんなさい、すみません、お願いします、許してください――――俺が、間違っていました」

「…………くくくっ…くくくく、くあーーーーーーーーーハッハッハッハッ!!!! ハーーーーーハッハッハッ!!!!」

「笑わないで…笑わないでよ!! なんで、なんで笑っていられるのよ!」


 不快な笑い声が俺の体にのしかかる。

 ああ、分かった。今、やっとわかった。

 俺達みたいな奴らは、こうやって作られるんだ。こうやって、脅され、歪まされ、従わされ、気が付いたらもう這い上がれないところまで落とされてるんだ。

 そんな、そんなのって――!


「…………そうだ、その通りだ…それ以上、笑うんじゃねえ…それ以上俺の友達(ダチ)を笑ってみろ、その首、叩き落とすぞ」


 いつの間にか、さっきも感じた、本当にいつの間にか、リムは俺を見下しながら笑うバルムの背後に立ち、抜き身の剣を晒しながら、バルムの首筋にヒタリとあてる。

 俺は一瞬、それが誰だか分からなかった。それほどまで印象を、百八十度変えるほどの怒気。

 これが、これがもっとも勇者に近い男――


「り、リムゴスライブン…! 貴様、ぼ、冒険者のくせに、内政に口を出すのか…貴様が今手にかけているのは、内政官バルム侯の首だぞ!!!!」

「内政? バルム候? 知らねえよ、そんな話してねェだろ、このうすらとんかち、てめェのその気持ち悪ィ笑い声を止められるなら、俺は斬るぜ」

「……なっ! くっ……わ、わかった、何が望みだ、金か、逃亡用の馬車か、それとも貴族地位か? 言っておくが、ココを取り壊すのは決定事項だ、変えられんぞ」

「だから…………おめえ、何の話をしてんだァ!!!!」


 見ると、ギルドにいた他の冒険者も全て立ち上がり、武器を手に、バルムたちをにらみつけていた。


「いいか、ダグ、冒険者ってのはな確かに何も持ってない、家も、金も、明日をしのぐパンだってない、唯一持ってるとすれば、コノ身ひとつだけ、…だからこそ、だからこそ自分だけは絶対に曲げちゃならねェ」


 リムの手に握る剣に、力が入る。


「だから、だからよォ、そんな所で蹲るな…! 悪いと思ってもねえのに謝るな…! 流されるな、狂わされるな、自分の道の歩き方くらい、自分で決めてみろ…! いいか…自分だけが、唯一の羅針盤だ!!!!」

「――――ッ!」


 なんだ…なんだよこの気持ち…!!

 心臓が熱い、燃えるように体が熱い…!


「すまねえ、ダグ、お前にとって、ココはそんなに大事な所だったんだな、守るために、良く勇気を出したな、…だからよお、だから、お前の勇気を、お前の気持ちを踏みにじるような奴は、…このリムゴスライブンが、死んでも許さねェ!!」


 ヒッ…と小さく誰かの声が聞こえた。

 同時に、アンモニア臭がこのギルドを包む。

 ありがとう、ありがとうリム。熱い体の中心には不思議と勇気がこみあげてくる。

 俺は立ち上がると、さっきは押し込んだ、押し込んでしまった拳で、バルムの太ももを殴りつける。


「お前なんか、顔も見たくない、どっかいけ」

「ヒッヒイイイイイイイイ!!」


 腰を抜かしたバルムを、騎士たちは担ぎ上げ、逃げるように大慌てでギルドを出る。

 トウカは我先にとこちらへ駆け寄ってくると、めいっぱい抱きしめられ、俺の顔色や、体を伺い怪我が無いか入念に調べて回った。


「良かった! 良かったダグ…!」

「お、おう…」


 俺は、ニギニギと手を握り、すこし考え込むと、顔を上げ、リムのほうを見る。


「…リム……やっぱり俺、リムみたいな冒険者に成りたいんだ、絶対に、絶対に成りたいんだ!」


 俺のまなざしを見たリムは無言で剣を収めると、少しの間考える。


「…………正直、厳しい道だ」


 リムは腰を落として、目線を合わせながら言う。


「だけど、お前、ダメって言ってもやっちまうんだろ?」

「――! うん!」

「ハハッ、正直なヤツめっ! うん、…それでいい、自分の道は自分で決めろ、それが出来りゃ立派な冒険者だ!!」

「――うんっ!!!!」


 リムは少し照れ臭そうに、俺の髪をわしゃわしゃと撫でた。




 そうして、この記憶を最後に、俺は二度とリムに会うことは無かった。




 世界的には、この日は事件とも呼べない、下らない小競り合いの結果、俺が冒険者になることを決意した、記念すべき日ではなく。もちろん俺の中でも、記憶に残る出来事があったこの日は、しかし残念なことに、リムと過ごした最後の日なんかではなく。


 数分後、ものすごい振動と共に突如として現れたダンジョン。

 世界が狂ってしまった始まりの一日として、深く――刻まれることとなった。


 ダンジョンは世界中でその姿を現し、人類に、多大な損害と、膨大な死傷者と――莫大な、富をもたらした。






◇ ◇ ◇ ダンジョン前のチケットもぎり、裏ルートで最強になる ◇ ◇ ◇





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