3


 黒髪の男は俺を指さしながら言い放つ。

 な、なんだって? じ、じゃあ何でこんなに笑ってられるんだ。


「はあ、そりゃあ、なあ、…別に、俺ら困んないし」

「なっ何だと?」

「こりゃあご丁寧に、バルムさん、わざわざご足労していただいて悪ィんだが…俺たちゃ傍からその日暮らしの根無し草、自分で持ってるものなんか、思い入れのあるものなんざ、露の一粒もねェんですわ」

「なっ…!」

「冒険者ギルドに入ったのは、多少、入国の時に便利になるくらいで、ここにいるやつら、ギルドに縛られてる奴なんか一人もいねェんだわ!」

「ッ…! なん、なんだと…!」


 そのやり取りを見ていた冒険者達は、にやにやと笑いながら、再び酒を口に運び始める。


「こいつらッ!」

「ま、それが、冒険者ってもんだ」


 「あのバルムって人、革新派の有力者で、国どころか何処にも所属してない冒険者を前から目の敵にしてるやつね、お父さんがよく言ってたわ、ヤなやつだって、フフフっ! なんか清々しちゃった!」トウカは俺に小声で教えてくれる。

 そうか。

 ……そうか? でも、ここは、俺の唯一の憩いの場が、逃げ道が、この場所がつぶされるってことは…もう、リムに会えなくなるってこと、なんじゃ?


「ハッ! 自分たちの立場も分からぬ能無しどもが、何故いま世界中でギルドが無くなっているのかも分からぬのだろう? 最後の居場所(ギルド)が無くなってから始めて貴様らゴミは後悔するのだ!」


 そんな脅しにも似た黒髪の…バルムの言うことを、冒険者たちは興味のなさそうな顔で無視していたが、俺は正直リムたちのように笑えなかった。


「な、なあトウカ、ここが取りつぶしになるってことは、リム達とは、もう、会えなくなっちまうのかな?」

「え? あっ……、う…うん、そう……かも」


 この街には他にギルドと呼ばれる施設はなく、冒険者は基本、一度旅に立つと戻ってくることは稀だ、さらに、ギルドが無いとなると、彼らにとって決して居心地がいい場所とは言えないだろう、仕事の以来は基本ギルドに依存しているため、寄る理由自体が薄くなるのだ。

 やっぱり――


「やっぱりダメだ!!!!」


 俺の突然発した叫びに、リムやトウカ、バルムは愚か、ギルド中の全員が俺に目を向けていた。


「それじゃあダメだ! それじゃあ、リムは、他のみんなも、冒険の後でここに寄って、酒を飲んで、土産話で笑って! そんな当たり前のことが出来なくなるなんて、もう冒険の話が聞けなくなるなんて…そんなの嫌だ!! みんなだって、何で嫌じゃねーんだよ! なくなっちゃうんだぞ! もう会えなくなっちゃうかもしれないんだぞ!! 何で…――――何でそんなにへらへら笑っていられるんだよ!」

「その通りだ」


 以外にも、静まり返った酒場で俺の話に、いの一番で相槌を打ったのは、バルムだった。


「ああ、そうだねえ、その通りだよ…こいつらより、よっぽど君の方が<分かっている>みたいじゃあないか、嫌だよなあ? 悲しいよなあ? 会えなくなるどころじゃないぞ、この次は他の国に先駆けて、この国から冒険者を徹底的に排除、そして冒険者の温床となってる、テメーみてーなガキこさえる肥溜め(スラム)も掃討の後、害虫も汚物もない、クリーンな人間だけの社会を作り上げるのが私の使命だよ、ココはそれの足掛け…」


 こ、こいつは、何を言ってるんだ?


「に、人間だけの…?」

「そうさ! 君みたいな、君たちみたいな奴らがいない健全な国家だよ」


 なんだよ、それ。

 親も家もない俺たちみたいな人間を、勝手に追いやったのはお前等じゃないか、あそこがどんな所かよく知らないくせに、あそこが、お前等の作り出した欠陥だらけの制度の受け皿だとも知らずに――!


「何なんだよ、何なんだよお前ー! 取り消せ! 取り消せクソ野郎!!」


 俺が駆け出し、バルムを殴る寸前。

 「はーい、おしまいおしまい…」ギーーンと鈍い音と共に、リムは俺の体の前に足を入れ静止させる。見ると、背中側にはプレートアーマーを着こんだ兵士の剣を右手で、柄に刺さった状態の剣で受け止めると、左手には、ナイフを持った状態で浮かされているトウカがいた。

 どうやらリムは止めに入ってくれたようだった。冷静さを取り戻した俺は自分が何をしようとしていたかを思い出した。

 この、貴族に、俺は今暴力を…、冷や汗が額を伝う。こ、殺されるところだっ――――


「遅いんだよ」


 「リムおじさん!!」トウカの声と共に何かにはじかれるように吹き飛ばされるリム、地面へ転がると何人かの騎士は追い打ちをかけるようにリムを蹴りつける。

 なんで、なんで――


「や、止めろ! 止めろよ!! 俺が売った喧嘩だ! なんでリムを殴るんだ!!」


 「……? お前とこいつに、どれくらいの違いがあるんだ?」バルムは、心底意味が分からないという表情を浮かべながら、そう、言い放ったのだった…

 なんなんだ、なんなんだよこいつ、怖い。本当に、本当にこいつは、俺らのことなんて人間として見ていないんだ、そんな、そんなことってあるのかよ、同じ見た目で、同じ言葉で、同じ空気吸って、おんなじ場所に立ってるのに、そんなこと、本気で言ってんのかよッ!

 後ろで、剣が抜かれる音がした。抜き身のそれは、リムの首筋にそっと置かれる。


「ごめんなさい――」


 俺はその場に、蹲るように頭を下げる。


「ダグ…!?」

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