「おいリム、ガキに言い負かされて本気で落ち込んでんじゃねーよ、ほらっ、ちゃんと座れってだらしないぞ、…おい、おいってば! どんだけ落ち込んでんだよ!」

「トウカがトウカが言っちゃ行けないこと言った…将来の事とか、先の話とか、冒険者には禁句なのに…!! 禁句なのに!!」

「わかったわかった、ほら、一杯奢るから元気出せ、なっ」


 その男から酒を手渡たせれ、両手で可愛らしく飲むリムは、もう何処にでもいるおじさんと何ら変わりないように思えてくる。


 最も勇者に近い男。

 遥かなる夢。

 リムゴスライブン。冒険者家業という、最も過酷で、もっとも実入りのない職種、時に荒くれ者のごくつぶしなどと揶揄される、世界を股にかけた冒険ジャンキー。その頂点に君臨するこの悪名高い男こそが――

 …少女に論破され、今は可愛らしく静かに酒をゴクゴクと飲んでいるこの男こそが…、俺の尊敬する唯一無二の冒険者なのだ。


「それにしてもダグ、お前冒険者になりたいのか! いいぞー冒険者は、気楽で」

「そっか、やっぱりか! なあなあ、やっぱりすごいのか? 冒険って面白れーのか!?」


 俺の興奮気味に、抑えられない衝動をぶつけられた長髪の男はニヤリと笑い、肘でちょいちょいと、落ち込んでるリムの体をつつく。


「ん…あ、ああ、そりゃーもう、チョー面白れーぞ」

「そうかあ、チョーか、チョー面白れーのか! いいなーいいなー、カッコイイなあ! やっぱり色んなところ行ったり、色んな奴と戦ったりするのか!」

「フフフッ…フフフフ……ハーッハッハッハ!!!! よくぞ聞いてくれた! そうさっ! 冒険者はな! 色んな所に行き、色んなモンスターと戦い、世界を股にかけるチョーすっげー職業なんだぜ!!!!」


 話を振られ、戸惑い気味に答えるリムだったが、俺の問いに調子を取り戻したのか、机の上へ上り、大仰な手つきで話を弾ませる。

 だが、若干トウカの方を見ながら言うリムには、大人げなさを感じた。


 周りの冒険者達も、リムの復活に伴い、さっきの活気を取り戻すと「そうだそうだ!」「いいぞー!」「言ってやれー!」と指笛を吹きながらヤジを飛ばしている。


 さらに気分を良くしたリムは、んん˝ッと咳ばらいを一つし、それを見た冒険者たちは「始まるぞ」とリムの方を改めて見やる――。


「……あるときは轟轟と燃え盛る山に住み着く灼熱のドラゴンを倒し、…またある時は神秘に満ち溢れた古代の遺跡を調査し、そしてあるときは巨大な陰謀渦巻く大帝国を相手に、たった一人の少女を救うため大立ち回り…」


 仰々しく両手を広げ、山やドラゴン、古代遺跡や大帝国のスケールをこれでもかと体全体で表現していた。

 俺は…、俺はそんなリムの姿に「うわあ…!」と感嘆の声を上げ、見惚れていた。


「手に汗握る強敵との戦いに、究極のピンチを乗り越えた仲間との熱い友情! 一宿一飯の恩義を忘れず、世界のあらゆる危険に飛び込んでゆく!! 未知と奇知とロマンを求め、己を賭けて世界を旅する挑戦的な探究者!! それが――――!」


「「「俺たち冒険者だあああああああ!!!! ぎゃーはっはっは!!」」」


 いつの間にか周りに集まっていた酒場の冒険者たちは酒を掲げ、リムの落ちに合わせて大合唱で言い放つ。


「スゲー!! やっぱり冒険者ってカッケーカッケー!!」


 嬉しそうに飛び跳ねる俺を満足げな顔で見るリムと、呆れたような、それでいて見守るように見るトウカだったが、数秒して、慌てたように、俺の肩を叩くと、窓の外を指さし俺を誘導する。


「あっ…アイツら、またきやがった!」

「……」


 バンッ!! と荒々しくギルドのドアが開かれると、そこからプレートアーマーを着こんだ兵士たちが数名なだれ込んで来る。

 周りの冒険者たちを威嚇しながら兵士たちで作った道を、一人の黒髪の男が通る。

 見るからに位の高さがにじみ出る仕草に加えて、俺たちを見るあの厳しい目、まるで家に出たネズミを見る時のようなそんな侮蔑的な目だった。

 「……何しに来たんだい?」筋骨隆々な体にフリルのエプロンという奇抜なファッションのギルド長が率先してその男へ話しかけると、黒髪の男は巻物をバサッと広げ、見せつけるように掲げる。


「今日をもって、この<豚小屋>を取り壊しとする! ごくつぶし共め、これでお前らも終わりだな…さっさと出ていくがいい!!」


 なっ――! と、取り壊しだって!? このギルドを、じゃあ、じゃあもうみんなと会えなくなるってこと……。そ、そんなの…! 

 いや――


「「「ぎゃははははははははははははははははははははははは!!!!」」」


 そう言いかけたとき、ギルド内の冒険者達は一斉に吹き出し笑ったのだった。

 どうにも耐えきれない、とてもおかしなことを目の当たりにして、笑わせないでくれと言わんばかりの大爆笑。

 俺とトウカはもちろん、その反応が予想外だったのか、先程まで冒険者たちを威圧しながら整列していた兵士たち、そして大真面目に巻物を掲げていた黒髪の男も、それを見て狼狽えていた。

 そりゃあそうだ、俺だってなんで笑っているのか一切分からない、ギルドが取り壊しになるんだぞ? なんで笑ってられるんだ?


「お前たち終わりだな…」「ぎゃあああはっはっは!!」「似てる似てるッ!」「何言ってんだ!」「お役所仕事に戻りな! 坊主!!」「止めてくれ! 腹が! 腹が千切れる!!」

「き、貴様ら! 何がおかしい!!」


 男の様子を見た冒険者達はさらに吹き出し、笑い転げた。


「リ、リム…何がそんなにおかしいだよ、取り壊しになっちゃうんだぞ? ここ!」

「ああ…? そりゃあ」

「あ! まさか、あいつが言ってるだけで取り壊しされないとか! みんなでここを守るんだな!」

「何を言っている、これは上からの正式な書状だぞ! ここはもう終わりだ!!」

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