19
「やはりココだったか、探したぞ」
「…なんの用だよ」
トウカは俺の問いかけに少しの間、下やら横やら、視線を泳がせながら「ん…ああ…その」と答えに悩んでいるようだった。
そんなつもりはなかったが、答えにくい質問だったのか…? いや、向こうが探したと言ってきたんだ、用を訊くのは自然な事だろう。けど、すこし、トゲのある言い方になってしまった気がする、そんなつもりじゃ無かったんだけど…ああ、最近じゃあいつものことか。嫌になる、ホント。
トウカは小さく咳払いをした後で、意を決したように顔を上げる。
「祭り…行かないのか?」
「あ? 祭り?」
「ああ、年に一度の行事だ、行かないのか?」
「行かねーよ」
「だ、だが、出店も出てるし、その…そこの屋台ではあれだ、ダンジョンにしかないアイテムも売ってるんだぞ、好きだろ? アイテムとかそういうの」
あ…? 一体なんだってんだ?
急に祭りだなんて、毎年ココの祭りには来るくせに、俺に声かけたのなんか初めてじゃねーか…? 祭りか、前に行ったのなんか十年前よりも前くらいか、俺らはしゃいで、…確か一つも知らないダンスを一緒に踊ったりしたっけ、今考えたら恥ずかしいな。
…………。
けど、今は、そんな気分になれねーな。
それに、今日の祭りは…。
「俺はいい。出店は高けーし、アイテムは子供だましのパチモンだ」
「だが…そうだ! ウチのギルドの出店、今年は南部でしか手に入らない珍しい酒を出してるんだ」
あ? いや、だから…。
「それに、金が無いのなら今日は私が出そう、後輩が言ってたんだが、有名な吟遊詩人も来てるらしいんだ、金が無くても楽しめるところはいっぱい――」
だから…よおッ……!
「おい、しつけ―ぞ! いいって言ってんだろ、それにお前、この祭りが何の祭りか知らねーわけじゃねーよな!?」
とまれ、止まれよ。
「…便乗してる出店も、それに乗っかって酒まで出して金儲けしてるテメーんとこのギルドも、意味も分からず大はしゃぎしてるこの街の奴らも、当然の仕事してるだけでワーキャー言われてる冒険者共も、全部、全部うっとおしいんだよ!!」
――気が付いて、言い過ぎたことに後悔した。
ココまでいうつもりはなかったのに…クソッ!
「悪い…でも今日はホント、そう言う気分じゃ――!」
バキッと張り手よりも音を立てて、殴られた。
凄まじいスピードで近づいてきたトウカに、何の反応も出来ないまま、気が付いたら三メートル程飛ばされ、木々の開けた、毛足の短い草の生えた地面に転がされていた。
「……何だ、その言い草は…、最近、妙な奴らに絡まれてたり、喧嘩になって殴られてたり、今日だって、悩んだ顔をしていたから気晴らしになるかと思って誘ってやっていうのに…!」
ちょっとまて、誘った? 誘われてたのか?
つーか、何でそんなことで殴られなきゃいけないんだ。
「ッ痛ってーな、顎外れるかと思ったぞ…」
「手加減してやったのだ」
あれで手加減してたのかよ、ユリユスの五倍は痛かったぞ、ふざけんなよ。
「それに、ダグ…今まで言ってこなかったが、お前、冒険者は諦めたのか…?」
「……。」
諦めたのか。
俺は、冒険者になることを諦めたのか? はたから見ればそう見えるだろう。
…違うな、傍から見なくても、諦めたように見える。
実際は…。
「なあ! どうなんだ! ダグ!」
「うるせーよ、いま、関係ねーだろ…」
「――! 関係あるに決まっているだろう!!」
「関係ねーよ」
「関係ある!」
「関係ねーよ、少なくとも、<お前>には関係ねーだろ!」
トウカは興奮気味にズンズンと足音を立ててこちらに歩いてくると、一発。二発。倒れている俺に容赦なく、パンチを顔面に食らわせてくると、俺の胸倉を両手で激しく掴み上げる。
「関係あるに決まってんでしょ!! 約束したじゃない! この嘘つきッ!!!!」
苦しそうに、悲しそうに、俺の胸倉を掴むトウカの声は、震えていた。
もう俺は、何も言えなかった。
「四年前、ダグが見つかって、凄く嬉しかった。これで約束が果たせるって、ダグと、冒険ができるって…、ずっと、ずっと探してたんだよ…、私が冒険者になるために修行してた時も、ギルドに入った時も、ベル様に相談しておいて本当に良かった、ベル様が見つけてくれなかったら、ダグは死んでたかもしれない…私は、きっとみつけられなかったから」
トウカの前髪が、俺の額にかかる。
「ダグは、あの頃とすこし変わって…、身長はあんまり伸びてなかったけど、体と心に傷を負って…少し性格は悪くなったけど、私はすぐにダグだって気が付いたんだよ、目が、変わってなかったから、あの頃のまま…、お医者は、もう激しい運動とかは出来ないって決めつけてたけど、私は大丈夫って信じてた。だって、だって昔私を助けてくれたのはダグだったから…、ダグは凄い人だって私知ってるから…! だから、信じてたんだよ……」
「……」
「私、ダグに会ったら言いたいことがいろいろあった、話したいことが沢山あった。今までのこととか、七年間でどんなことがあったのか、私だってすっかり大人になっちゃって、私だって、いっぱい頑張って、ダグの分まで…頑張らなきゃいけないって…だからダグが見つかったから…、たくさんお話したかった、お互い讃えあいたかった、…笑って、お酒……飲みたかった…」
力の抜けた俺の体を支えるように、掴む手には力が入った、俺は、もはや顔も上げれない。
「けど、ダグは頑張って修行を始めて、いっつも苦しそうで、いっつも追い詰められてて、なんて声をかけていいか分からなかった、話そうとしたんだよ? けど私の姿を見ると、いつもどこかへ行っちゃう」
支えたかったの。
ああ……。
俺はなんてみじめな奴だろう。なんて心の狭いクズ野郎なんだろう。
勝手にコンプレックスこじらせて、相手の気持ちも考えないで、被害妄想膨らませて。
トウカとちゃんと話した記憶がない、トウカとちゃんと向き合った記憶がない、トウカの――顔をちゃんと見た記憶がない。
俺は顔をそらさずに、真っすぐに、トウカの顔を見た。
月に照らされて映し出されたその顔は、随分と大人びた、俺の親友だった。
赤い髪をポニーテールにまとめ、きめの細かい白い肌は、月明かりに照らされ浮き出すようにぼんやりと輝いている、吸い込まれそうになる赤い瞳は、意志の強そうな上がり気味の眉毛と良く似合っていた。
頬を伝う水滴が俺の目元へ滴り落ちる。
馬鹿か俺は。
自分ばっかり頑張っていると、自分ばっかり不幸だと、自分ばっかり割りを食って、普通にギルドに所属している冒険者はみんなずるいと心のどっかで思っていた。
それをそれっぽい正論で隠して、うまくいかないことを自分の境遇のせいにして…。確かに境遇は悪い、確かに能力が低い、確かに俺はどうしようもない馬鹿でグズでノロマなのかもしれない。
けど、そんなことがどうした。
結局、邪魔していたのは俺のプライドだ、下らないプライドのせいで、他人に当たって嫌な思いさせて、プライドを守る為に、必死で他人を見下して…
今まで一体俺は何をやってきたんだ…?
頼れば、よかったんだ。
俺は馬鹿でグズでノロマだが、トウカは、ベルさんは、俺を支えてくれていたじゃねーか…! 俺を信じてると、期待していると言ってくれていたじゃねーか!! 何をグダグダ御託並べて、出来ない言い訳ばっかりうまくなって、絶望して、拗ねて、惨めに泣いて…! 全部違ったんだ、ただ、俺は受け入れる勇気がなかったんだ、弱い自分を、能力がない自分を、こんな考えにいまさら気づくような愚かな自分を…!
「ごめん、トウカ」
「……やっと、見てくれた」
トウカは、ひそめた眉をそのままに、こらえるように、すこし笑った。
「私、成長したでしょ…?」
「……ああ」
「私…冒険者に…なったんだよ…」
「…ああ」
「私ね…、がん…頑張ったんだよ…! ダグに追いつきたくて…ダグに認めてもらえるように…ダグを支えられるように…」
「ああ…ああ…、ごめんな、ごめん」
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