18

「ハッ…まあ、そこまで言うなら連れてってやってもいいぞ、エリート冒険者である俺たちに感謝するんだな」

「あ、あははっ…感謝、してるよ」


 ――ハアハア、ゲホ…。

 冒険者たちは戦闘中、ハアハア、この乱戦なら、どこかに、どこかに居ないか…!

 居たッ!

 ハアハア、バインパイヤ・バッドの死にぞこない…、こいつを殺せば、経験値を…!


「危ねー!!」


 殴られる。本気の殴り方だ。

 ガードする腕の上から、構わず殴られる、この感触は…きっと奥歯が折れただろう。


「テメーを庇ったからライヤーはこんな重傷をおったんだ! 分かってんのかこの役立たず!! 二度と俺らの前に現れんじゃねーぞ! グズがッ!!」


 俺は…、冒険者に……。

 …何か違う、俺はこんな奴らになりたかったのか? 違う、違う。何も分かってないくせに。俺だって、俺だつて努力してるのに! なのになんでッ、何で!!


 冒険者なんて、クソだ。


 ――それから四年。

 俺は何も成長していなかった、いや、この十年、俺は何も成長していなかった。



 ◇ ◇ ◇



 人間の覚悟なんて、脆くて柔くて、一次的なものだ。

 時間が経つにつれて、小さな、細かな絶望という灰に埋め尽くされ、掠れて汚れて、光を放っていたはずのそれは、煤汚れで灰色に、やがて黒く濁っていく。

 夢なんて、希望なんて、覚悟なんて、そんなもんだ。


「きゃーーーーーーーーーーーーー!!」


 ――!?

 誰かの叫び声!? 大通りの方からだ。

 走る。

 肺に空気を入れるたび苦しいと叫んでいる、動機が早まるたび、咳でもう限界だと危険信号を上げる。

 なんで俺は走ってるんだ? でも反射で…俺が行ったところで何かできるわけでもないのに、気が付くと人混みが出来ている。

 大通り、人混み、苦しい顔を上げると先には白い塔のダンジョンが見える。

 あれか、あの日に見た魔物の大軍を思い出す、街が焼かれる光景が今もまだ鮮明に思い浮かぶ。

 人混みを搔き分けると――


「きゃーーー! トウカ様ーー!!」


 祭りを催すメインステージに黄色い声援を送っている二人の少女たちが見えた。


 ゲホッゴホッ、ゴホゴホッ!


 よく周りを見ると、皆一様にステージに声援を送っていた。

 な、なんだ、それ…。

 がっかりするとともに、安堵感が胸を満たした。

 今日は祭りの日、あの魔物の軍勢が襲い掛かってきた、ダンジョンがこの世に現れた記念日。何故記念しなきゃいけないのか、俺にはさっぱりわからなかったが、とにかく記念日で記念祭らしい。


 ステージと言っても、ただダンジョンの周りに人が輪を作って集まり、ダンジョンからはあの日と同じように次々と魔物が出てきていた。

 そう、あの日から、毎年ダンジョンから大量の魔物が吹き出している。

 ただ、あの日と違うのは、あの大厄災を人類は克服しているということだった。


 ダンジョンで手に入れた装備や武器、経験値やアイテムによって、十年前と比べ物にならないほど冒険者の質は向上して強くなっており、そうして、かつて終末戦争(ダリ・アポネ)と恐れられたこの日は、<終末祭>と呼ばれ、その街のギルドが総出で観客を楽しませる祭りとかしていた。

 壮大な音楽隊の音楽と共に、魔法や剣で出てくる魔物を次々と狩っていく冒険者たち。そして、その中には、氷の剣を携えすさまじいスピードで魔物を斬っていくトウカの姿があった。


 あいつ、息一つ切らさずにあれだけの魔物を…。

 クッ…!

 ステージの中心からダグの存在に気が付いたトウカは、こちらに目をやるが、ダグは顔をそらす。


「うわっやべー、今トウカ様、俺のこと見たよな? 見たよな!?」

「ばっか、俺のこと見てたんだよ! トーカ様! かわいいー!」


 ケッ、まるでアイドルだな。

 俺はそのまま目を合わせずにその場を足早に去る。人混みが鬱陶しくて、わざと少し強く人を押しのけながら去っていった。

 途中、トウカの呼びかける声が聞こえた気がするが、俺はやはり振り向かなかった。





 木々に囲まれた小高い山の少し開けた場所。生い茂る葉の隙間からは高くそびえたつダンジョンが少し見え、夕暮れ時に差し掛かり、黄昏月がぼうっと空に浮かぶ。

 みんなダンジョンに食われちまった、ダンジョンが全てを変えちまった。そして、ベルさんまでも裏ルートに挑むという。

 裏ルート。

 それは秘密に包まれたダンジョンの根幹、ダンジョンを調べるうえで外せない、未知の領域。


 俺は、――俺はその領域に踏み込むための<チケット>を持っている。


 あの日、四年前にベルさんに助けられ、覚悟を決めた。

 今度こそ何があっても冒険者になるんだと心に誓った。その為には今のままではダメだ、ダンジョンにより詳しくならないといけない。

 そう思った俺はバイトも、ベルさんのすすめもあり、なるべくダンジョンに関する知識が得られる所をと思い立ち、総合ギルドへ決めた。

 職員の目を盗み倉庫の資料を読みふける毎日。難しい文字や資料ならではの専門用語は読み飛ばし、時に職員の会話を盗み聞きしながら何とか内容を理解した。


 そうして調べていくうちに、違和感を感じるようになった。このギルドは何かを隠している。いやこのギルド自体が何かを隠す施設なんじゃないかと思った。事実、俺は二冊の本を見つけ、その中には見たこともない<チケット>があった。

 表の販売所には売っていない、真っ黒なチケット。噂されていた、裏ルートへの手掛かりだと直感した、そして裏ルートを証明する物はこれだけだった。

 到達不可能なほど高難易度のルートを引き換えに、最深部には強大な力が眠っているという。その力を手に入れれば、山を焼き、海を割り、人知を超えた力で人を、モンスターをすべて駆逐するほどの力。

 俺はその力に操られるように、気が付いた時にはチケットを持って帰ってしまっていた、だが同時にチャンスだとも思った、これをクリアするのは俺だと言って聞かせ、毎日そのチケットを眺めながら、いつかその力をおれのものにしてやるんだと意気込んでいた…。


 けど…今となっては、見るのも嫌になった、過ぎた目標だ、俺にはそんなこと無理だったんだ…。

 いや違うな、怖かったんだ、使うのが、持って帰ってきたはいいが、ビビって使えなかった、所詮俺はその程度の奴なんだ……。


 昔のことだ。

 俺は星を眺めながら、そんな下らない昔のことを思い出していた、ベルさん…。


「ダグ」


 ビクっと体が跳ねる。

 後ろを振り返ると、そこにはトウカが立っていた。

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