29
「クソッ…! 決まらねーか!」
『うむ、私も、無理をしないわけには行かないか…』
バビルスがそんなことを言うが、ベルさんは、特殊な構えを取っていた。
低く、地を這うようなその姿勢は、何故か、俺の脳に焼け焦げるほどの危機感を引き出した。
――――感じる。
全てを包み込むような、圧倒的な圧力を。強者にしか許されていない、刺々しくも、ましてやざらざらとざらつく嫌な悪意の感覚でもなく。たとえるなら自然的な災害のような、抗うことのできない、包み込むような大きな流れ。
ここにいるから感じる。ベルさんから発せられるこの流れこそが、特別な事の出来る人間にのみ感じる運命すらも自分の思い通りに捻じ曲げてしまうような引力。
ベルさんの鼓動が波のように溶岩洞全体へ広がり、――ドクン、――ドクンとリズムを作る。
息を吐いた、体制がより低く洗練されたフォルムに近づき、半歩、ずるりと足を擦るように前へ出る――。
「ヒルベルト、<論懐:地獄傍(ジゴクソバ)>」
ベルさんが刀を抜いた瞬間は見えなかった。
瞬きをしていたわけじゃない、確かに速かったが、まったく見えないという程の速さじゃなかった、ただ、じっとベルさんを見ていたにも関わらず、今思い返しても、ベルさんが刀を抜いた瞬間を思い出せなかった、その映像はどこを探しても俺の頭の中になかった。
――――そして、気が付くと、俺たちの周りにいたモンスターは全て首を切られ死んでいた。
う、嘘だろ、百や二百じゃ無いんだぞ!?
オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!
リヴァイアサンは頭上から大きく血を吹き出すと、再び溶岩に身を潜らせる。
そして、俺たちの足場のすぐ下を通り、今度はベルさんたちの方へも行ったと思うと、再びこの近くを通る。
まるで回遊するようにぐるぐると俺たちの足場の下、この溶岩洞全体を回るリヴァイヤサンに「まずい…!」とバビルスが言葉を漏らした。
ドオオオン……、と低く響くような振動と共に次々と足場が崩れ始め、下を見ると、赤く嫌な光りを発していた溶岩は、徐々に、徐々にと、こちらに向かってせりあがってきていた。
『うむ…、ダメだったか!』
「ベルさん!! 溶岩が! まずいです!!」
「全く、やっぱりあのデカ物を攻略するにはもう少し時間がいるね」
「ヘレナさん、腕が…!?」
戻ってきたヘレナさんの腕についていたのは、氷でかたどった義手だった。
「氷点虎穴はこういう細かい操作の方が得意なんだよ」
…何故、あの球体を使わないだろう、と訝しんでるでいることがヘレナさんにも伝わったのか、「アレはアレでいろいろあるんだよ、ココを無事抜けられたら直してもらうさ」と言いずらそうにそっぽを向きながら言う。
『ダグ少年! クラムは生きてるねっ!』
「えっ、あっはい!」
『そろそろ消化出来た頃だろう!』ベルさんがそういうと、バビルスは再び俺たちを担ぎ、足場ぎりぎりのところに立つ。
そう、足場ギリギリ、すんでのところで停止する。下には轟轟と燃え盛る灼熱の溶岩がはっきりと、くっきりと見えた。
……嫌な予感がする。
「あ、あの、危ないですよ、ねえ、聞いてます? ちょっホントに! おち…落ちる!!」
「この位置だよな?」
『ああ! じゃあ少年! 先に行っていてくれ!!』
――え?
「うわあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
投げ飛ばされた。溶岩の海に。
響く絶叫はただ一つ、俺の声だけだった。
背中にしがみつくクラムは相変わらず、こんな時でも無口を貫いている。
嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ…!! いや全然嘘じゃない! まずいィ! 九死に一生、いや絶体絶命、阿鼻叫喚!
一面の赤い視界の中、リヴァイアサンが落ちてくる俺たちを受け止めるように溶岩から勢いよく顔を覗かせる。もちろん、受け止めるのはその大きく、凶悪な歯が並んだ口でだ。
――黯然銷魂。
溶岩に放り投げられたことのある人なら分かると思うが。肌を焼く熱気と、超巨大な溶岩竜が視界に同時に映り、その絶望感で、俺は今すぐにでも気絶してしまいそうだった。
そして意識が朦朧とする中、それはローブの中から花開くようにバックリと広がると。目の前のリヴァイアサンを、超大型モンスターの頭部を、完全に消し飛ばした。
「ぎやあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
そのまま力が抜けるように溶岩の中へ倒れこむリヴァイヤサンの胴体と共に近づく溶岩を前に、クラムは溶岩を睨むと、すぐさまそれは巨大な渦となって回り出し、下の地面を露出させる。
あ、あれは…! 穴!?
俺たちは吸い込まれるように、その深い、深い深淵へと入って落ちていったのだった。
…………。
一つ。
気になっていたことがあった。
疑惑、疑い、欺瞞。
ずっと、ずっと考えないようにしてきたことだ。
この裏ルートへ入ってから、俺はずっと違和感を感じていたんだ。まさか、まさかそんなはずないと、ずっと自分でも知らないふりを重ねてきた。
なのに何でだろう。こういうことは、こういうことに限ってよく当たるんだ。俺は暗くなる視界の中で、そんなことを思う。
ねえ、――――べるさん
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます