26
胸の前に来ていた手はそのまま俺を包むように首の前で交差し、肩から首筋にかけて、俺に体を密着させながら、耳元で囁く。
で、出れば死ぬ? いや、それよりこの状況は何のご褒美なんだ…! ク、クラム、女だったのか、顔も体も見えなかったから勝手に男だと思ってた…、というか何でこの人裸なんだ!? ローブの下、これ裸だよな!? 首筋の、このふわっふわなアレは、相当なボリュームがあって…ってそれは関係ない!
ヤバい、思考がまとまらない、特殊な状況過ぎて何をするのが正解なのか分からない!
――と、とにかく離れなきゃ、倫理的にもそうだが…今すぐ離れなきゃ、いろいろとマズいことになる!!
俺の愛刀はとうに抜き身の状態なんだ!
「あ。」
裸ローブという天国から、目の前の溶岩湧き出る地獄へと、逃げるように脱出する。
勢いよく出たせいでローブがバサッと広がり、後ろから鳴るその音に、ほとんど反射的に振り返る…が、俺は何も見ることができなかった。
正しくは、自身の体が発火し、炎上していたため何も見ることができなかった。
「うわああああああああああああああああああああああああ!!!!」
嘘だろ嘘だろ嘘だろ!?!? 熱い! 熱い! 誰かッ! どうすれば!!
「氷点虎穴……<氷の様(ヒノタメシ)>」
何処からか、声と同時に炎上していた体から炎が消え、俺を中心に地面が凍てつき、後ろから大音量の罵声が飛んでくる。
「クラム! アンタちゃんと見ておきなって言っておいただろ!」
「……。」
「…まったく、これだから嫌なんだよ」
振り返ると、そこにはヘレナさんが短剣を手でもてあそびながら近づいてくる。
あ、危なかった…。まさかローブの外に出ただけで体が発火するなんて思いもしなかった。
出たら死ぬ、か、もう少し必死に止めてほしかった…。いやよそう、ヘレナさんのおかげで無事なわけだし。
そんなことを考えていると、ヘレナさんはクラムを、上からかぶせるように乗せてくる。
再びじっとりと蒸れた柔肌が俺の背中に当たる。
俺はクラムを背負うように背中に乗せると、クラムは文句も言わず、されるがままに身を預けて、首に回した腕に力を入れてきた。
あ、いや、ヘレナに文句を言われたからなのか、それとも俺が言うことを聞かなかったからか、腕の力加減で少し機嫌が悪いことが感じ取れた。喋らないだけで意外と人間臭いヤツなんだな、こいつ。
「それにしても何なんですかココは」
俺はクラムを背負い直すとヘレナさんに質問する。
「…ま、見ての通りさ、溶岩湧き出る地獄の底<奈落の溶岩洞>半端な熱耐性じゃ入るだけで発火しちまう死の世界、アンタみたいな何の耐性もない奴なんて本来は入ることさえ出来ないんだからね」
俺はクラムを背負い直す。
「奈落の溶岩洞ですか…、だからこうしてローブの中に入る必要だったわけですね…助かりました」
俺はクラムを背負い直しながら考える。
奈落の溶岩洞…か、ん…?
「アンタ、クラムを定期的に揺するの止めなっ!」
ヘレナさんに注意されると、クラムは俺の背中を離れるように上へ持ち上がる。
「ちょっ、分かりましたって、ちょっと、ちょっと不純な動機があったことは認めますから、それ以上離れると焼けちゃう! 焼けちゃうから!!」
……え?
クラムの手に力が入り、俺の首を絞めつけるように掴む。
なんだ、これは、ヘレナさんじゃない!?
そこには、分厚い鎧のような外骨格に身を包んだ、どでかいムカデの様な生物<節足軟甲蟲(ヴァーテックス)>が天井から垂れさがり、その強靭な顎で、背中に乗っていたクラムを引っ張り上げようとしていた。
「しまっ…!」
あっという間に地面は遠ざかり、ローブを外せない俺は、クラムと共に天井の隙間に空いた大きな巣穴に引きずり込まれる。
「待ちな!」
すかさず。
既に地上からここまで二十メートルは離れているにもかかわらず、ヘレナさんは跳躍すると、軽々と俺たちのところまで接近する。だが、あと一歩のところでヴァーテックスの堅い腕に阻まれ、自身の短剣で応戦するが、傷を付けた程度で体勢を崩し、そのまま衝撃分、落ちていく。
ギギッ…………ギイイ…イイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!!
追撃と言わんばかりに近づいてきたヘレナさんに対して、超音波の域を遥かに超えた大音量の絶叫を洞窟中に響き渡らせると、ヘレナさんは空中にいるにもかかわらずその振動で弾き飛ばされ、溶岩洞の足場へと叩きつけられてしまう。
「グッ――!!」
「ヘレナさん!!」
ヴァーテックス、俺も実際に見たことは無かったが、こんな巨大なモンスターどうやって戦えばいいんだ…。
ヘレナさんも流石にさっきの攻撃は効いたのか、土煙の立つ足場からその姿が見えない。ヘレナさんの剣でもあの分厚い外骨格の前では効果が薄いか…もともと、ヒット&アウェイで細かく弱点を突くように攻撃する前衛のヘレナさんと相性は良くないのだろう、足場のない空中なら尚更。
い、一体、どうすれば…!
『――<咫尺ノ伝助(ヒルベルト)>』
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