13

『…分からないかい?』


 ……?


『私はダグ君を信じているからだよ!』


 ベル…さん…?

 つかつかと裏路地を抜けるように歩き、振り返った。


『じゃあまたね、お祭り、楽しみにしておいてくれよ!!』


 そういい残すと角を折れ消えて行ってしまう。

 信じる…。


 カツン、とベルさんの言葉の意味を考えさせる暇もなく、路地裏に響き渡ったその足音に、俺は反射的に振り返る。

 そこにはユリウスとその取り巻きが立っていた。

 タイミングを見計らったような登場に、嫌な予感がした。考えるまでもなく、きっとまたからみに来たんだろな。


「またゴマ擦りかい? 下劣なスラム風情が」


 ほらな。

 取り巻きはユリウスのすぐ後ろで控える。


「…自分が相手にされねーからって八つ当たりはみっともねーな」

「何だと…!」


 俺の軽口を皮切りに、取り巻き二人が俺の背後へ移動し、囲まれる形になる。薄暗い路地。日は傾き、より一層人気が無いように感じた。

 表の道からも人の歩く音や話し声は聞こえない。どうやらみんな大通りの祭りに向かったようだった。


「一体何の話をしていたんだい? クイーンオブリンデルの英雄、ツンベル様が何故君なんかの話を聞くんだい? どうせろくでもないことだろうと思うが、私にはクイーンオブリンデル所属のエリートな冒険者として詰問する義務が――」

「気になるのか?」


 俺の一言に、早口でまくしたてるように喋っていたユリウスは機嫌を悪くしたのか、顔を真っ赤にし、語気を荒げる。というかこいつ、脱退したんじゃなかったのか? …ああ、どうせまたパパが甘やかしたんだろうな…。考えるまでもなく、愚問ってやつか。


「は…は? き、きみ、君は私の質問を全く理解していないみたいだね、これだから教養のない人間は嫌いなんだよッ…! 本来、私やツンベル様のような高貴な者は、君みたいな低俗な人間には見聞きすることもおこがましい…ましてや! 話しかけていい相手じゃないんだ、それをッ…!! 身分の差もわからないウジ虫がずけずけと、その高貴なお方に這い寄って、すり寄って!! 何を話していたかッ!! 本来なら君が! 私に謙譲し頭を垂れ献上する所を!! こうしてわざわざ聞いてやっていることが分からないのかッ!!!!」


「はあ…」

「――――ッ!!!!」


 俺の心底、不愉快全開で放った溜息が、堪忍袋の尾を弾け飛ばしたのか、言葉にならない奇声を押し殺し武器を抜くと、俺の後ろにいた取り巻き二人も同時に抜刀する。

 人っ子一人いない暗がりの路地。

 コイツは不愉快で心底嫌いだが、今回ばかりは穏便に答えておいた方が良かったかもしれないと、すこし後悔した。こんな激高した状態では本当に殺されかねない。

 だが、何故コイツにはケンカ越しの態度しか取れないのか、俺は分かっていた。


「だい……お…」


 ユリユスは、武器を構えながらぶつぶつと何かを呟いていた。


「なぜ君みたいな…何の役にも立たないクズが、目障りだ…しねよごみくず」

「……。」


 どうやら本気みたいだ。

 ユリユスの感情に答えるようにバチバチと唸る短剣を構え、こちらへゆっくりと近づく。


「――キェエエエエエ!!!!」


 奇声を上げながら走り出したユリウスの振りかざした剣は、ダグの眉間を正確にとらえ、その度に全くと言っていいほど反応できなかった。

 ただ、その動きは幸か不幸か、自身の目は捉えていた。放たれた刀身に意識を向けていたため、ユリユスの体がぼやけて見える。その剣は吸い込まれるように俺の額へ走った。


 早い。死ぬ――!!


 ガクンと何かに躓き尻もちを付いた瞬間。さっきまで俺の頭があった場所に短剣が容赦なく通り抜ける、一切の躊躇のない速度に。俺の全身から油汗が噴き出す。

 こっこれはまずい、本気だ、本気で殺しに来てる。


「てこずらせないでさっさと死ねよ」

「てこずってんのか? 俺に」


 だが、口から出たのは命乞いの言葉じゃなかった。

 地面で尻もちを付いた状態で、とんでもなくカッコ悪い煽り方だっただろうが、それでもユリユスは額に青筋を立てて怒り狂っていた。

 誰かに体を掴まれ立たされると、そのままもう一人が近づき、羽交い絞めにされる。どうやら取り巻き二人のようだ。まずい、これじゃあホントに殺される…そう、思った時。


「なあ、何故…君ばかりイイ思いをしているんだ?」


 …………。


 唐突な問いに思考どころか、視界すらも停止したように感じた。

 数回、興奮した脳の中で言葉を反芻する。

 『なあ、何故…君ばかりイイ思いをしているんだ?』 …イイ思い? イイ思いって…………何だ? 一体、俺が、いつ、イイ思いなんかしたっていうんだ?

 ――――ふざけやがって。


「なぜ君ばかり…、力も、才能も無く、努力すらしていない君が、何で…何故ツンベル様と話が出来ている!! 何故トウカ様と親しげなんだ!! 何故だ! 俺はこんなに努力しているのに!! 恵まれた環境に居ながら、君は拗ねて! 擦れて! 子供(ガキ)みたいに自分が一番可愛そうと心のどっかでそう斜に構えて!! 煮え切らず、答えも出さず! ずっと逃げ続けて!! 目ざわりなんだよ、テメーは!!」


「お前に俺の何が分かるってんだッ!!!!」

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