14


 口を突いて出た言葉は、自分でもびっくりするほど勝手で、乱暴な物言いだった。

 けれど、反射でたそれは、素直な、今の俺の言葉だ。


 十年前の誓いも果たせず、俺にとって一番の大切だったリムは死に、この十年、十年という時間は俺の周り全てを変えた、俺のすべてだった冒険者を変えた。

 もうあの頃憧れていた冒険者はいない。

 金儲けにお盛んな資本家や、腐敗しきった政治に汚された冒険者は、もはや原型を留めないくらいに歪んでしまった…。

 細かく区分され、システム化された迷宮探索、便乗して大きくなる装備屋やアイテム屋、それらはダンジョン特化に様々なサービスを提供する傍ら、快適性と効率化を計り、もはやダンジョンは驚異の対象でもなく、熱く胸躍る冒険をさせてくれる、謎多き建造物でも無く、観光客のレジャー施設になり下がった。


 人々の興味は外の世界や未開の地からは失せ、この世界に破壊と莫大な利益を与えた迷宮(ダンジョン)を崇拝し始めた、熱狂的なまでの執着。

 手に入れた富で力任せに開拓されたこの世界に、もう未開の地など存在しなかった、あの頃のように胸を熱くさせた冒険など、この世のどこを探しても無くなってしまった…。

 目的も、目標も、夢も、希望すらも奪われて、気が付いた頃には、何のやる気も起きなくなってしまった俺の、希望が<諦め>に変わってしまった人間の。

 お前は…、俺の何が分かるっていうんだ!!!!


「そんなにこの世界が嫌いなら、そんなに冒険者が嫌いなら、今ここで終わらせてやる――!」


 …………。


 バチバチと閃光が瞬き、腰を低く構えるユリユス。俺は両腕を仲間に押さえつけられて、逃げ出すことなんかできなかった。


 いや――やろうと思えば、いくらだって逃げ出せただろう。

 …そうだな。

 もういいか。

 現実がこんなに苦しいのなら、現実がこんなに辛いだけなら…。所詮、俺もただ生きているだけの人間。死にたくないから生きているだけの、本当は死んだって構わないとおもってる人間。このどうしようもない、大きな力に、焼かれて、耐えられなくなったら、ぽっきり折れてしまっても、もういいじゃねーか。

 焼け野原に残された心の枝は、とっくに限界だったんだ。

 だって、だれも俺のことなんか、見ちゃいないんだから。


 そう思った。


 ――目を閉じる。



「受け入れるな!!!!」


 リム…。

 リム!?

 目を開けると、ユリユスの短剣を、ベルさんの鞘が行く手を塞ぎ、喉元に、抜き身の刀がヒタリと張り付いた。


『冒険者なら! 自分だけは、お前だけは!! 絶対に折れるな!!』

「ベル…さん」

「ツ、ツンベル様これは…どういうことですか…!」

『君は、見たところメダリウス家の者だろう! 一般人を殺そうとはどういう領分だ!』

「りょ、領分も何も、貴族には領民の生殺与奪がゆだねられている、し、知ってるでしょう…!」


 ベルさんの、喉元に張り付いた刀に力が入る。


『実際にそのような法律や権限は無い! ただ貴族の間で蔓延している、悪辣な慣習だ!』

「…クッ、こ、公然の事実であれば、それは法と変わりない、権力とはかようなものだ…、ヒッ!!」

『ではこの首、跳ね落としても文句は言うまいな!!』


 取り巻きたちは慌てて止めに入ろうと、近づこうとするが、ベルの気迫に気圧され、一歩も動けずに居た。「ツ、ツンベル公爵!! まさか本気では無いでしょう!?」取り巻きはその場で投げかける。


『私は嘘をついたことなど無い!!』


 「ヒッ!!!!」 恐怖のあまり、ユリユスはその場で失禁し気絶してしまい、それを見たベルさんは、静かに、刀をしまった。

 すかさず取り巻きたちがユリユスを回収すると、来た道を引き返し、消えた。


 ベルさんは、カツカツとこちらに歩いてくると、みっともなく放心する俺に、その大きな手を差し出した。


『大丈夫か! ダグ少年!』

「……」


 顔を上げられずに居た。

 もう、この人に顔向けなんてできなかった。

 四年前、命を助けられ、そうして一度救われたこの命を…俺は今……クッ!!

 助けられてばかりだ! 生かされてばかりだ!! 俺は、俺は一体何を返せばいい! アイツの言う通りだ、恵まれた環境にいながら何もできない俺は、どうすればいい…!


『もし、もし仮に君が、私に恩義以上の何かを感じて居るのならそれは間違いだ!』

「間違いなもんですか…! 俺は、俺は自分が恥ずかしい」

『私は、私の利益になることしかしない!』

「…………え?」

『私は聖人ではないし、ましてや神でもない、一貴族の冒険者だ! 勇者に一番近い男だ何だと言われておだてられてはいるが、私は案外、損得勘定で動く人間なのだよ!』


 本音か、謙遜か、はたから見れば聖人のような働きをする人間でも、こういった思考を建前に使うことはあるのか。俺は意外だった、ベルさんがそんなことを口にするとは思いもしなかった。


『だから、少年を助けたのも、私の損得勘定によるものだ! 私は<期待>をして、ダグ少年を救った!』


 俺に、期待を。

 なんで…何でだよ、何でこんな俺なんかに期待なんか。


『だから、君は悪くない。悪くないんだよ』

「――あっ…」


 そうか、なるほど。

 やっぱりベルさん…貴方は聖人だ。貴方は何と言おうと、俺の恩人で、俺の尊敬する人だ。


「……ベルさん、ありがとうございます」

『ああ』

「帰ります」

『ああ』


 『送るよ』そう言って手を差し伸べてくれたが、結局俺はその手をつかめなかった、貴方は俺にはまぶしすぎる。


 帰り際、街の方を振り返ると、沢山の人であふれかえっていた。

 今日の日が来るといつも思い出す、あの、すべてが狂ってしまった最悪の一日を――。



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