16


 避難所近くの森、その、少し開けた所で寝ころび、空を見上げていると、ちょこんと、すぐ隣へトウカは腰を下ろした。

 空を見上げると、木々の開けた隙間から、白い塔が少し見えた、その上には月が輝きを放ち、星々が静かに輝いている。


「ダグ…あのね、その…さっきギルドの人たちが話してるのを聞いたんだけど、リムは…迷宮の中で、その……」

「――嘘だ」

「…」


 ――ッ!


「お前、リムがどんだけ強いか知ってるだろ!! 死ぬわけない! 死ぬわけないんだよ!!」

「……今日、避難所のみんなでお葬式を――」

「何だよそれ! お前なんでそんなに冷静なんだよ!! リムは言ったんだ、どこかで見てるって! そうだ、まだ死んでない! ダンジョンの奥で助けを求めてんだよ!!」


 立ち上がると、そのままダンジョンへ駆けだそうと地面を蹴り上げる。

 そうだ、俺が、俺が助けなくちゃ! 俺が行かなきゃなんねーんだ!!


「ダグッ!!」

「なんだよ、止めても無駄――!」


 ものすごい速さで近づいてきたトウカに溝内を殴られ、続いて顔面を殴られる。

 防御の隙すら与えないその拳に、一メートルほど飛ばされ、短い毛足の草が生えた地面に転がされる。


「止めない、行きたきゃ行けばいいじゃない!!」

「グッ…テメェ」

「やっぱり、冒険者になりたいだなんて口だけなのね! 怠惰、馬鹿で愚図でおまけに怠惰! アンタなんか、リムみたいな冒険者になるなんて、そんなこと出来っこない!! バカッ!!」

「何だと! 何だと何だと!!!! ふざけんなよ!!」


 俺は殴られた腹を抱えながら立ち上がり、そのままトウカに殴りかかるが、トウカはそれをヒョイと躱す、続けて二発三発と殴りかかるがそれも全て避けられる。

 「くっ、クソッ!」トウカは溜息をつくと、半歩前に出て、俺の体重の乗ったパンチを鎖骨の下、胸よりも少し上で受ける。が、受けたパンチに顔色一つ変えず、そのまま、俺は再び溝内にパンチを食らい、その場にへたり込むように蹲る。


 ウウッ…なんだよ、何なんだよ!


「分かったでしょ? アンタは弱いの」


 トウカは眉ひとつ動かさず、冷静に、言い放った。


「ねえ、ダンジョンには一体、何しに行くつもりなの?」


 ――――ッ!


「クッ、クソオ˝オ˝オ˝オ˝オ˝オ˝オ˝オ˝オ˝オ˝オ˝オ˝オ˝オ˝オ˝!!!!」


 ヒック…ウ˝ッ、ウ˝ウゥ……クソォ…畜生…。

 リム……。

 悔しかった。

 情けなかった。

 俺は弱い。ただただその事実だけが、俺の胸の暗いところに、深く、鮮烈に刻まれていく。


 俺が地面に蹲りながら、こんなみじめに泣いている俺を、リムは草葉の陰からどんな目で見ているだろうか、恐かった、何もできないって、何にも出来ないって…なんて惨めなんだ…!


 何分か、何秒か、肌に当たる風が冷たく感じられる頃になった時、トウカは静かに口を開いた。


「ねえダグ、私ね、冒険者になる」


 …は?


「お前が、冒険者? なんでそんないきなり…」

「突然……、ダンジョンが現れて、この世界は変わっちゃった。街に魔物があふれて、みんなの悲鳴が聞こえて、私、領主の娘なのに何もできなかった…」

「……」

「私、ダグとリムおじさんとその仲間の人たちと、この町の冒険者が好きだった。お金がなくても、何も持ってなくても、命だって危なかったかもしれない、そんな冒険の後でも、笑ってお酒を飲んで土産話にお腹がよじれるまで笑って…そんなみんなが好きだった」

「…お、俺だって」

「でも変わっちゃった…いきなり現れたダンジョンが全てを変えちゃった! 私の夢はね、ダグ、お父さんの後を継いで、この町のみんなを守ることだった、けど、リムおじさんを見て変わった! 私は冒険者になる!! あのッ! あのダンジョンを攻略して、他のダンジョンも攻略して、全部ッ全部ッ! 全部攻略して、私がこの世界の異変を解決するの!!」

「トウカ…」

「リムおじさんが必死でやってきたことを、私は引き継ぐ」


 ――!!

 リムが必死でやってきたこと…。リムが最後に残したこと…。


「リムおじさんが死んで悲しいよ!! 私だって死んだって思いたくないよ! 辛いよ、苦しいよ、不安だよ! 全然冷静じゃないよ!!!! けど! リムおじさんが残してくれたことを、ここで終わらせたら、どこかで見てるおじさんに顔向けできない!!」


 はあはあ…。

 トウカは息の切れたまま、こちらを真っすぐ見据える。

 だから――



「だから今と向き合うの!」



 涙が出てくる、悔しい。

 俺がやろうとしてたことは、ただの自己満足だ、死んでもリムを助けるとか、ダンジョンに今すぐ向かわなきゃとか…俺は、何もわかってなかった。


「だから止めない、ダグがダンジョンに行こうが私は止めないし、ましてやついても行かない、私は私のやることがある、……リムおじさんの弟子が、聞いてあきれるわ」


 ああ…もう、本当に。


「待てよ…」

「なに?」

「先に冒険者になるって言ったのは俺だぜ」

「え…い、いや先とか後とか関係な――」

「いやある! 先に言ってたのは俺だ、真似すんなよな」

「ちょっと何それ、どういう意味」

「だからッ! 俺も冒険者になるって言ってんだよ!」

「…あっ」

「お前にだけリムの意志を継がせるか、俺も、俺もなるんだ、冒険者に!!」

「そっか……、そっか!」


 立ち上がると、俺は駆け出した、ダンジョンとは逆のほうへ。


「そうと決まれば今から修行だ! 行くぞトウカ!」

「うんっ」


 走りながら、トウカが俺の横に並ぶ。


「ね、ダグ、約束ね」

「ん?」

「私たちは ―――― の!」


「ああ、絶対に、絶対にだ!!」


 腕を合わせ誓い合った。

 十年前。




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