21
突然現れた女はそういうと俺の肩をトンと押す。
ベルさんはその光景をいつものように快活な笑顔で見ていた。
初対面でしかも横から入ってきて一体何なんだろうコイツは。
「帰りません、帰らない、足手まといにはなりません、荷物持ちでも何でもします、連れてってください」
「…三度は言わないよ、帰りな、坊や―」
――グッ!
最初、語気を強く、不快感を隠そうともしないその表情に、俺の体が強張り固まってしまったのかと思った。それほど、最も勇者に近い男と並ぶパーティメンバーの圧力には、説得力があった。だが、これは――
「≪威圧≫の…スキルを、人に向けて使うことは…禁止されている…はずです」
「……」
「うわっ、スキルって一瞬でバレちゃってんじゃねーか、ダセーなーヘレナ嬢」
『ヘレナは優しいな!』
「うるさいよ、バビルス、ベル」
ヘレナと呼ばれた女は、スキルをそのままに、先程の、筋骨隆々の男、バビルスを睨みつける。
バビルスはササっとベルさんの後ろへ身を隠すが、体が大きすぎて、明らかにはみ出してしまっている。
ヘレナさんは再び俺をにらみつける。もちろん≪威圧≫を止めるつもりはないみたいだ
「あんたがいくら足手まといにならないって言ってもね、それは無理なんだよ」
……グッ。ヘレナさんの言葉が脳を乱反射する。これはスキルの力なのか、それとも経験からくる言葉の重みなのか。ただ一つ言えることは、何も言い返す気になれないということだった。
「普通のダンジョンならともかく、今から行くのは未知で未開の、何が起こるか全くわからない死の領域、はっきり言ってね、邪魔なんだよ、帰れないなら――いっそここで噛み殺してやろうかい?」
そういうと、今度は全く隠さない≪威圧≫のスキル。
まだっ…、上があるのか…!
脊髄を直接撫で上げられるような、冷酷で確実な危険信号が、俺の脳内と目の奥をチカチカとちらつかせる。
痛い、辛い、膝が笑っている、腰が抜けそうだ、今すぐ逃げ出したい。この人の目の前から今すぐ消えてなくなりたい。ここに来たことを後悔した。生物が耐えられる類の脅しじゃない。本能に語りかける確かな絶望。
「もしかしてあんた、ベルがいるから安心だなんて思ってるんじゃないかい? もしかしてあんた、勇者に持っとも近い男が結局は何とかしてくれるなんて思ってるんじゃないかい? ここに来たのだって、その辺の冒険者なら、あんたはきっと着いて行こうだなんて思わないはずだよ、力に目がくらんで、欲にくらくら来ちゃって、自分の図々しさに、愚かさに、浅ましさに、もしかして気が付いてないんじゃないかい?」
そうだ、俺は図々しくも愚かに、着いていくという浅ましい行いを堂々と、恥ずかしげもなく、ここに来るまでの間、深く考えようともせず、実行した。
それは例え、俺の可能性の中で一番現実的に自分を変えられる行為だと分かっていたとしても、見苦しいことだということに変わりはない。
「いいかい、アタシはあんたを助けない、ここにいる全員だってそうさ。あんたは間違ってる、相対的にも、客観的にも、あんたは絶対的に間違ってる。なぜなら、――あんたは弱いから」
……弱い。
そうだ、俺は弱い。
冒険者に必要なのは強さ。分かっている、分かっているよ、そんなこと。お前に言われなくても、そんなこと、もう分かり切ってんだよ。
「もういいだろ、お嬢、おいお前、どう――」
「確かに、俺は弱い……さっきも、俺が弱いせいで何発も殴られてきました――」
「おいやめとけ」
バビルスが俺とヘレナさんの間に割り込もうとするのを、俺は手で静止する。
「けど、だからこそ…! 俺は裏ルートを攻略しなきゃなんないんです! 弱いなんてこと…、そんなこと、分かり切ってんだよ!! 図々しくて愚かで浅はかで、バカでグズでマヌケで、自分のことで精一杯で、だから他の、大切な人の気持ちもわからない…、確かにベルさんがいるから頼みました、他の冒険者じゃ連れてってくれなんて頼まなかった、でも、だから、それが何だってんだよ!」
「なに…」
「俺は力不足で弱いんだ、まだ何かを成し遂げる力なんてない、大切な人を止める力なんてない、だからこそ、俺は変わらなきゃいけないって思うことの何が悪いんだ!! 力がないから恥ずかしげもなく頼る、さぞ下劣な手段に映っただろう、俺はこれが出来なかった、頼ることも、自分が無能だと認めることも出来なかったんだ」
「…」
「けどな、もうやめたんだ、頼ることを怖がったりしない、恥ずかしがったりなんてしない。いくらでも脅せよ、俺の息の根を止めて見せろよ、それでも俺はついていく、あんたごときが怖くて何が裏ルートだ、何がダンジョンだ! いいか、俺はもう諦めたりしない!!!!」
「…」
「…へえ」
『うむ…! よく言った!』
なにも出来ないのは、もう、痛いほど味わった。
ヘレナさんは…何故か苦しそうな顔で下を向き、バビルスは俺の背中を強くたたいた。ベルさんだけが妙にウキウキと上機嫌になり、笑っていた。
「…あんたは馬鹿だ、大馬鹿だ」
「馬鹿でもいいです」
「何言ってんだい! それじゃあダンジョンでは生き抜けないよ、狡猾になりな、モンスターより、人間よりもね……はあ、周りの人間すら見抜けないようじゃ、この先やっていけないよ」
「…どういう意味ですか?」
ヘレナさんは少し間を置くと、フードを取る。
そこには三角にとがった耳が二つ、ピンと立っていた。
「じゅっ、獣人…」
「ま、こういうことを言いたかったわけじゃないんだけどね…」
「え…」
「ダンジョンでは常識は通じない、固定概念も経験も、そんなもの通用しない。ダンジョンは人を変えるのさ…比喩じゃないよ」
そういうと、ヘレナさんはくるりと方向転換し、つかつかとベルさんの方へ歩いて行ってしまった。
「ベル、ホントにいいんだね?」
『ヘレナ、君は本当に優しいな!』
「…あんた、変わっちまったね」
『それじゃあ、ウチのお姫様にもお許しを頂いたことだし、行こうか! クラムもそれでいいかい!』
「……。」一人ダンジョンの階段付近で佇んでいた、ローブのフードを深くかぶる男? は何も言わずこちらを見てるだけだった。
ベルの合図に仲間三人はそれぞれ歩き出し、バビルスと呼ばれていた筋骨隆々の軽薄そうな男は俺に話しかけてくる、「よろしくな! まあ、あれだ、緊張するかもしれねーが俺たちに任しておけばなーんも心配いらねー、お前は後ろの方で縮こまって地図でもシコシコしておくんだな」
……。
俺がそんな問いかけに何も言い返さないでいると、「あー…その、冗談だよ、挨拶みてーなもんだ、…ん゛ん゛! あー、後衛で一緒になるだろうが、クラムには近づくな、お喋りもダメだ、分かったな」そういって俺の肩をポンと叩く。意外とイイやつなのかもしれない。俺のもとを去るバビルスはクラムに睨まれたらしく、後頭部を掻きながら向こうに歩いて行った。
『それじゃあ行こうか! 裏ルートへ!!』
ベルさんがそういうと、ブラックチケットを俺の前に差し出してくる。
ああ、そうか。
俺はその差し出された真っ黒なチケットを、――もぎりとる。
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