第29話 本当の任務

「デートじゃない。これも任務のうちだ。信用して任せてくれるんじゃなかったのか? 悪趣味だぞザカエラ」


 まだどこに居るか分からないザカエラにそう言葉を返すと、彼女は何もないところからその姿を染み出させた。これも精霊の作り出す幻影の力だ。


「後を付けるつもりはなかばってん、マサキがあんまり無防備な顔をしとったから心配になったちゃ。現にうちの気配にも気付けんかったやろ。ま、それはいつもの事としても」


「クラスメイトにスパイ感出してどうすんだよ。なぁザカエラ、今日は報告する事がごまんとあるぞ」


 もうお前が言いたい事は分かっている。分かってるから先へ進もうじゃないかザカエラ。


「そう言う事じゃなかばってん……うぅん、そいは失礼したばい。ならアジトへ帰ってじっくり聞かせてもらうちゃ」


 何がアジトだか。その大仰な言い方に肩を竦めたくなったが、どうやら俺の気持ちは分かってくれた様なので何も言わずにザカエラと歩いた。すっかり慣れた家路を。さっきまでと違って足取りは重い。


「さてどげんしたと? 悪か報告? 分かりやすく暗い顔してるちゃ。さっきまでと違って……」


 家……ザカエラ曰くアジトに着くなり、彼女は紅茶の用意を済ませると早速俺の報告を促した。最後にチクリと嫌味を含ませながら。

 道中、報告すべき事を考えていたので気分も落ち込んで来るってもんだ。


「エフィームも随分無茶な事を……、よくもまぁ俺ごときにやらせるもんだと思ってな」


 俺はザカエラの用意した紅茶を一口すすり、今日あった出来事をなるべく詳細に報告した。

 特にルイスの精霊の加護については細かく。そしてそのルイスに挑む事が無謀ではないのかと……、俺の私見も加えてしまった。


「へぇ~? リロちゃんってただ二つん精霊の加護があっけんだけやなくてちゃんと実力あるんやね?」


 黙って聞いていたザカエラだったが、最終的にどこに重点を置いたかと言うとそれはリロにだった。


「実力って言うか、あいつの場合は根性だな。座学も一番だがその知識をしっかり活かせていないし、せっかくある二つの力をちゃんと使いこなせていない。聞いてただろ? 炎で弱体化させなきゃならないドラゴン相手に、咄嗟にとは言え水を掛けちまう様なアホだ。総合的に考えるとユーリィ・マシオ、あいつの方が使える。ただ、まぁまだ学生って事を考慮したとしてもちょっと慎重過ぎると言うか……それが将来どう言う方向に行くかで化ける可能性はあるよな。その点リロは…………なんだよ?」


 聞いているのか聞いていないのか、ザカエラは妙な顔をして腕組みをし、俺の顔をただじっと見詰めていた。


「やっぱり楽しそうばい」


「……は? なに聞いてたんだよ、なんなら死に掛けたんだぞ」


 俺が、楽しそうにして良い筈がない。楽しそうに見えたらマズいだろ。だって俺は、この国の裏切者なんだから。


「相手の信頼を勝ち取るのはもちろん任務やけど……これ以上はほんなごといかんばい」


 いつもの調子とは明らかに違った。

 スパイの坊やの監視の仕方、そんなマニュアルがあったとして、ザカエラの深入りするなはそこに書かれた定型文を読み上げているだけの様な感覚だったのだ。

 だけど今は違う。

 それだけ、本当に俺が入り込んでしまった様に見えるのだろう。ザカエラの重い言葉に何とか返事をする。


「分かってる……」


 俺にとって、ただ生きる為の手段だった任務が、リロとのあの共闘は図らずともドラマチックなものになっていた事は否めない。

 だけど大丈夫だ。明日からもっとうまくやる。分かってる……分かってるんだ……。分かっているのに、さっきのリロの言葉がまた脳裏に浮かぶ。


「そん子がうちんとって危険だっち判断されたら……」


「?」


「リロちゃんを殺さなきゃいかんばってん」


「はぁ?!」


 カッと頭に血が上った。どうしてそんな話になる! 

 俺の任務はルイス・パーバディに近付いて信頼を得て……それであの化け物を殺す事だ。


「何を驚く事があるん? 分かっとった筈やろ。分かっとったから生徒一人一人の情報もちゃんと抑えとるやろ」


「俺の報告ちゃんと聞いてたか?! あいつはアホだ! アホだから何も怖くない!」


「そいはこっちが決める事ばい」


「現場に居るのは俺だ! 俺が決める! ルイスは殺す! 必ず殺してやる! だからそれで良いだろうが!」


 通用する筈もない言い訳をもっともらしく叫ぶ。

 俺だって、おかしな事を言っているのは本当は分かってるんだ。案の定、簡単にザカエラにそこを突かれる。


「マサキ、自分で言ったじゃなかか。ルイスに挑む事が無謀やって……。そげな事は正直分かっとるんばい。そりゃやれればマサキはヒーローばい。ばってん、危険因子ばはやか段階で取り除く事、これが出来れば万々歳だっち思っちる。だけん、ほんなごと期待されとるのはこっちの任務なんやちゃ?」


 安っぽい木製のテーブルを半ば無意識で叩き付けた。

 ザカエラがちびちび楽しんでいた紅茶の入ったカップとソーサーがカチャリと音を立てる。

 ザカエラはなんら驚く事なくただ俺を見詰めた。

 何かが溢れ出しそうで、両手で顔を覆う。


「深入りせん様に何度も忠告はしたつもりやったばってん、やっぱりそう上手くは行かんかったんやね」


 無責任なザカエラの言葉に鼓動はますます早鐘を打ち、呼吸が浅くなった。


「やっぱり……? 分かってたんなら何で野放しにしといたんだよ!」


「マサキなら……マサキならやれるっち思っとったんだ! 任務に逆らった事もなければ野心もなか、やけんきっと大丈夫、そう……決め付けとった……。そしてうちも、どこかで……真似事の学園生活でも、楽しそうにしてるマサキを見て、そんなに悪い事じゃないんじゃなかかって……」


「は? ……ははっ……ははははっ! 真似事の学園生活を楽しむ馬鹿な俺が哀れで野放しにしといたって事か?!」


「ちっ……ちがっ……!」


「違わねぇだろ!! 今更何言ってんだよザカエラ! アッシュを逃がした時点で俺はもう命令に逆らってんだ! バカな俺に! 身の程ばちゃんとわきまえろって! 教えてくれよ! 俺に自由はなかって散々教え込んどいてくれよ! 俺が国の! エフィームの犬だってんならちゃんと首輪はめとけよ! それがお前の仕事だったんじゃないのかよ! たまにふらりとやって来てはアッシュの近況報告が先だったりさぁ! なぁ! お前向いてねぇよ!」


 こんなに……こんなに感情をぶちまけたのは生まれて初めてだった。努めて冷静を装っていたザカエラもさすがに顔を歪ませている。

 本当は……本当は俺だって上手くやれるって思ってたのに……。リロを殺す……そう聞いただけでこんなに取り乱すなんて思ってなかった。向いてないのは、俺も同じだ。


 俺は馬鹿で弱くて……最悪だ。


「……」


 急に熱が引いて、俺は席を立った。ザカエラがどこに行くのかと尋ねるがどこにも行くとこなんてないだろ。


「寝るんだよ」


「あっ……明日は学校休みやろ? ゆっくり休むちよか! うちもしばらくはここにおるけん」


「……明日は……」


 明日?

 明日は一日ルイスの付き人をやる……。そうだ、明日……。明日……!


「ザカエラ、俺は出掛けるけど、お前はずっとここに居ろよ」


「えっ?」


「後を付けたりしないで明日だけは自由にやらせてくれ……ちゃんと犬に戻ってやるから、明日だけ信じてくれ」


 ザカエラは頷いてくれた。そうだ、信じて待っててくれ、俺は必ず……。

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