第7話 相応しさ
アッシュがあんまり良いリアクションをするもので、つい芝居掛かったセリフを吐きながらニヤリと口の端を吊り上げて笑ってしまう。
真ん中で分けられていた前髪をくしゃくしゃにして瞼辺りまで隠しながら。
どうにも額が出ているのは落ち着かない。
「身長だけはごまかせんっちゃん、五センチくらい急に背が伸びちゃったけど……まぁ男の子はこん時期急に伸びるし、入学まで一ヶ月あるしよかよかやろ」
ザカエラが自分の仕事に満足した様に一人頷くが、アッシュはそれが「よかよか」なのか「よかよか」ではないのかなど分からないだろう。そもそも「よかよか」が何なのかも分かるまい。
「風と水の精霊で幻を見せている状態だ。と言ってもお前に術を掛けているわけじゃなくて精霊にお前を覚えさせて俺の身体そのものを変化させている。この女も実際はチビなアラサーババァ」
「せからしか! 女が一番可愛いのは初潮が来る直前なんちゃ、だいたい、なんば教えてあげとうんちゃ」
「お前を無垢な少女と思い込んだままなのは可哀想だろ?」
「そこじゃなか! こっちの手のうちを話してやる必要はなかと!」
「話して困る事もないじゃないか」
「よかからさっさとやっちゃって! うちの仕事は完璧やったちゃ」
アッシュを置いてきぼりにザカエラと言い合っていたが、そこまで言われて、俺は腰の剣をすらりと抜いた。
あれ? こんなに重かったか? 俺の愛剣は。
「僕を……殺すの?」
ただ茫然と俺達のやり取りを眺めていたアッシュだったが抜かれた剣に殺気がこもるのを感じたか、極めてストレートにそう聞いた。
「足掻くか?」
剣術道場の帰りと言う事でアッシュの腰にも剣が携えられている。
俺はちらりとその剣に視線を送る。その視線に気付いたアッシュはしかし、のろのろと柄を握るがそれを抜こうとはしなかった。
「入学とか言ってたけど……僕の代わりにシェークスト騎士団学校へ入るつもり?」
あ……とザカエラが口元に手を当てる。教えてあげなくても良い事を教えてしまったのは俺だけじゃなかったって事だな。
「どうでも良いだろう。お前、やる気あるのか? さっさと抜かないと……」
「抜かせる事なか」
ザカエラが鋭く間に入る。
まさか俺が負けるとでも思ってるのかよ。あり得ない。
しかし、ザカエラがそう訴えるまでもなくアッシュは一旦は握った柄をそっと離してしまった。そして小さくこう呟いた。
「……君なら……僕よりよっぽどあの学校に相応しいんだろうね……」
「はぁ?」
何だ……? こいつ……。
自分を殺そうとしているこの俺が、加護を持たないこの俺が、あの騎士学校に相応しい?
「……ああ。そうだな。分かってるじゃないか、お前より俺の方が強い……でも剣術を習ってるって事はそれなりに野心もあったんじゃないのか」
「やめておきない。殺す人間になんば聞くん?」
「明日から俺はこいつになるんだ。知っておいた方が良いだろ?」
何となく、ザカエラがそう言いそうなのは分かった。
だけど俺の言ってる事はもっともな筈だ。そう思って、食い気味にザカエラを黙らせる。
「答えろ」
剣を突き付けたまま、俺はアッシュに促す。
「野心なんて……僕にはないよ……。だって本当は騎士になんてなりたくないんだ」
騎士になんてなりたくない……。そうか、この国においては誰もが憧れる職業だと思っていたんだがな。
そんな人間もいるのか。正直、思いも付かなかった。
「ふん、騎士になりたくない人間が加護付きとはな」
「加護付きって言ったって……僕の精霊の力は……」
恥ずかしそうに口籠るアッシュの代わりにザカエラが少し意地悪そうに繋ぐ。
「喉の渇きを潤す事が出来る! しかも本人限定で! こ~んな地味な能力初めて聞いたばい。でもだからこそこの計画ば実行できるってもんっちゃけどね」
「そう……だよ……。こんな……こんな加護じゃ騎士団に入っても通用しない。でも、加護を受けていながら騎士団を目指さないなんてこの国じゃ許されない事だと思うから……だからお爺ちゃんはずっと僕に剣術を習わせてくれてたんだ。無理してお金作って……体悪いのに、僕の為に薬も我慢してたの知ってる……僕が中途半端な加護を持って生まれてしまったせいだって思って、苦しかった……お爺ちゃん……僕は……」
消え入りそうな声で、アッシュが苦しかったと繰り返す。
恐怖なのか、祖父を思い出したのか、いつしかアッシュの瞳は濡れていた。
なんて……なんって弱い奴なんだろう。
俺は精霊の加護を受けていない。
ザカエラが言った様に、加護付きの人間に対する劣等感もある。
どんな形であれ加護を持って生まれたのに、中途半端だから辛いとか苦しいとか、聞いててイライラする。
「例え精霊の加護がなくてもだ、お前みたいな弱い奴が生き方を選べるわけないんだよ。弱い奴は強い奴の食い物になる。こうやってある日突然、生きる事さえ奪われる。それが当たり前だろ?」
少なくとも俺の国ではそうだ。そして俺は強いからこいつを殺すんじゃない。弱いから領土だの宗教だの、くだらない国同士の争いに巻き込まれただけだ。いいや、ただ単に、エフィームに逆らえないだけか。そう考えると、俺もこいつもそう違わないのかもな。
「ま、どうせ騎士になりたくないってだけで、他にやりたい事もないんだろ。だったらここで終わって良かったな」
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