第16話 剣術トーナメント
何なんだこいつ、周りはどんだけこいつを甘やかしたんだ!
当然このわがままが通るつもりでいやがる。
「ちゃんと覚えてるよ? アンは大人しくて目立たない優しい良い奴、でも自分を変えたいって思ってるの」
「…………」
俺を真っ直ぐ見つめる瞳に言葉を失う。
そういやそんな事も言ったな。俺が忘れてた。アホの癖に良く覚えてたもんだ。
こいつは……何があっても何を言われても、基本的にマイペース。他人に対する思い遣りはあるものの方法がずれている。この手のタイプに下手に逆らっても結局は自分の気の済む様に行動するんだろうなぁ。
だったら……、抵抗するだけ無駄。
疲れるだけな気がして来た。
目立たない為にも極力こいつの言う事には逆らわない。俺は今後の方針をそう決めた。
「皆さん消極的ですね~。誰も居ないとくじ引きとかジャンケンとか、そう言う後味の悪~い方法で何が何でも男女一名選ばなきゃならないんですよ~?」
アルバンが生徒たちを煽ると、リロが反応して立ち上がり、こう高々と宣言するのだ。
「はい! 私! 私やります!」
教室が少しざわついて、アルバンは満足そうに頷く。
「あと男子はアンが……」
リロは立ったまま俺の腕を掴み、無理やり手を上げさせようと引っ張った。
これくらいの事はやるだろうと思ったので特に驚きもしないさ。まぁ仕方がない、リロに逆らったら逆らっただけ目立ってしまうし。
そう腹を括っていた俺だったが、事態は予想外の展開になった。
『じゃあ俺がやります』
クラス中の男子が、リロがやると言った途端に立候補しやがったのだ……。
おいおいこいつらいくら何でも……。
「あはははは、分かりやすいですね~あなた達」
アルバンが笑いながら俺の言葉を代弁する。
「可愛い女の子の取り合いをする思春期の男子キモいです~。そう言う事ですよねぇ?」
俺はそこまでは思わなかったがまぁ同意する。
「でも……面白いじゃないですか。私としても優秀な生徒がクラス委員をやってくれた方が仕事が楽……コホン、安心できますので、そうですねぇ~、次の剣術の授業で男子はトーナメント戦でもしましょうか! 是非ともクラス委員の座を勝ち取って見せてくださいよ」
「え? え? え?」
戸惑うリロと女生徒たちの冷たい目線を無視して、アルバンはとんでもない事を生徒に提案して来た。
最初の授業がトーナメントとは一体どう言う事だ。
まぁ最初に生徒一人一人の実力を見るには手っ取り早い方法かも知れないが男子限定とはふざけている。
「アシュバルト君、あなたは手を挙げていない様でしたが不参加でよろしいですか?」
口の端を歪ませてアルバンが聞いて来る。
やるかやらないか……。
ああ、やる必要はない。ないが……。
リロの事だ、ここで不参加だと言ったら後で何を言われるか分かったもんじゃない。
そう、リロは俺とが良いと言ったんだ。
参加して負けてダメでしたが一番平和的だ。リロも納得する。
「……やります」
「はいっ! じゃあ全員参加ですね~」
両手を叩いて何やら嬉しそうなアルバンだが、リロはこの妙な展開に不安げな顔を向ける。
「……アン……」
「まぁ、頑張りますよ」
父も母も兄も騎士団に所属しているエリート一家、加護付きのブルー・バレンシー。
極東の街から夢を叶えにやって来た太刀使い、トモキ・タナカ。
あの後簡単な自己紹介があったが、剣術の授業で精霊の発動は許されていない。
となると気を付けなきゃならないのはこの二人くらいか。
あ、いや……このどちらかに適当に負けるのが良いだろう。
使用するのも授業用の刀剣だから……太刀の使えないトモキよりもブルーに負けた方がカッコ付くかな。
「キャーッ!」
そのブルーが、鮮やかに一回戦を勝ち抜いた瞬間、女生徒たちの黄色い悲鳴が上がった。
「ふっ……」
満更でもなさそうにブルーが剣を柄に納める。
金髪碧眼のお坊ちゃん顔は女子人気も高そうだ。
だけどこいつも所詮、リロとクラス委員をやりたいだけのキモい思春期男子なんだと言う事を、今うっとりと見ている女子たちは忘れない方が良い。
「わぁ~、ブルーって人強いねぇ! どうしたらあんな風に動けるんだろう! 今度教えてもらおうかな!」
リロ……お前はまた簡単に……。
お前こそ忘れちゃダメなんだ。この、思春期だらけの大剣術大会がいかにキモい催しなのかを。
「…………どこ見てんだよ」
「え?」
思わず漏れた独り言にリロが反応する。
そのタイミングで俺の名前が呼ばれた。
「はい次の人~、アシュバルト・アレン~」
「次は俺の番だ。よく見ておけ」
一回戦の相手は……はて、こんな奴居たかなと言うくらい地味な生徒だった。
まぁ見た目だけで言うならそれは俺もだけど。
「よろしくお願いします」
しっかりと作法に習って礼をしてくる対戦相手に少しばかり殺気を纏ってやる。
「……よろしくおねがいします」
「……っ」
簡単に飲まれた様だな。
「始めっ!」
ブルーの動きが何だって?
正直あくびが出るかと思ったぞ。
素早く後ろに回って胴に水平斬り……だったか。じゃあこんなのはどうだ。
俺は対戦相手の頭上を高々と飛び越え、空中で体を捻って真後ろに着地した。
こんな事しなくても必要最低限の動きで軽く後ろに回る事は出来るが少し派手な演出になるだろ。
さすが騎士団学校の試験を合格しただけあって、相手はすぐに反応して向き直ったが、遅い。
間合いも十分だったので、俺は剣柄部分を思いきりみぞおちに喰らわせてやった。
「はっ……はうっ……うううぅ~」
呻き声をあげながらじわじわと上体を崩し、とうとう膝を付いた対戦相手を確認し、審判役のアルバンを見た。
アルバンは少し困った様な表情で肩を竦ませてから俺の勝利を宣言する。
「アシュバルトの勝ち~」
直後にあがる黄色い悲鳴……の、筈だったんだが、辺りはしんと静まり返っていた。
ああ、そうか、あの歓声はブルーが男前だったからと言う事か。
らしくない事をして大いにスベってしまった……恥ずかしい……そう思い、テープで仕切られただけの試合場を俯き加減に後にする。
「すっごーい! アン! すごい強いんだね! 私ビックリしちゃったぁ!」
どことなく……白けた空気の漂う場を壊したのはリロだった。
「ねぇねぇユーリ見てたぁ?! 柄のとこでドーンて!」
「リルベリー・シャンゼロロ~、柄のとこでドーンてされてまだ起き上がれない子が居るから静かにしてね~」
倒れたままの俺の対戦相手を介抱しながらアルバンがリロに注意する。
ちょっと息が吸えなくなってるだけだ。そのせいで痛みよりも大袈裟な声が勝手に出て来てしまうだけで怪我はさせていない。
「あっ……はぃ」
リロが空気を読んで大人しくなる……が、俺はそれが聞きたかったんだ。
満足して試合場を囲む生徒の輪から少し離れる。するとリロがすぐさまコソコソと近付いて来てこう言った。
「怒られちゃった」
「……ですね」
怒られちゃったリロはしかし笑顔でこう続ける。
「だってさ、アンがあんなに強いって思わなかったんだもん、適当に頑張るみたいに言ってたのにさ、優勝間違いなしじゃない!」
優勝……?
あれ? これ何だっけ。あ、クラス委員を決める為のトーナメントだ。優勝……したらマズいな。
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