第40話 暖かな毛布
「ふぐぉっ……?!」
突如現れた剣先にエフィームは反応出来ない。
脇腹に刺さったそれは斜めに背中へと突き抜けた。
「目標は獲物の向こう側に定めて思い切り突く。エフィーム、あんたの教えだ」
「なんっ……!! マサキ……貴様ぁ!!!」
素早く剣を引き抜くと、エフィームの吐血が苦しげな声と共に俺に降り注ぐ。
ああ、これが、血の匂いか……!
「もう消えてーっ!!」
炎の向こうからはリロの声。
すると炎は、その声にまるで気分を削がれたとでも言う様に、嘘の様に一瞬で消えた。
すべて幻だったかの様に、熱風に包まれていたそこは夜の寒々しい空気に変わる。
一瞬の静寂の中で、俺の震える様な息だけが聞こえた。
「マサキ……」
頭の上でエフィームの声がして、大きな掌でガシリと頭を掴まれた。その掌が熱い。
仕留め切れなかったのだ……。そう理解した。
焼かれるのなら、リロの炎に焼かれたかった。それさえ過ぎた願いなんだと諦めて、俺はエフィームの業火を待った。
「?! 何だ……?」
しかし、それはいつまで経っても訪れない。
見上げれば、何が起きているのだと焦るエフィーム。
俺にも何が何だか分からないが、俺が貫いた脇腹からは止めどなく血が溢れていた。
「おいまさか……」
エフィームの視線がリロを捉えた。
リロはぎゅっと自分を抱き締めて蹲っている。
何とか炎の暴走を抑えようとしている様に見えたが、どうやらそれだけではなかったらしい。
「自分の精霊も上手くコントロール出来ない小娘が! 俺の精霊に干渉していると言うのか!? ふざけるなぁぁぁああ!」
「リロ!!」
自身の血を撒き散らせながら、エフィームがリロにぐんと近付く。
俺にはその一歩がスローモーションの様に見えた。
リロの前に素早く身体を滑り込ませ、剣を振るエフィームの腕を蹴り上げる。
エフィームは大きくのけ反ったがその手に握られた剣は決して離さなかった。
そしてその視線も、しっかりとこちらを睨み付けている。
「でああああぁぁぁーーーっ!!!」
怖いものか。
らしくもなく大声で気合を入れてもう一度剣を伸ばした。
エフィームの掌がこちらに突き出されたがそれを貫き、なお身体ごとぶつかってもろとも倒れる。
そのまま縺れる様に転がってすっかり炭になった神殿の長椅子の上で止まった。
「……っ! はぁっ、はぁっ……!」
身体を弾けさせる様に素早く距離を取ったが、エフィームはそのまま起き上がっては来なかった。
「……エフィーム……?」
「マサキ……」
エフィームからそう返事があった事に、俺はホッとしていた。
間違いなく殺すつもりで斬ったのに。
「はは……、マサキ……、やってくれたなぁ……」
力なく笑うエフィームを見て、何故かエフィームに引き取られた初めての晩の事を思い出した。
今日は冷えるからと、奇抜な柄の毛布を寄越したのだ。
孤児院から持って来た寝間着も、こっちに着替えろと言って厚手の、変な色の物と交換させられた。
それはとても子供が気に入る様な物ではなかったけど、でも、どちらも真新しく……、暖かかった。
この出血だ、このままでは、エフィームはもう……。
そう思ったら、自分でも全く予想できなかった言葉が口を衝いた。
「どうして……俺を選んだ……」
どうせ、傷付けられる言葉しか望めないのに。
美しい銀髪と、火の加護を持つエフィームが、駒だったにしても何故俺なんかを選んだ。ろくでもない理由の筈だ。
「赤毛で加護無しの俺を、なんで選んだんだよ……そりゃ希少な加護付きは望めなかったにしても、忌み嫌われる赤毛のガキを選ぶ事は……」
「……悪くないと思ったからだ」
「は……何だよそれ……」
「……お前の中に渦巻く……劣等感も……その赤毛も……な……」
「……」
その短いエフィームの言葉はとても意外で、俺の中の何かを瞬時に満たした。
そうか、エフィームはシェークストの出身だった。
すぐにフィーゼントで赤毛が嫌われている事は分かっただろうが、それでもエフィーム自身は俺の髪を醜いとは思っていなかったんだ。
でも今、俺が聞きたいのはそんなんじゃない……。
「もともとただの駒を手に入れただけだろ、悪くないも何も……」
「とどめを刺せないのか?」
「はぁ?!」
エフィームの言葉にカッと血が上った。図星だったからだ。
「……この計画はお前を貰った時にはまだなかったものだ」
「え……」
「残念だったなぁ、俺を殺したくなる様な言葉が欲しかったんだろう……。ふふ、何も……変わってないな。子供の頃からお前は……至極分かりやすい……」
何もかも見透かしている様な言い方に腹が立ち、倒れているエフィームに跨った。そして胸倉を掴んで言ってやる。
「じゃあ! なんで! 気まぐれだったってのか?! 気まぐれで俺を貰って! 犬に仕立て上げたのか! だけどな! 俺はあんたの犬じゃねぇ! 俺の事なんか何一つ分かってない! あんたなんか今すぐ殺せるんだ! 俺は! 俺は……!」
俺がどんなに喚いても、されるがままになっているエフィームの瞳が、もう何も映していない事に気が付いた。
それでもエフィームの腕がゆっくりと俺に伸びて、血まみれの頬に触れる。
「バカな……犬め……」
それだけ言うと、その腕も力なく落ちた。
ガクガクと震える足で一歩ずつエフィームから離れる。
急に力が抜けてその場に尻もちをつくと、アドレナリンでどうにかなっていただけの体の痛みが襲って来た。
「アン、大丈夫?」
リロが駆け寄って俺を支えてくれる。
その後ろには複雑そうな顔をしたザカエラ。
ザカエラは俺を通り過ぎてエフィームの顔を覗き込むと、それをそっと掌で撫でた。
目を閉じさせてやったんだろう。
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