第39話 二秒

「私は炎では死なん。だがさすがに防ぐのに精一杯でな、どう反撃の炎を喰らわせようか頭を悩ませていたところだが……まさかコントロール出来ないとはねぇ。ならばその強烈な炎で貴様らが自滅するのを待つのも愉快かも知れん。神殿もろとも、すべてを焼き尽くすのを見せていただこう」


 エフィームの言う通り、もはや炎はすっかりリロの手を離れてしまっている様だ。


「やっぱり……やっぱり暴走しちゃう……上手く出来ない……どうしよう、どうしよう」


 リロの背中越しに暴走する炎を見ながら俺は確信した。やっぱりそうだ。

 パダーを討伐した時にも思った、リロの炎の渦の癖。

 それは間違いなくすべてを覆い尽くしている。だがその火力は均等ではない。


 精霊にはそれぞれ癖の様なものがあり、水の精霊の加護を受けていながら癒しの力が発動しない例さえある。ザカエラがそうだ。

 あまりにも多種多様故、加護付きとの戦闘対策はマニュアル化出来ない。

 だが逆に、どうにも補えない弱点が存在する場合もある……そう教えてくれたのは、エフィームだ。


 目を凝らし、そこまでの道筋を確認する。

 そう、エフィームに剣が届くギリギリのポイントまでだ。

 火力が弱いとは言え、一瞬で消し炭にならないだけの話し。弱点とは言えないだろう。


 致命的ともいえる本当の弱点は、やはり制御が難しい事だ。


 リロの精霊が上手くコントロール出来ないと言うのは、子供の頃のトラウマから来る思い込みによるところが大きいのではないだろうか。

 精霊との付き合い方は日々変化する。

 だからこそ学校にも精霊の力を試せる訓練場が設けられているのだ。

 だったら変えられる。

 逆にリロの思い込みの激しさを利用する事だって出来るかもしれない。


「リロ、お前の炎は味方だろ? 絶対にお前の運命の人を焼いたりしない。そう信じてるからな」


「アン……? どういう事?」


「だから、諦めずに火を弱める努力を続けてくれ、分かったな?」


「待つばい」


 後ろからザカエラの声がした。


「なんねその達観した様な顔は」


「そんな顔してるか?」


 本当にそんなつもりはなかった。

 勝算は薄いけど、死にに行きたいワケじゃない。

 だけどエフィームがリロの炎を利用しているなら、それは逆にチャンスにもなり得る筈なんだ。


「突っ込む気か知らんけど、あげな上司でもむざむざ殺させるわけにはいかん」


「手伝ってくれとは言わない……」


「当たり前やろ、図々しかね! ……でもそれ以上にあんたに無駄死にして欲しくもないんちゃ! それでも、どうしても突っ込むんなら……」


 そう言いながら、ザカエラはすぅっと俺の身体に手をかざし、頭から足元までを撫でる様な仕草をして見せた。


「あっ……あのっ……、ザカエラちゃん!」


「なっ?! ……なんね……」


「あのっ……私頑張るから! なんとか、するように頑張るから! きっとアンもそのつもりの筈だから! アンに死んで欲しくないって事は良い子なんでしょう?! だからお願いします! 協力してください!」


 一瞬リロの言葉を信じられず、大きな瞳をめいいっぱい見開いたザカエラはやがて溜息を吐いた。


「……はぁ……、シェークストっちある意味化け物ばっかりやなかか……」 


「リロとユーリィがちょっと特別なだけさ」


「そんな事は……はれっ? アン? アンは??」


「シッ!」


 リロがザカエラをすっかり子供だと思い込んで接している事以上に、俺の姿をキョロキョロ探す仕草に緊張感が削がれる。


「もしかして……ザカエラちゃんの幻術でアンの姿を見えなく……?」


「どうしても突っ込むならキチンとけじめば付けて来て……そう言ってスマートに送り出してやろうて思っとったとに……そげに改めてお願いばされたらカッコ付かんやろ……」


 仮にザカエラの風の力で身を守りながら接近したとしたら、近付く前に見つかってしまうリスクが上がる。

 景色に溶け込ませるザカエラの幻術……これなら近付き、更に攻撃を加えるまで気付かれないかも知れない。


「ありがとう! ザカエラちゃ……!」


「だからシッ!!」


「どうしたぁ! 少し温くなってきたんじゃないかぁ?! なら手伝ってやらない事もないぞ!」


 そのタイミングでエフィームの大声が聞こえて、神殿の入口付近に火柱が上がった。

 祭壇の上にも、リロの炎の中で更に火柱が上がっている。


「リロ、炎を消すのは俺がエフィームに攻撃を加えた直後だ。今はまだ良い。中の様子が分からないだろうから、二秒……、二秒後に消してくれ」


 おそらくリロにとって、とても難しい注文をしているんだろうと思う。

 炎を抑えるだけではなく、そのタイミングまで要求しているのだ。


「私の炎は、アンを、燃やさない」


「そうだ」


 何かのおまじないの様にそう繰り返すリロの頭をポンと撫でてやった。

 俺がどこにいるか分からないので驚いた顔をしてから「うん」と力強く頷いてくれる。


 ユーリィに集中しているアルバンに近付き、足元に放り投げられたままの剣を手に取った。俺がいつも使っている剣よりも幾分長い。良いかも知れない。思ったよりも手に馴染む。


 話し掛けるなと言われたのでそのまま背を向けたがアルバンが一言だけ言った。


「私なら逃げますけどね。ご武運を」


 少し余裕が戻って来た様だ。ユーリィは大丈夫だろう。


「よし」


 俺も、リロを信じる。


 すぅーっと息を吸い込んで、もう一度エフィームまでの道筋を確認する。

 一歩でも……いや、ほんの少しでもはみ出たらその部分から燃えるだろう。

 二秒以上かけても普通に死ぬ。

 うまくエフィームに一撃を与えたとしてリロが炎を消せなかったら死ぬ。

 ハッピーエンドへのルートは極めて厳しい。


「リロ、お前の合図で行く。合図から二秒後だ」


「分かった……」


 一度深呼吸をして、リロが言う。


「行って!」


 その合図で、俺は炎の中へ飛び込んだ。勝負は一瞬。


「!」


 ジグザグに見極めたポイントをすり抜け、エフィームへの最短を駆ける。

 飛び込んだ瞬間に全身に鋭い痛み。息を止めていても、一気に内部まで焼かれるような。


 天窓から逃げて行く炎のゴォと言う爆音のお陰か、こちらから見えたエフィームは前方を伺っている様で俺に気付いた様子はない。

 自身の炎に守られながら奴は……顎を撫でていた。


 これ以上、何もさせない……!


 間合いには入っている。

 お前に加護はない。

 だからこそ剣術を磨け。

 それだけは俺にも負けるな。


 ああエフィーム、お前の教え通り……俺は負けない!

 行け……!


 殺気を纏い過ぎたのだろう、剣が伸び切る前にエフィームの身体がピクリと反応して、見えていない筈のこちらを見た。

 しかし、剣はもうエフィームの炎の中に侵入している。

 いつもより剣が長かった事で、抜刀の際、殺気が放たれる瞬間に僅かなズレが生じた。


 これなら……!

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