第38話 烈火
「色男やろ?」
ザカエラがそう言い捨てると、身体はグンとユーリィに迫った。
風での引っ張り合いをザカエラが放棄したらしい。右足にはまだリロがくっ付いている。
リロごとユーリィに引き寄せられた俺だが、突然ユーリィの風の精霊も撤退した様で、俺の身体は無造作に地面に叩き付けられる。もちろんリロも一緒に。
「あいたた……あっ! えへへっ、何だか久しぶりみたい」
赤毛の俺を見ても、リロはもう全く驚かなかった。
それに対してユーリィは、まるで別人を見る様な……、いや、事実、別人なんだ。当たり前じゃないか……。
「アッシュ君……どうして……」
ユーリィの瞳が、深い悲しみの色に変わった。
黒髪のアッシュと作られた思い出は、すべて嘘だったのだと……。
「これを見ても、マサキを渡したくなかと? なら許してくれると? シェークストには許されんにしろ、あんた達は許してくれると?」
「許しませんよ……!」
ユーリィがそう言うと、竜巻内の風が少し強くなった。
「……当然……だよな」
「ユーリ! お願い! アンは私の……」
「でも渡しません。尚更渡しません。罰はシェークストで受けてもらいます。シェークスト騎士団に入って、シェークストを守り続ける事でしか……許しません」
「ユーリ!」
「ユーリィ……」
地面に這いつくばったままユーリィの顔を見上げる。
許されたわけではない、けど、俺の顔なんか見たくない筈なんじゃないのか?
「教えてください、あなたの口から。あなたの、本当の名前を……」
有無を言わせない雰囲気のユーリィに、俺は重い口を開いた。
「……マサキ・キサラギ……」
「そう……。マサキ・キサラギ……、あなたがリロを悲しませる様なことをもう一度でもしたら、その時は撲殺……」
ブワッ……!!
と、ユーリィの物騒な言葉は、突然の熱風と衝撃で掻き消された。
竜巻バリアが打ち破られたのだ。
アルバンがこっちに吹っ飛んできた衝撃で……!
アルバンの身体は俺達を通り過ぎ、もの凄い勢いのまま壁にぶち当たっては力なく重力に吸い寄せられて行った。
「せんせぇ……っ!」
驚いてそう叫んだリロの声が届いたわけではないだろうが、アルバンは床に叩き付けられる直前で何とか片膝を付いて顔を上げる。
全身からはひっきりなしに水蒸気が上がっているが、大きな傷は見当たらない様だ。
だが無事で良かったと胸を撫で下ろす間もなく、こちらを見たアルバンの目が見開かれて刹那……俺は極めて間近に殺気を感じてヒュッと喉を鳴らせた。
その時にはもう、遅かったのだけど。
「ユーリ!!!?」
アルバンと同じ方向へ、血にまみれたユーリィが吹っ飛んで行く。
壁にぶつかる前に、待ち構えていた形のアルバンに抱き止められたが、ユーリィは呻き声をあげる事さえなくグッタリしていた……。
「遅いぞザカエラ、何をモタモタしていた?」
「な……」
熱風の中を振り返ると、そこに剣から血を滴らせたエフィームが立って居る。
ユーリィの……血だ……。
俺の恐怖心を感じ取って、エフィームがまた口を開く。
「安心しろ」
だがその後に極めて穏やかに続いた言葉は、俺にとっては矛盾した、安心とは真逆の意味だった。
「皆殺しだ」
「いやあああああああああーーーーっ!!!!」
その言葉がリロの耳に入ったかは分からない。
エフィームを振り返ったと同時に叫び、リロから炎の波が……いや、ほとんど爆発する様にエフィームを飲み込んだのだ。
「ぐっ?!」
神殿内は熱風どころの騒ぎではなくなった。
リロからエフィームに向かって信じられないくらいのエネルギーが放出されている。
自身の周りを囲う様に炎を従えているエフィームと違い、リロの炎は前方向へしか行かない。
それがせめてもの救いだった。リロの後方に居ればとりあえずは燃やされずに済む。
だがそれでも安心して良い状況とは言えなかった。
迫りくる熱風はエフィームのものとも桁違いである。
「いやぁぁーーー! ユーリーーー!!」
リロが取り乱せば取り乱すほど炎の勢いは増し、あっと言う間、神殿の天井にはめられていた窓が割れて派手な音を立てた。
その穴から多少の炎は逃げるもの、なんら勢いは変わらない。
「アルバン! ユーリィは?!」
あまりにも現実感がない光景の中で、俺はアルバンに聞いた。
「話し掛けるな! 気が散る!」
生きてる……!
アルバンはすっかりいつもの余裕をなくしてはいたが、何かしらユーリィに施していると分かった。
「落ち着けリロ! ユーリィは大丈夫だから! このままじゃお前の炎で死なせちまう!」
「あっ……?」
はっはっと短く呼吸をしながらリロはこちらを見た。
「生き……てる……?」
しかし、リロの炎は俄然エフィームを飲み込んだまま衰えを見せない。
リロの表情もどこかおぼつかないままだ。
月明かりの差し込む、青と白の厳かな神殿は、真っ赤に染め上げられ見る影もなくなって行く。
「リロ、大丈夫だから。今アルバンがユーリィを癒してる。あいつ普段ふざけてるけどルイスが認めている奴だろ? なら絶対大丈夫だ。そう思うだろ?」
俺を見ながらも、ピクピク左右に痙攣していた青紫色の瞳が、ようやく治まった。
「うん……、大丈夫……だね。大丈夫……」
リロ自身はどうにか少し落ち着きを取り戻したようだが、それでも炎は収まるどころかますます激しく燃えさかった。
「はぁ……はぁ……でもどうしよう……また暴走させちゃった。どうしよう……」
「落ち着いてコントロールしろ、出来る!」
我ながら無責任な言い草だと思う。だけど俺にはこれくらいしか言葉が出て来ない。
自分を信じろとか、逃げちゃだめだとか、陳腐な言葉しか出て来やしない。
それでもリロは分かったやってみると言い、自分の炎へ向き合う。
「お願い止まって! お願い!!」
リロの叫び虚しく、やはり炎の勢いは一向に衰えない。
リロの叫び声が聞こえたのか、炎の渦の中でこちらの様子を伺っていたであろうエフィームの笑い声だけが聞こえて来た。
「ふははは! 少々驚いたがそう言う事か……面白い!」
見ると、炎の中で人影がゆらりと立ち上がったのが分かる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます