第37話 取り合い
「フィーゼント軍が南東から攻めるつもりなんも掴まれとうなんて……!」
まんまとハメられた事をどこか人ごとの様に聞いているエフィームとは違い、ザカエラは大いに反応を示していた。
「あー、あなたザカエラさんだぁ~。あなたの動きがちょっとワケわかんないとこあったんでね、しっかりフィーゼントにルイス死亡の情報流れる様にとりあえず三日三晩葬儀してみましたよ。これが功を奏したのか、あなたがちゃんと報告したのか、どっちか分かんないんですが……」
「ワケわからんってなんね! 普通にちゃんと報告したっちゃ! 間違っとったようやけど……」
「そうですかそうですか、まぁどっちにしても結果しっかりフィーゼントさん大群で来てくれたみたいで、今頃フィーゼントの野営地に騎士団が総出で歓迎準備してると思いますから概ねは成功です。そこで何とか悪い人の首だけ獲って平和的に解決したかったんですが……一番悪そうな人がここに居たら困るんですよ」
ザカエラの事まで……全部ばれて……。
しかもザカエラの動きが予測しにくかったと言う事は、本物のアッシュを見張りに行ったりしてる事も分かっているんだ。
何から何まで……、てんでシェークストには、ルイスには敵わないじゃないか。
リロはああ言ったけど、俺がシェークストに許されるとは思っていない。
だけどこの状況は少し爽快じゃないか。
「こげん事していられんよ! 早う野営地に向かってこん情報ば伝えんとばい!」
「この俺がここに居る事が唯一の誤算なのだとしたらのこのこ戻る事もあるまい」
「でもっ……!」
「別にフィーゼント軍に未練も愛着もない。お前らの好きにしろ。拘束でも惨殺でも何でもな」
「なっ……! なんて事ば言うったい!」
エフィームとザカエラの意見は大いに食い違い、ザカエラはエフィームの言い分にショックを受けている様子だったが俺にとってはなんら驚く事ではない。
度々エフィームを庇うような発言をしていたザカエラだが前からエフィームはそう言う奴だ。
自分の信条が第一なのだから。
「ふぅ、やっぱり私がやるしかないんですかねぇ……。ユーリィ・マシオ……生徒にこんな事を言うのは心苦しいのですが、手伝って下さい。緊急事態でして説明は省きます」
アルバンが俺達にだけ聞こえる声でそう囁く。ユーリィは一瞬だけ驚いた顔をしたが黙って頷いた。
「アルバンせんせぇ、私は?」
それを聞いたリロは熱心な瞳で、しかしちゃんと小声でアルバンに指示を仰ぐ。
「リルベリー・シャンゼロロ……。あなたは私の邪魔をしないように」
ユーリィの様に黙って頷いて見せた後でリロは「えっ!」と声をあげた。
「それだけですかっ?」
「あなた達を気にしながら戦う自信がありません。ですがそこそこやれますので各自死なない様にだけお願いします。アシュバルト・アレン……いや、マサキ・キサラギさん、あなたもね」
「……はい」
当然俺の名前もばれているわけだ。嫌らしい奴。
「では行きます」
カッ! とブーツのかかとを鳴らせてアルバンがエフィームとの距離を詰めようと飛び出した。その右手は左腰の剣に触れている。
「ユーリィ!」
「はい!」
そう叫んだアルバンは一気に加速した。
ユーリィの風の力だろう。
「内輪揉めを待っててあげるほど、私お人好しじゃないんですよ」
抜けばエフィームに触れる、寸でのところでエフィームの身体から炎が噴き出した。こちらまで熱風が襲って来る。
ユーリィは即座に反応して俺たちの周りに小さな竜巻を作り出した。内側にはそよ風程度にしか感じないが強力なバリアだ。
「小賢しいんだよアルバン! 昔からなぁ!!」
ジューッ! と水が蒸発する音と、ガキンッ! と金属のぶつかり合う音、そしてエフィームの怒声。
主にその三つの音が神殿内に鳴り響く。
「ありがとうユーリ! これならアルバンせんせぇも安心して戦える!」
「ああ、さすがユーリィだ」
リロの言葉に便乗した俺だったが、ユーリィは鋭い目付きで俺を見やってからこう言った。
「別にあなたの為ではないですから」
心が抉られた。
至極当然の反応じゃないか。
いや、俺がルイスを殺したのだと知った時、二人ともこの程度のショックではなかった筈だ……。
「そりゃそうばい」
その声と共に、褒めたばかりのユーリィのバリアに小さな穴が開いて、ザカエラがぬるりとバリア内に侵入した。しかし穴から熱風が入る事はなかった。
ザカエラも同じ要領のバリアを作り、そのバリアがぶつかり合ったところに穴を開けたのだろう。
「……風の精霊ば持ってるっちユーリィちゃんってのはあんたなん? 上手なもんやね」
「ザカエラ、今のうちに逃げてくれ。もう何もかもシェークストに掴まれている。これ以上はどうしようも……」
「何言っとるんちゃマサキ……リロちゃんに許されたからってシェークストにも許されたつもりと? なして早よう逃げんかったんちゃ……。あんたはどっちしろどこで罰ば受けるかん話やろ」
確かにそうだ。ユーリィにもさっき同じ事を言われた様なものじゃないか。
「やったら連れて帰ってうちが見届ける」
言うなり、俺の身体は風の力で浮かび上がり、ザカエラの方に引っ張られた。
「アン!」
浮かび上がった足を掴み、リロが言う。
「アンを連れて行かないで!」
と、俺の身体が別の何かに引き寄せられ、リロの掴んだ右足を軸に反対のユーリィの方へ流れ始める。
「ははっ、ユーリィちゃん本当に上手やなぁ。今バリアもキープしとるんやろう? フィーゼントにはうち以外にこげな使い方出来る人おらんよ」
ザカエラがそう言うとまた少し身体がザカエラの方へ戻る。
「わっ! あれっ? わあぁっ! こっ……こっち……うわぁっ!」
ずっと俺の足を掴み続けているリロの真上で、ザカエラとユーリィの間をフラフラと行ったり来たりさせられている形だ。
その間も神殿にはアルバンとエフィームの激しい戦いの音が聞こえてくるがさっぱり状況は分からない。
「んんん……!」
「しつこかね……!」
「ユーリ頑張れぇぇ!」
「ちょっ……待ってくれ……うあっ」
だんだんと扱いが乱暴になって来た。
風の力が均衡しているのか、大きく左右に揺さぶられ、エフィームにやられた傷が響く。
「色男はちょっと黙っててちゃ。今あんたの取り合いをしとるんよ」
「言っておきますけど!」
ザカエラの言葉にユーリィが反応した。
「私は……アッシュ君に怒ってるんです! ちゃんと謝ってもらうまで行かせたくないだけですから! 色男だなんて思ってませんから!」
「へぇ~?」
そう言うと、ザカエラの背後から霧が広がって俺を覆い隠した。この霧は覚えている。
「おいザカエラ! やめろ! やめてくれ!」
「なんね! 本当の姿も見せないで適当に謝っても意味なかやろ!」
謝って許してもらえるだなんて端から思っていない。それならこれ以上傷付けたくない。
そう思ったが、アッシュになった時と同様、俺の幻はあっと言う間に引っぺがされ、視界の隅に見えた前髪は見るも無残な……、真っ赤な色をしていた。
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