第36話 劣等感

「なるほどな、本当に良いお友達が出来てしまった様だ。しかも強力な火の加護が付いている……が、私に火は効かない。それで私を倒せると思ったのかな?」


 言いながらエフィームが拳を振り上げたのが見えた。

 なす術もなく、殴られ続けたあの拳に、俺はほぼ無意識で立ち向かった。


 リロの背中を引っ掴み、力任せに自分の後ろへぶん投げる。

 そしてすぐそこに迫っていたエフィームの裏拳を両腕で巻き付くように止めてみせた。


「危ねぇ事すんなバカ! お前に守られる様なヘタレじゃねぇよ!」


 エフィームにしがみ付いたまま後方へ飛ばされたリロに軽口を飛ばす。


「いたた……、ちょっとぉ~、乱暴だなぁアン! さっきまで半泣きだったくせに~」


 返って来た軽口に救われる。

 あんなに嫌だったのに、アンと呼んでくれる事に救われる。


「マサキ……! 貴様! 裏切ると言うのか!? この私を!!」


 そう喚くエフィームが、なんだか急に怖くなくなった。


「裏切れないさ……」


 しおらしくそう答えてから続けてやる。


「誓った覚えもないからな!!」


 瞬間、エフィームの腕にカッと熱がこもった。咄嗟に離れてからすぐ右腕を伸ばす。

 エフィームの顔面に一撃入れてやる為に……!


「うおああああーっ!」


 俺は体術はあまり好きではない。

 もちろん人並み以上に熟すが殴れば多少なりともこちらも痛いからだ。

 殴る箇所によっては普通に痛い。

 例えば鼻とか狙うと。


「……っぶっ?!」


エフィームの顔が俺の拳に隠れて、ビリリと腕に衝撃が走った。

 その痛みがこんなに気持ち良いなんて初めてだ!

 

もう一撃と思って引いてあった左手を胸からしならせたが、まだエフィームに触れていた右手を持たれ、炎を纏ったその腕で思い切り引き剥がされる。

 物理的なパワーだけではない。おそらくとうとう呼び出した奴の火の精霊の力も加わって、俺は結構な勢いで吹っ飛ばされた。


「きゃあっ……!」

 

聞こえたのはユーリィの声だ。

 ザカエラに馬乗りになって居たユーリィだが、ザカエラも精霊を呼び出して対処したのだろう。


「くっ……!」


 このまま壁に激突するか、その前にユーリィと衝突してしまうかも知れない。

 さぁどうすると思考を巡らせたが、背中に思いがけず優しい感触があった。

 少しだけひんやりする、これは……水の精霊のクッション?

 

「やめてもらって良いですか? 私の大事な生徒達なんですよ」


「アルバンせんせぇ!」


 リロの声と重なってそう言った声は確かにアルバンの声だった。

 顎を上げて真後ろを確認するとすぐ近くに顔がある。

 俺とユーリィを抱えたアルバンのその三白眼は相変わらずだったが明らかに緊張が走っているのが分かった。


「アルバン……。随分と久しぶりじゃないか」


「ははっ、どうも、あなたもお変わりなく……、いや、少し目付きが悪くなったんじゃないですか?」


 そんなやりとりが聞こえてリロがこちらに走り寄りながらアルバンとエフィームをかわるがわる見ている。

 

「えっ? えっ? せんせぇと知り合い? えっ? じゃあ本当は良い人? えっ?」

 

 良い人なワケないだろ……。だがその疑問はもっともだ。


「どうしてアルバンせんせぇとフィーゼントの偉い人が?」


「こっちの方が色々と聞きたいところですけどね、何なんですかこの状況……」


 ハァと溜息を吐いて神殿内を見渡す。

 ルイスの棺は開けられてるし献花は散らばってるし、ああそうそう、入口で護衛が二人倒れているのも見ただろう。


「その……、あの……、色々ありまして……」


 リロの生返事にやれやれと首を振ってアルバンはこう言った。


「まぁ、とりあえず教えてあげるとあの人、私やルイスの同期……、シェークスト騎士団の人間ですから。もともとがシェークスト人なんですよ。火の加護もあって、とっても有能な人材でしたが、いやはやルイスへの劣等感をこじらせた挙句よりにも寄ってフィーゼントへ……」


 なんだって……?


「黙れ」


 エフィームが鋭くアルバンを黙らせたが、漏れ聞こえた情報は少ないながらも十分衝撃的だった。

 エフィームがシェークスト人? 

 ルイスへの劣等感? 嘘だろ……?


「相変わらずおっかない顔ですねぇ、ルイスにももっと笑えって言われていたでしょう?」


 そう言われて忌々しそうに舌打ちするエフィームの顔は、アルバンの言う通りだったし、俺は初めて見た。こんな……エフィームの表情。

 俺が赤毛じゃなかったら……、俺に加護があったら……、エフィームはそんな俺をいつも見下ろしていた。だから、劣等感なんて言葉も知らないのだろうと思っていた。


「相変わらずの減らず口だな。お陰で思い出したよ、ルイスがそう言う思いやりのない言葉を良く使っていた事を」


 確かにルイスならそんな事を言いそうだ。

 そしてエフィームは、そんなルイスの余裕に劣等感を募らせていたってのか? 俺みたいに……。


「その良く回る舌で、国民をも巻き込んだこの大芝居は貴様の計画か?」


「はぁ、まぁそうですね。アシュバルトがフィーゼントからのスパイだって分かった時からね、どうにか尻尾掴めないかなぁって、見てたんですけど、色々お膳立てしたドラゴン討伐の際にも、生徒に手を出すどころか立派な働きをされちゃいましてねぇ。次の日にルイスが付き人を頼んだと言うので、もうこのタイミングで、フィーゼントさんのお望み通りルイスに死んでもらった方が早いかなって」


「な……」


 クソ! 

 一体どの段階からばれていたんだ……。俺はどこで何をどうしくじったんだ……。


「ただですねぇ、私のシナリオではあなたの登場シーンは南東に構えられたフィーゼントの野営地なんですよ。棺に仕込んでおいた幻術が解かれた様だったので慌てて来てみれば……まさかの大ボス登場とは……どうしてこんなところにいるんです?」


「自分の目でルイスの死を確認に来た。俺の最優先事項はフィーゼントの勝利ではない。ルイス・パーバディの死だ」


「おやまぁ想定以上にこじらせてる……」


 こんな状況だと言うのにアルバンの小さな独り言はどこかふざけて聞こえた。


「あなたがフィーゼントで子供をもらったってところまでは掴んでいました。あなたが子供を育てるなんて想像も出来なかったですけど、それもこれも全部この計画の為だったワケですか?」


「ふん」


 え……? 


 アルバンの言葉に、エフィームは否定も肯定もしなかったが……。

 あ、ああ……、そう、か。それもそうか。

 俺は完全にエフィームの……、犬どころか、駒だったんだ……。 

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