第41話 癒しの力

「終わったようですね」


 そう言ったのはユーリィを支えながら歩いてくるアルバンだ。


「ああっ! ユーリ! 良かった!」


 その姿を見たリロは俺を支えるのをあっさり止めて今度はユーリィに駆け寄る。グラリと傾いた背中はザカエラの足で止められた。


「おっと、甘えんで? ちゃんとするばい。うちの水に癒しの力がない事も知ってるやろ」


 確かに。もう十分、ザカエラには甘やかされたからな……。


「ユーリ! ユーリ! 本当に良かった! 私本当にどうにかなっちゃうって思ったの!」


「うん……大丈夫だよリロ……ごめんね、心配したね」


「大丈夫だって、アンが言ったから大丈夫だって思ってたけど! ちゃんと大丈夫だって思ってたけど本当に良かった! 良かった!」


「うるっさいですねリルベリー、傷に響くからあんまり大声出さないで下さいよ。致命傷はもらってないけど地味~に痛いのがいっぱいあるんですから」


 そう言いながらアルバンは満身創痍といった感じでユーリィをリロに任せてその場にへたり込んだ。


「私の水の加護は癒しの力を得意としませんからね……非常に繊細な作業でしたが我ながら頑張りました……」


 そうでなくともフィーゼントの指揮官とやりあったんだ。ぴんぴんしていられる筈はない。


「ごめんなさいアルバン先生……」


「ユーリィ・マシオ、あなたが謝る事では……ああ、いや、そもそもここの護衛を昇天させてまでどうしてここにいたのか、その答えによっては謝っても済まされないかも知れませんねぇ。まぁそれでも何となく悪いのはリルベリーかなって思ってますけど」


 そこまで言ったタイミングで焼け爛れた神殿の入口からその護衛がやって来た。


「ご無事ですか?! 一体これはどう言う……」


「ああ、あなた達こそ燃えちゃってないですか? もう一人居たと思いましたが」


「無事です。ポールは騎士団本部に応援を呼びに行きました」


「ナイス判断ですねポール君……。ま、これだけ派手に神殿から火が上がってたらさすがにもう誰か動いてるかも知れません……が……うっ……ぐぅ」


「アルバンせんせぇ!」


「だからうるさいです、リルベリー・シャンゼロロ」


 軽口を叩きながらもとうとう背中まで地に付いたアルバンは、苦しそうに胸を上下させている。

 全員が満身創痍。

 水の加護を持つ者は三人もいるが、ザカエラに癒しの力はなく、アルバンも苦手で本人が力尽きている。リロは言わずもがななので大人しく応援を待つしかない。


「せんせぇ痛そう……、アンも痛そう……。ユーリも、膝のとこ擦り剥けてるし、顔色も良くないみたい」


「大丈夫だよ、大きな傷はふさがってるから」


「でも……」


 現状を見渡し、リロは言った。


「私やってみるね!」


「えっ? 何を?」


「何をって! 私の水の力でみんなを癒してあげるのよ。ユーリ見てた? 私暴走した炎をちゃんと抑える事が出来たの! しかも二秒後って言われたからちゃんと二秒後にね! 私の炎はアンを燃やさないし、水はみんなを癒せる筈よ」


 喜々としてそう語るリロはあの炎をコントロール出来た事でだいぶ自信を付けた様だ。

 リロの思い込みを逆に利用出来ればと考えてはいたが、これで本当にうまく行ったらかなりの成果だよな。


「やれそうか?」


 正直、あまり期待はしていなかったがリロにそう声を掛けた。


「やれそう!」


「待ってくださいリルベリー、何だか嫌な予感がするので良いです。死にはしませんので大人しく応援を……」


「何言ってるんですか! 大丈夫ですよ!」


「あいたぁっ!」


 期待をしていないどころか、信用もしていないアルバンがリロを止めようと身を起こしたが、リロに強引に寝かされ頭を打った。


「良いです良いです本当に良いですなんか怖いです」


「さぁ……お願いよ……私の良い子……みんな私の大事な人なの。だから……お願いよ……」


 目を閉じてそう囁くリロを見て、アルバンは観念した様に抵抗するのを止めた。

 全員が固唾を飲んで見守っていると、アルバンの胸に置かれたリロの手がほんのり光を帯びる。


「おお……」


 これは、ある。


 そう思った矢先、俺は上からとんでもない圧力を感じた。

 そしてそのまま、何だろうと上を見上げる間もなく全身がずぶ濡れになったのだ。


「ぷわっ?!」

「きゃぁっ?!」


 俺だけではない。

 此処に居る全員が、上から降って来た大量の水を痛いくらいにぶっ掛けられ、言葉を失ってはポタポタと水を滴らせていた。


「はいやった、はいふざけた」


「ふっ……ふざけてません!」


 神殿内のシンとした空気を打ち崩したアルバンにリロが必死で訴える。

 みんな大事……そう言ったリロに水の精霊が嫉妬でもした様だな。

 やれやれと俺は顔に張り付いて鬱陶しい髪をかき上げた。


「……ん?」


 あれ?


「これのどこがふざけていないと……! おや……?」


 治ってる……。


 エフィームに斬られた額の傷がない。

 折れた筈のあばらも痛くない。

 舌で奥歯を確認したらさすがにそれは生えていなかったが、小さな傷も全部治っている様だ。


「すごい。すごいよリロ、ずぶ濡れになったけど、私の膝の傷ちゃんと治ってるよ?」


「ほっ……本当?! あれ、でも……やっぱり顔色悪いみたい……」


「そりゃ体力や失った血まで全部は戻せませんからね。ユーリィは今後しばらく安静、お肉をたくさん食べて下さいね。あーあ、もう……」


 言いながら立ち上がったアルバン。

 リロをふざけていると決めつけて少しだけ気まずそうだが、リロ本人は特に気にした様子はなく俺に笑顔を向けた。


「アンも大丈夫? 治った?」


 つられて俺も、少しだけ顔がほころぶ。


「ああ、治った」


 期待通りの言葉が聞けたのか、更にその笑顔を弾けさせるリロ。

 ようやく終わったのだ、やっと悪夢から覚めたのだ。問題は山積みだけど、とりあえずは、終わったんだ……。

 みんなきっと、そう思っていた。


「シェークストは……化け物ばかりだな……」


 と、そんな空気をガラリと変えたその声は、ザカエラのものではなかった。


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