第42話 一緒に

「はぁっ?!」


 ザカエラは驚いてその声の主を振り返る。

 もちろん驚いたのはザカエラばかりではない。声の主は紛れもなく、エフィームだったのだから……。


「嘘ばい……確認ばしたのに……なして……なして?!」


「そりゃこんな化け物ばかりの国には居られん……」


「エフィーム……」


 ザカエラは確認したと言ったし、俺自身も、俺に触れた手からみるみる生命が溶け出していくのを感じていた。


 ジャリ……と、もう原型がなんだったか分からない、ただの炭の塊を踏み砕き、エフィームが立ちあがる。

 そしてその全身は、ぐっしょりと濡れていた。


「なぁおい……ちょっと待てよ……まさか……」


 言いながらゆっくりとリロを振り返る。

 俺が言いたい事をすぐに理解したリロは慌てふためいた。


「やってない! やってないやってない!」


「やってないってお前……! 実際濡れてるじゃないか!」


「ぬぬぬ濡れてるだけかも?!」


「立ち上がってるだろ!」


「あっ……うっ……ううーん」


 極めて真剣な顔で悩みだすリロだが、目の前の事実が物語っている。アルバンも頭を抱えていた。


「こう言う形でやらかしてくるとは思っていませんでしたよリルベリー……まぁでも……」


 ああ、でも……、エフィームは立ち上がりはしたものの、足元はおぼつかなかった。

 さっきアルバンが言っていた通り、体力と失われた血は戻らないと言うなら、ユーリィ以上に出血していたと思われるエフィームにもう力は残っていない筈だ。


「どうしますかエフィーム? 傷がふさがったとは言え、何も出来ないようですが。しかも間もなく本部に残っている騎士団が応援に来るでしょう。さすがに多勢に無勢ってやつです。大人しく捕まってくれるなら痛くしませんよ?」


「舐めるな」


 言うとエフィームは自身の真後ろにゴゥッ! と火柱をあげて見せた。


「捕まるくらいならここで死んだって構わん。その代わりお前たちのうち誰か一人を必ず道連れにする」


「強がらないでください」


「そう思うなら来れば良い」


「……」

「……」


 互いに探り合う、アルバンとエフィーム。


「うーん、あなたに暴れられてこれ以上神殿が壊れるのも忍びないですからねぇ……あっ、そうだザカエラさん、あなた捕虜としてここに残ってください。それが条件です」


 えっ! と息を飲むザカエラ。俺も同じくらいは驚いた。

 もはやザカエラに捕虜としての役割が果たせない事は分かり切っている筈だ。エフィームを見殺しにし、俺を助けた。 

立場的には俺と同じ、フィーゼントの裏切り者として扱われてもおかしくないのだから。


「ふ……本当に小賢しい男だアルバン……格好は付いた様だな」


 ジャリ……、ジャリ……。


 さっきまでおぼつかない様子だったのに、その足取りはまるで敗者のそれはなかった。来た時と同様、悠々と、神殿を去っていくエフィーム。誰もその姿から目を離さない。


 本当に、このまま去らせていいのか? 


 今なら、後ろから……いや、そんな卑怯な真似は出来ない……。

 ザカエラを捕虜にする代わりに大人しく去る……そう言う約束をしたんだ。 

 だいたい、こんな風に思っているのは、俺とザカエラだけなのかも知れない。

 だってこの国には、あの男が劣等感で狂わされた、ルイス・パーバディが居るんだから。


 神殿出口で一度立ち止まり、エフィームは首だけをこちらに向けた。


「後悔しないと良いな」


 実際は立って居るのも辛い筈なのに、その口元に笑みさえ浮かべて、突如出現させた炎の中へとエフィームは消えた。


「あっ! あんな事して行った! もう神殿燃やしたくないって言ったのに! 何ですかあの演出! 要らないんですよそういうの!」


「お気遣い感謝するばい」


 エフィームの消えた後を見ながらそう文句を言っていたアルバンに、ザカエラはそう言って近付いた。


「はて何の事でしょう? 捕虜の一人も捕まえられずに敵のボス逃がしたなんて言ったら私が怒られちゃいますからね」


「ふふっ、エフィームの言う通り、小賢しい男ばい……!」


 と、そこへ更にリロが近付いて行って何やらザカエラに熱心に説明を始めるではないか。


「ねぇザカエラちゃん? ザカエラちゃん捕虜になっちゃったんだからさ、もうシェークストの人って事だよ? だから勝手にアンを連れてどこかへ行ったり出来ないんだよ?」


 真剣な顔でザカエラに捕虜の意味を説明している……。


「ふはっ……! 連れて行こうにももう行く当てはなか……。そもそも、うちはただこいつん死に様ば見届けたかっただけ……。リロちゃんの守っちくれるち言うんなら、そいが一番ばい……」


「ありがとう! ザカエラちゃん! さっきは怖い顔してごめんね! 捕虜って言っても団長は小さな女の子を叩いたりとかしないから大丈夫だからね」


 これはいよいよ、ザカエラは本当は三十路過ぎだと言う事を教えるべきかと悩んだが、そんな事は後回しだとユーリィに思い知らされる。


「私聞いてないよ、アッシュ……、マサキ君自身がどうしたいのか」


「ユーリィ……」


 ユーリィの言葉に、俺は何も返せない。

 そもそも俺がどうしたいかなんて、そんな事、言える立場だと思っていない。

 俺はフィーゼントのスパイ。

 ただしくじっただけで、ルイスを殺すつもりだったのは事実なんだ。

 あまりにも未熟で、結局リロもユーリィも、危険な目に合わせた。首を落とされたって文句は言えない。


 それでも……。それでも俺は……。


「俺……は……」


「私アンと一緒に居たい!」


 リロが高らかに言い放ち、ザカエラもユーリィもポカンと口をあける。


「ちょっとリロ、今はリロがどうしたいかじゃなくて……」


「アンと付き合って、いっぱいデートとかもしたい! アンとが良いの! だからアンもそうしたいって言って!」


 ユーリィの声を掻き消す様に、リロは希望に満ちた瞳でそう言うのだ。

 なんら……変わらない、あの時と同じ目だ。


 俺とクラス委員をやりたいと、ワガママを言ったあの日の目と……。 

 俺はあの時、こいつに逆らわないと決めたじゃないか。だって逆らったら疲れるから、疲れるだけで全部リロのしたい様になるんだからと……。


「俺も……」


 リロと一緒に、居たい。

 それが許される事じゃないのは分かってるけど、俺の気持ちは一つだ、リロと一緒に居たい。

 それはきっと、一目会った時からずっと……!


「俺もリロと一緒に居たい! 許される事なら……俺だってお前と居たいよ!」


 あの日、リロと出会った日に、もうこんな風に人に想いを告げる事なんかないと思っていた。

 またこうして、こんな甘い言葉を吐くなんて。思いもしなかった。


「じゃあ! そうしよう!」


「もう……、リロったら……」


 リロの屈託のない笑顔に、ユーリィは困った様に笑った。

 ザカエラも笑っている。敵う気がしないと漏らしながら。


「はいリルベリー勝手に決めない、処分は当然、ルイスが決めますよ」

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