第43話 恕《ゆる》し

 あれから、騎士団本部からやって来た応援部隊により、俺とザカエラは一応拘束された。

 通路を挟んで向かい合わせの牢屋に俺達は放り込まれたのだが……あまりにも警備は緩かった。

 俺達に逃げるつもりがないと分かったからか、十分な設備がないのか、はたまた、これがシェークストのやり方なのかは分からない。


「誰か見張りおるん?」


「居ないみたいだ」


 向かいの個室からザカエラが話し掛ける。


「まぁうちらの悪巧みも筒抜けやったし、また泳がされても敵わんけん何もせんけど」


「……」


「マサキ、あんたはリロちゃんをしっかり守りぃよ? あん子良い子ばい」


「うん」


「それだけやなくて、ちょっとヤバかね」


「うん」


「何の事か分かっとう? もしかしたらあん子、死者を蘇らせたかも知れん」


「分かっとう」


「もしそうならとんでもなか……。エフィーム本人がそれに気付いたかどうか分からんけど、いつ誰に狙われてもおかしくない資質を持っとるばい」


「お前はどうするんだよ」


「うちが決める事やなかやろ? 捕虜やもん。あんたはルイスの靴ば舐めてでもここであん子を守るばい、分かったね?」


「うん」


 言われなくてもそうするさ。

 そう言ってやろうとしたけど、話しの途中で俺は泥の様に眠ってしまった。

 罪人用の固いベッドだと言うのに、明日は何が待っているか分からないのに、どうにも疲れ切った身体にザカエラのお喋りが心地良かったのだ。


 そして翌日の夜、もう明け方に近い時間だったろうか、ルイスとの面会だと言って連れ出された。


 フィーゼントを無事制圧して帰って来たのだろう。

 そうして連れ出された先は、裁判所でも何でもない、あの真っ赤な絨毯の執務室だった。


「よう、月が綺麗な時間なのにカーテン閉めたままで悪いな、なんせ今俺が生きているのを知ってるのはフィーゼント戦に参加した団員だけなんだ。後で俺は大々的に光の精霊の加護を受けて復活した事にするんだってよ。信じてくれるかねぇ?」


 自分を殺そうとした俺を前に、ルイスはいつもの調子となんら変わらない表情を見せた。

 それどころか、月が見えない事を詫びたり、この作戦のネタバレまで一気に喋る。


「あ、下がって良いぞ」


 俺達にそれぞれ付いていた護衛を帰らせ、ルイスは自分の机へ座った。

 あまり顔を見る事も出来ないので、シェークストの作法は分からないが片膝を付いて頭を下げた。

 フィーゼントではこれが忠誠を誓う格好だ。

 それを見たザカエラも同じ格好をしてくれた。


「あれっ? 何それ? 椅子あるけど」 


「うちは捕虜ばい。椅子に座れち言うなら座るばってん……煮るなり焼くなりあんたの好きにするちよか」


 表面上は素直な態度を見せるザカエラだが、どうもルイスは少しやりにくそうな顔を覗かせた。


「ふむ……とりあえずお前の幻術ヤバいよな」


 ザカエラの処分を考えている筈のルイスだがおもむろにこう言った。


「……何ば言うね、すぐ見破ったくせにしぇからしか」


 確かにそうだ。だが本当にザカエラの幻術が見破られたのだろうか。

 俺には信じられない。


「ははっ! たまたまさ。たまたま入学式の時にお前に会っただろ? どうも俺の顔を見て異常なくらい心拍数が上がってるのが分かった。カッコ良い俺にドキドキしちゃう子って多いけど、それとは明らかに違った。だから、念の為に髪の毛一本頂いたよ」


 あの時……! 


 リロの頭を撫でた後に俺の髪をクシャクシャにしたあの時か。

 ささくれに引っかかったとか言ってやがったがあれはワザとだったのか。


「お前もアッシュと同じ黒髪だったら気付かないままだったかも知れないけど、分かりやすく真っ赤になってね。体から離れたものには幻影も追い付かない。それで赤毛の誰かさんがアッシュになり替わってるって気付いちゃったワケよ」


 くそ……。リロのお陰で克服しつつあった俺のコンプレックスがまた刺激された。


「つまりザカエラ、お前の幻術自体は完璧だったと言って良い」


「ふ……ふぅん」


 ザカエラが分かりやすく嬉しそうだ。ルイスの奴、天然じゃなくて計算で人たらしだな。


「俺にも水と風が居るんだけどやり方を教えてくれないか?」


「はぁ? 更に火も土も居るあんたには無理ばい」


「……そんなもんなのか?」


 デカい図体で、どこか悲しそうにザカエラを見詰めるルイス。


「うっ……なっ……なんねその目は……そげな目で見ても無理なもんは無理ばい」


「そうか分かった。だったら俺の代わりにやってくれれば良いや。お前俺の付き人ね」


「なっ?! 敵国のスパイだった女に何やらすん?」


 それもそうだがルイスは特定の付き人を作らなかった筈だ。

 しかも女だとあらぬ誤解をかけられるからと男子学生をかり出していたと言うのに。子供の姿ならあらぬ誤解と言う部分は心配ないだろうが……本気でザカエラを気に入ったのか? 


「何も問題ないだろう。俺は世界に愛されている。そして俺は世界を愛している。つまり! お前らの事も全員愛す! だからザカエラ! お前も捕虜じゃなくて俺のものになれ!」


 そう歌い上げたルイスをポカンと見上げたザカエラの顔が、何だか赤く染まっている様に見えたのは気のせいだろうか。


「あ……あんたがそう言うなら……うちには逆らえんちゃ……」


「オーケー、じゃあ次はお前の番だな」


 一つ片付いたと言わんばかりに、ルイスはさっさと俺の問題へと移った。俺は改めて頭を下げて言う。

 リロと共に、生きて行く為に……。


「ここで罪を償わせてください。罰は受けます」


「良いよ」


「取り返しのつかない事をしたのは分かっています。でも……、それでもお願いします、どうか……」


「だから良いよって」


「……」


「良いよ?」


「…………いや何だよそれ!!」


 ルイスの態度がどうも腑に落ちなくて俺は立ち上がってそう喚いてしまった。


「まっ……マサキ! 落ち着くっちゃ! 何を切れとるんちゃ!!」


 ザカエラが俺の腰のあたりにしがみ付いて宥めに来る。


 何に切れてるかだって? 

 殺そうとした事を許して欲しいと頭を下げ、図々しくここに置いて欲しいと頼んだ事に対し、何も考えてなさそうに「良い」と言ってくれいる人間が、俺は気に入らない! それだけだ!


「昨日だっていっぱいフィーゼントから俺の部下を増やしたんだぞぉ~? 今更もう一人増えたって構わないって」


「俺はあんたを殺そうとしたんだぞ!! それでもあんたにとっちゃ俺はその辺のフィーゼント兵と一緒か!」


「あははっ、悪い悪いその件に関しては嫌な思いさせたよな、でもまぁお前も酷いじゃないか、俺を殺すなんて。だからそうカッカするな」


 あああ、やっぱりこいつとは気が合わない!


「マサキ! 言ったやろ! ルイスの靴ば舐めてでもリロちゃん守る為に生き残るって!」


「ぐっ……!!」


 ザカエラの言葉を聞いたルイスが「はっはん」と嫌らしい笑みを浮かべた。


「そうかアッシュ……いや、マサキだったな? お前ようやくリロへの気持ちをちゃんと認める事が出来たのかぁ。知ってるぞ、お前リロの好きな人が俺なんじゃないかって思って本気でふてくされてた事あっただろう~」


「ない。ないです」


 何を言い出しているんだこいつは。と言うか俺の情報は一体どこまでだだ漏れているんだ。俺以上に俺の事知られてるんじゃないのかこれは。


「まぁまぁ、実際あいつは惚れっぽい。この先どうなるか分かんねぇだろ? だから俺が確実な落とし方を教えてやるよ。グダグダ言わずに俺の部下になるならな!」


「結構だ!」


 思わずそう吐き捨てると、腰に纏わり付いていたザカエラがとうとう立ち上がって俺の尻を蹴った。


「バカマサキ!」


「いっ……! あ、部下にはなる! 落とし方は結構だ!」


 勢いでそこまで言い、ルイスに大笑いされてようやく俺は我に返った。

 結局俺は一人でカリカリして、ルイスに突っ掛かり、気付けば全部吐き出し、最終的にはまるで部下になってやると言わんばかりの態度を取ってしまったのだ。靴を舐めるどころではない。

 深く反省すると同時に、とことんこいつには敵わないんだと思い知らされた。

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