第33話 エフィーム・クリフ
国の英雄の棺を盗み出すと言う大胆な犯行は、重過ぎて無理、と言う間抜けな幕切れとなった。
それでようやく現実を見る事が出来たリロは大いに泣いたが、神殿の中に響いていたリロの嗚咽もようやく収まってきた。
「リロ、ちゃんと祈ろう、団長の為に」
ユーリィにそう言われて、消え入りそうな声でうんと頷いたリロを見た時、俺はとうとう心を決めた。
「リロ、ユーリィも、何も聞かずに俺と逃げてくれないか」
俺は遅かれ早かれ、シェークストかフィーゼントか、どちらかに殺されるだろう。
リロをこの手で殺めるなんて事にさえならなければそれでも良いと思っていた。だけどそれじゃダメだ。
ザカエラがフィーゼントへ報告へ行って三日、ルイスの死は嫌でもフィーゼントの耳に入っている。
そうなったらフィーゼントがこの混乱を利用しないとは思えない。いつフィーゼントが攻めて来てもおかしくない状況の筈だ。
矛盾してるよな。
リロを守りたいのに、リロの泣き顔を望んだ。俺のくだらない感情で。
だいたい、国の英雄を殺して、シェークストを危機に陥れたのも自分だ。もっと全部、うまくやれる筈だったのに……。
「逃げないでちゃんと罰を受けようよ。凄く怒られると思うけど……護衛の人にも酷い事しちゃったけど……誠心誠意謝れば……」
「違うユーリィ、そう言う事じゃない」
俺は二人に近付いた。そして意図が読めずにポカンとする二人に、一体何から説明すればと悩む。
俺がルイスを殺したんだと言ったら……リロ、お前は一体どんな顔をする?
「近いうちにきっと、フィーゼントが攻めてくる。ルイスが居ない騎士団の新体制が出来上がる前に、必ず来る。だから……」
「え? だから……? だから逃げるって言うの?!」
一瞬で沸点に達したリロがダンッ! とルイスの棺を叩き付けた。ユーリィがビックリしてリロの両腕を抑える。
「リロ……! ダメだよそんな事しちゃ」
「離してユーリ! だって! だって酷いじゃないアンったら! 団長が居なくなったからって……、団長が今まで守ってくれた私達の国を捨てろって言う事?!」
国を捨てる事の何が酷いんだ。
そうしたら誰かが追って来て殺されるわけでもないだろうに。大事な人が居なくなった国なら尚更どうだって良いじゃないか。俺には分からない。
「もしそうなったら、私も戦うもん!」
引っ込んだ涙がまた簡単に溢れて宙へ舞った。
「無理だ、相手はこのチャンスに賭けてくるんだぞ!」
「だったら尚更逃げてなんていられないよ!」
「なんで分かんねぇんだよ! 今シェークストは一番大事な柱を失って、ただでさえグラついてる状態なんだぞ! お前だってメソメソ泣いてたじゃないか!」
最初から素直に言う事を聞いてくれるとは思っていなかったが、こんな言い争いになるなんて思ってなかった。ちっとも分かってくれないリロにイラつく。
「もう泣かない! 本当に攻めてくるんなら私が守って見せるから!」
「フィーゼントがどんな国か分かってんのかよ! 全員十も過ぎりゃ剣を持たされる! やりたいやりたくないなんか関係ねぇ! 才能がなけりゃお払い箱! あの国で惨めに生きて行くだけだ!」
勢いでここまで言ってから、リロの顔色が変わったのに気付いた。
「なんでそんな事……アンが知ってるの?」
俺がフィーゼントの犬だからだ……。俺がルイスを殺したフィーゼントのスパイだからだ……。
「……はは……。ルイスに守られて、この国で幸せに生きて来て、人を殺した事もない様な奴が……戦えるワケない……」
もう何を言ってもダメだ……。こうなったら力ずくでもリロとユーリィをさらって……。
「マサキ!」
そこまで考えた時、背後からその名を呼ばれ、反射的に振り返るとそこには……見覚えのある顔があった。
「ザカエラ……」
「……なしてこげな所におるんちゃ……」
アンバランスなくらいに大きな瞳をこちらに向けて、ザカエラが絞り出すように言う。
そしてその背後から、もう一人の人物が悠々とこちらへ歩いてくるのが見えた。
「マサキ……? 誰なの……?」
そう言ったリロの声が、まるで海の中に居るみたいに聞こえて来る。その人物が一歩、また一歩とこちらへ近付いてくる度に、どんどん深くへ沈んで行く様だった。
「エフィーム……」
声が震えるのが分かる。
一瞬で俺は自分の愚かさに打ちのめされた気分になった。
リロとユーリィをさらって逃げるだと? 逃げられるわけが、ないじゃないか……。
「そうか、お前がマサキか……。その姿は初めて見る。ご苦労だったなマサキ」
俺に労いの言葉をかけたエフィームの口の端が上がっていた。
不気味に感じてザカエラを見ると口を引き結んだまま小さく頷く。
どうやらエフィームにはまだ俺がすべてを放り出すつもりなのは伝わっていないらしい。
「お前も死体を確認しに来たのか? まさかお友達と一緒だとはね」
死体を確認に……? フィーゼント特殊部隊の指揮官であるエフィームがわざわざ?
「ねぇアン、あの人達誰? アンの事をマサキって言った?」
リロもユーリィも不穏なものを感じているのが分かった。エフィームはルイスと変わらないくらいの大男だ。居るだけで威圧感がある。そしてその瞳は燃える様に赤い。
歓迎されていない空気の中を速度を落とさずに歩き、とうとう祭壇まで上がる。
その銀髪の、見知らぬ大男の挙動をただ見詰めていたリロだったが、とうとうエフィームがルイスの棺に触れたとろこで大声を出した。
「止めて!」
棺にしがみ付いてエフィームを見上げる。
「お花も持たずに失礼よ!」
「おっと……、ふふ、花か……、それは失念していた。あのルイス・パーパディが死んだと言うのに祝いの花の一つも持って来なかったのは……確かに無粋だったな」
「なっ……!!」
怒りのあまりか言葉を失ったリロの代わりに今度はユーリィが声を荒げた。
「あなたは一体何なんですか?!」
「やれやれ、キャンキャンと可愛い仔犬たちだ」
エフィームはパンッと胸のあたりを一度掌で払う仕草を見せると、わざとらしく姿勢を正し深々と頭を下げた。
「私はフィーゼント帝国、特殊部隊指揮、エフィーム・クリフ……。どうかルイスの死に顔を見せて下さらないかな?」
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