第10話 ルイス・パーバディ
色々と慌ただしい一ヶ月を過ごして来たが、時々、どうしようもなくリロの顔が頭に浮かんだ。
これから同じ学校の生徒になるわけだが……ま、せいぜい目の保養にはなるだろう。
それ以上になってはいけないし、なれる筈もない。
リロが運命だと言ったのは赤毛のマサキなんだから。
そしてそんな奴はもう居ない。似ても似つかない、黒髪の地味なアッシュ君が居るだけだ。
ふいに……。
正面を向いて歩いていたリロのあの青紫の瞳がくるりと俺に向けられた。
反射的に進行方向に向き直る。
まぁ見られたところで俺はアッシュなんだけどな。
誰かに視線を向けられる事なんか慣れているだろうに……。
とくにかくあの日の戯れはもう忘れる事だ。
忘れられると思ったからあんな事を言ったワケで、初日これでは先が思いやられる。気を引き締めて任務にあたるべきだ。
俺は前方に見えるシェークスト騎士団学校の正門を目指し、歩く速度を急激に上げたのだった。
入学式ではその時の騎士団長が挨拶するのが恒例らしいので、俺は早速、最終目的であるルイス・パーバディとあいまみえるワケだ。
いや、向こうにとっちゃ俺は一生徒に過ぎないか……今は、な。
アシュバルト・アレン、と、そう書かれた学生証をもらい、そこに記された番号に従って入学式会場の椅子に座る。
ほどなくして椅子は生徒で埋まり、厳かに入学式が始まった。
粛々と進む儀式だったが、司会進行がこう言った途端に会場の空気がざわついた。
「続きまして、第十三代シェークスト騎士団団長ルイス・パーバディに代わりまして……」
代わりまして……か。
なるほどなと思った。
挨拶があるのならもうとっくにこの会場に居る筈だ。
しかしどこを見てもそれらしき人物は見当たらなかった。
情報ではルイスの特徴を細かく聞いていて、体格や髪の色瞳の色、鎧姿はカッコ良いが私服がクソだせぇって余計な情報まで入っている。
しかしそれに近い人物は一人も見当たらなかった。
そもそも今日は式典なのでみんな当然制服だ。私服は拝めるワケもないんだがな。
「悪い! 遅れた!」
と、入場用の大きな扉がバンッ! と開いて、そう男の声がした。
このタイミングでそんな登場が許されるのはルイス・パーバディだけだろう。
どんな事情かは知らないが国中が注目する騎士団学校の入学式に遅れてくるとはなかなかとんでもない奴だな。
一瞬でここまで理解して、俺は扉の方にゆっくりと視線を向ける。
そこに間抜け面で立っているであろうルイス・パーバディを確認する為に。
そこに確かに、奴は居た。
「……っ?!」
逆光……では、なかった。それなのにとんでもなく眩しさを感じた。
バケモノかと。
ルイスの前情報なんて全く必要なかったじゃないか。
一目で只者ではないと分かるのだから。
加護がなくても、武道の訓練を受けていなくても、きっと誰でも感じるだろう。この、圧倒的オーラを。
生徒たちも色めき立つが、俺から見るとどこか現実味がない。
そりゃこんなのが騎士団の団長をやってればそれだけで士気は上がるし国民も安心を得るだろう。
まったく……俺達フィーゼント帝国にとってルイス・パーバディは邪魔でしかないわけだ。
最初に悪い、と言って登場したわりに、あまり悪びれている様には見えなかった。
多少は頭を低くしている様に見えなくもないが元々が大男だからな。
壇上へ促されて堂々とステージ中央に立つと、もうずっとそこに居たかのような存在感を放ち、まずはにっこりと微笑んで見せた。
「諸君! 入学、おめでとう!」
褐色の肌から真っ白な歯をのぞかせて笑うルイスは、その巨体に似合わず、なかなかに甘い顔をしていた。
確かまだ独身だと聞いたが、この顔と地位があれば女なんか引く手あまただろう。
ま、どうでも良い事だが。
「いや~、遅れちゃってごめんね。今日は将来、俺と一緒に国を守る事になる君達に会えると思ったらなかなか寝付けなくてね~」
おいおい。遅れた理由はつまり寝坊かよ。それを正直に言うのはある意味舐めている。
「間にあって良かった! と言っても、もう散々大人たちの長話を聞いて君らも飽きて来てると思うんで、俺からは特に無し……ってわけにもいかないんで~、まぁ手短に……」
こういう奴だったのか……。
大嫌いなタイプだ。
奇跡的な才能を持ちながら、それを鼻にかけず気さくですアピールか?
冗談も言えますってか?
全然笑えねぇよ。取り巻きにもてはやされて笑ってもらってその気になってる寒い奴。いるいる。馬鹿な女は団長って偉いのに偉そうじゃない素敵~ってな。
ある意味やりやすい。
俺みたいに、長期潜伏型で内部からの崩壊を狙う任務を課される場合は、その年月が人を変えてしまう事が懸念される。
しかし心情が変わったところで逃げようはないからな、お前が嫌いなタイプで助かったよ、ルイス……。
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