第18話 雑用係

 予期せぬ展開に落ち込んでいるのかと思いきや、リロはやる気満々で入念にストレッチに励んでいる。


「はぁ。どうして暗黙の了解で全員参加みたいになっちゃったんだろう……」


 その横でユーリィがやる気なさそうに屈伸をしているが、リロはユーリィに噛みつく様な視線を向けてこう言い放った。


「ごめんねユーリ! 私は相手が誰でも……ユーリでも勝ちに行くから!」


「いっ……良いよリロ。私リロと当たったら負けてあげるから……」


「負けて……あげる……? お情けって事?!」


 あ、怒った。


「頂戴するわ」


 もらうんだな。


 しかしあの感じだとユーリィはリロよりも体術に自信があるんだろうか。

 あの眼鏡の大人しそうなユーリィが、強靭な肉体以上に精神面が重要になって来る体術が向いている様には見えないが。


 何にしても……今回は見学だけだが気楽に見ていられる気がしない。

 そもそもリロに勝ってもらわなければ俺がクラス委員をやる意味はないんだからな。

 各自ストレッチに勤しむ女生徒たちを、アルバンが満足そうに眺めている。

 こいつはとんだ食わせ物だ。結局優秀なクラス委員を選出する為に、リロは良い餌にされてしまったワケだ。


 強いイコールクラス委員としての能力がある事には当然ならないが、少なくとも全員が納得する形を作り、これだけクラスに活気を出させたんだからやはり侮れない。


「は~い、じゃあそろそろ良いかな? 一回戦を始めますよ~」


「行って来るね」


「負けないでねユーリ!」


 そう言ってユーリを送り出すリロ。

 負けてもらう約束が出来ているので一人でも多く勝ってもらいたいだけなんじゃないか。


「始めっ!」


 ユーリィの対戦相手は女子にしては体格が良いように見えた。背も男子と変わらないくらいにある。

 対するユーリィは平均と比べても小柄。この体格差を埋めるにはやはりスピードを活かして自分の間合いを作り……。


「てぇぇい!」


 いや、思ったより相手が動けるタイプだな。簡単に間合いを詰められてしまったがとにかくいなして一旦離れればあるいは……。


 ドサッ!


「やったー! ユーリ! さっすがぁー!」


「はいはいリルベリー、いちいち騒がない事~」


 ユーリィの対戦相手は、ユーリィに指一本触れる事もなく倒れた。

 一気に間合いを詰めた相手に対し、ユーリィは体勢を崩す事なくその場から下突きを繰り出していたのだ。

 それも、一撃で仕留められる程の強烈な下突きを。

 あの体格で一撃必殺の突きを出せるのは相当に力の使い方がうまい。攻撃ポイントも正確でなければあり得ないだろう。

 それにユーリィは加護付きだ。加護不使用の試合で加護付きにこんな負け方したら俺なら立ち直れない。


「ありがとうございました」


 涼しげな顔で試合場を後にするユーリィ・マシオ。

 ちょっとこいつより強いのはこの中には居ないんじゃないか。

 リロには負けてくれると言うのならリロのクラス委員もどうにかなるかも知れない!


 ……なんて、思い返せばあの一瞬、浅はかな事を考えてしまった俺が恥ずかしい。

 そう、それはリロが決勝でユーリィにあたる事が前提の話しである。


「アッシュ君、次の授業用の刀剣が足りないみたいだから職員室に申請に行って欲しいって頼まれたんだけど……」


「ああ、やって来ますので日誌の方をお願いします」


 俺は今、ユーリィとクラス委員と言う名の雑用係をやっている。つまりは、そう言う事だ。

 リロは弱くはなかったと思う。しかし、禁止されていた精霊の加護が勝手に発動して一回戦で早々に反則負けになったのだ。


「私がやってくるよ!」


 しかしリロは、俺に申し訳がないのか、クラス委員の仕事がある時はいつも放課後一緒に残って何かと手伝いたがった。

 結果、ボッチ上等と決め込んでいた俺の学校生活は、加護付きでありながら体術でも敵なしのユーリィと、相反する二つの精霊の加護と、誰もが振り返る美貌を持つリロ、この二人に囲まれて過ごす大変華やかな事態になってしまった。


 そして俺自身も、あの剣術トーナメントのお陰で正直モテている。


 時々顔を出しに来るザカエラに報告する度、あいつは頭を抱えたが、最近じゃもう『告白された』くらいじゃ驚かなくなっていた。

 それでも、毎回必ず深入りしない様にと言う一言は付け加えられる。

 言われなくても、俺の方から深く関わるつもりはないんだよ。

 この任務に失敗したら自分がどんな目にあうのか……散々教育されて来たし、そうじゃなくてもあの国で暮らしてりゃ想像も付く。

 特に野望もないが死にたくもないからな。


 俺の報告に加え、今アッシュがトアナでどうなっているのか、ザカエラがその近況をどこか嬉しそうに報告するのも定例になって来てる。

 どうやらアッシュは、ある植物園で雑用係として無事に働き出した様だ。


 そして、二ヶ月も過ぎただろうか、初めての座学のテストが帰って来た頃、俺に大きなチャンスが巡って来たのである。


「え~、今から言う事は非公式な学校行事になります。良い案件があったのでこのクラスでやってもらいましょって事になりました~」


 相変わらずの調子でアルバンが生徒たちに話し始める。

 非公式な学校行事……?


「来週、騎士団がある任務に付くみたいなんですが、なんか簡単そうなんですって~。丁度ね、団長の予定も空いてるって事なので、この任務、団長と、学校の成績上位者三名で行ってもらう事になりました~」


 教室がどよめく。

 任務の内容はまだ明らかにされていないが、騎士団が赴くはずだった任務に、まだ学生の、騎士見習いを連れて行くと言うのか。


「でも困った事に、まだ総合成績上位者出せる程クラス合同の試験とかやってないじゃないですか~? それでね、団長に私のクラスからで良いって任されちゃったんですけど、最初にやった剣術トーナメントと体術トーナメントの優勝者で良いかなって思うんですよ。男女で別けてやったので文句がある人は各自挑んで下さい、私に言われても面倒くさいんで」


 だいぶ適当に聞こえるが実際剣術と体術においては男女混合でトーナメントをやっても結果は変わらないんじゃないか。

 俺が体術でもトップになるだけで二位はユーリィだろう。

 ま、目立つことはしない主義なので一位は譲るが。

 それよりも今回はアルバンが任されたと言うが、他のクラスからの異議が出ないかどうかの方が心配だろ。団長とコネクションがある講師が担任になった方が明らかに有利じゃないか。


「で、あと一人は今から返すこの座学のテスト、これの優勝者にしま~す!」


「えっ?! やったああああ!!」


 隊を編成する際に軍師役は必須。座学が重要視されるのは分かるが、この発表に自信ありと声をあげたのは意外や意外、リロであった。

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