第20話 非公式行事

 何となくユーリィとは気まずい雰囲気ではあったが、常に真ん中にリロが居る状態なので今までとそう変わらない日々が過ぎ、とうとう学校の非公式行事の日を迎える。


「おはよう! 成績優秀なお三方!」


 学校校庭集合、早朝五時。

 目の前にルイス・パーバディが居る。

 朝からどこか暑苦しい挨拶に神経が刺激され、今ここでこいつを殺せばすべて終わりに出来ると、覚醒しきっていない脳が判断を間違えてしまいそうだった。


「おはようございます! ルイス団長!」


「おはようございます。本日はどうぞよろしくお願いします」


 リロとユーリィがそれぞれ挨拶をして思い出す。

 ああ、俺も挨拶くらいはしなきゃ。


「おはようございます」


「何だかまだ眠そうな奴も居るけど気合入れてけよ~? なんせ今日は敵国のフィーゼントに奇襲しに行くんだからな!」


 なっ……!


「ええええーっ!!」


「ははっ! 良いリアクションだぞリロ~。まぁそれは冗談! たった四人で行くわけないだろう? 今日は俺に同行して俺との連携を学んでもらうのが目的だ」


 つまらない冗談のお陰ですっかり目が覚めた。

 やっぱり今ここでこいつを殺したい。そう間違った判断じゃない筈だ。

 だが……あくまでこいつは最終目的だからな。


「成績優秀者は第一小隊に配属される可能性が高いが、要は相性だからね。配属後の異動ももちろんあるけど、俺それ好きじゃないからさ。今後も学校にワガママ言わせてもらって何度かこう言う機会は作ってくつもりだからよろしくな」


 なるほど、ルイス班では異動がないってのはこう言う事か。


「私、絶対このままルイス班に入ります! で、団長、本当は今日は何するんですか?」


「うん、今日はマジに簡単な任務だ。北西の森で大量のペグーが発生したらしく、旅の行商人が襲われた。まだ子供のペグーだったからそいつは何とか生きて帰って来られたけど、ここのところ頻発してる行商人行方不明事件はおそらくペグーに襲われたんじゃないかって話になってな、大本を叩きに行く」


 なんて事なさそうに任務内容を説明するルイスだが……一体それのどこが簡単な任務なんだと言いたい。


 ペグーとは小型ドラゴンだ。

 そしてそいつの大本と言ったらオスとメスで常に番で行動している筈である。

 たった四人で、小型とは言えドラゴンをニ頭討伐しろってのか。


「ペグーが番で行動するのは知ってるな? 俺が両方討伐する予定だから、それを邪魔しないように子供のペグーの掃除が君たちの仕事だ。やれる?」


「はい!」

「はい」


 なるほど。

 ルイスならペグーの一匹や二匹まとめて出て来ても問題ないよな。

 子供ペグーがじゃれついても平気だろう。

 むしろ見習い三人は邪魔にしかならないだろうが、あくまで連携を学ぶのが目的と言うなら納得だ。


「おーいアッシュ、まーだ寝てんのか? お前もやれるか?」


「あ、はい!」


「おし、じゃー報告のあった北西までは俺の竜車で行く。俺が手綱を取るから全員もう乗っちゃってくれ~」


 随分と立派な竜車があるなと思っていたが、ルイスの持ち物だったとは。

 ペグーよりももっと小型で、二足歩行のリオライが繋がれている。

 今のところ人に慣れるドラゴンはこいつだけだが、さすがに初めて会った人間に手綱を取らせる程人間が好きと言うワケではない。

 なので個人で竜車を持つ場合は御者を付けず自分で手綱を取るしかないのだ。


「ペグー討伐隊、しゅっぱーつ!」


 ルイスが高らかに宣言すると、リオライは発達した後ろ脚で地面を蹴って走り出した。

 ぐんっ! と一気に加速する。

 リオライが小型とは言え、肩高は一・五メートル以上でその後ろ脚は筋肉の塊だ。その中でもこのリオライはかなり立派な個体な様である。

 地響きを鳴らしながら、まだ朝靄の掛かる街を爆走するのはどうにも迷惑な話しだろうな。


 三十分ほどで街中を出て、その後しばらく竜車を走らせると朝靄が晴れた頃には目的地に到着した。

 隣り町へと続く道はペグーの発見された森の中を通る。

 ある程度の道は行商人達が年月をかけて作って来たわけだがまだ十分とは言えなかった。

 だから時々こう言った報告が入るし、騎士団の出動もある。


「これ以上進んで万が一竜車がやられたら面倒だから、君達ここから森へ侵入してペグーが発生してるところを探して報告に来てね。俺ここに居るから」


 ルイスは手近な木に竜車を繋ぐと、また竜車に乗り込んで両腕を上に伸ばしながら言った。

 つまり……別行動だと?

 俺はともかく、まだ見習いの騎士団候補生に万が一があったらどうするんだろう。信じられない。


「分かりました! ねぇねぇ私リーダーやって良い?」


 リロが元気にルイスに返事をすると、すぐさま俺達に向き直って小声でリーダーになると言い出した。


「ふふっ、良いよ」


 ユーリィが微笑ましいものを見る様な顔で承認し、俺もどうでも良いのでこう答える。


「お好きにして下さい」


 俺達のリーダーになったリロは大いに張り切り、何の疑いも持たずに森の中へ入って行く。

 ルイスに対するこの盲信はいかがなものか。


「子供のペグーに襲われたって事はさ、その行商人さんが奥地へ迷い込んだとかではない限り、割と近くに巣があるって思って間違いないよね?」


「そうだねぇ、ルイス団長は何も言わなかったけど、いくつかあるルートの中でこの道の手前を選んだって事は、もうこの辺って言う目星だけは付いてるんじゃないかな」


 さすがにそうだろうな。何の目星もなくこの森へ放り込んだとしたらあまりに無謀過ぎる。


 ペグーは本来薄暗くて湿気の多い所を好む生き物だ。

 俺達はなるべく日の当たらない方へ当たらない方へと足を進めた。


「この辺り……何だか風の流れが違うみたい」


 ユーリィがかざした右手にはそよそよと弱い風が渦巻いている。ユーリィの風の精霊が、風の流れの変化を教えている様だ。


「と言う事は……近くに岩壁があるとか、地形が変わってるところがあるって事かしら」


 リロの問いにユーリィが頷く。


「そしてもしその岩壁に洞窟でもあったなら……ペグーの巣としては絶好の場所になるでしょうね」


 俺もそう付け足してやるとリロはもう両腕を走れる格好にして言った。


「なるほど! そうだ! きっとそうだね! 行こっ!」


「うん、でもリロ~、走って行くのはやめよう~? 何かあった時に息切れしてたら大変でしょう?」


 今にも走り出しそうなリロにしっかりとユーリィが釘を刺す。


「わっ……分かってるよぅ!」


 そうしてユーリィの風の精霊に先導され、一応の道を外れてガサガサと草木をかき分け進むと、予想通り岩壁にぶち当たった。

 更にその岩壁沿いを調べると、これまた予想通り、ペグーの巣におあつらえ向きの洞窟があったのだ。


「これだ……きっとこれだよ……」


「その可能性は高そうです」


 確認の為に中へと足を進める。そう歩かないうちに証拠は出て来た。ペグーが食い散らかした、草食動物の骨だ。

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