第21話 反則的強さ

「もうこれで十分じゃない? ルイス団長に報告に行こうよ」


 ジメジメとした薄気味の悪い洞窟に転がる骨。それを見てカワイイ~! などとなる筈もなく、ユーリィは怯えた様にそう訴えた。

 ごく普通の女子の反応だろう。しかしリロは違った。


「まだだよ。まだペグーの姿を発見したわけじゃないもん。もう少し進んでみよう」

「うう……」


 勇ましくそう言うリロに何も言えず、ユーリィは眉毛をハの字にして必要以上に辺りをくるくる見回している。

 ユーリィなら子供ペグーの一匹や二匹簡単に蹴散らせる程の一撃があるだろうに。実戦でそれが使えるかどうかはやはり経験が物を言う様だな。

 今のユーリィにあの一撃が出せる精神力があるかは微妙だ。


 そこから少し進むと、洞窟の天井からぴちょぴちょと水滴が落ちてくる。

 外からの光はだんだん弱くなって来るが、その代わりに特殊な鉱石が青白く輝き、行き先を照らしてくれていた。


「んっ……!」


 天井の水滴が丁度首筋に当たり思わず声が出る。

 無意識に天井に目を向けるとそこに……子供のペグーが這っていた。

 それも一匹や二匹ではない。

 弱肉強食の世界においてペグーは決して強くはない。

 おそらく一回の産卵、孵化で二十から三十のペグーが産まれる筈だ。

 それ相当の数が音もなく天井を這っているのだ。


「おい……」


「きゃああああああ!!」


 俺が声を掛ける前にユーリィが気付いて悲鳴を上げた。


「おいおいおい!」


「むぐっ!」


 慌ててユーリィの口を塞ぐが時すでに遅し。


 べしゃっ!

 べしゃべしゃべしゃっ!


 と、ユーリィの声に刺激されたペグーが濡れた地面に次々と降って来る。


「いっ……居た! 子供ペグーいっぱい!」


 この状況にリロが喜々としてそう言う。

 落ちて来たペグーは自然と俺たちを囲み、俺達はじりじりと中央に追い込まれる形になった。

 ある程度育っているが成体にはまだまだといったサイズだ。

 肩高が俺の腰くらい、小型ドラゴンとされているがどちらかと言うと巨大なトカゲみたいなペグーの皮膚はぬめぬめとした粘膜に覆われている。


「あれに触ると身体が麻痺するってのは知ってますよね?」


「もちろん知ってるよ、ただし成体になってあのぬめぬめにもっと青みが帯びてからしいけど、まだ大丈夫みたい。……て事は、いけるね!」


 いける……とは?

 思わずユーリィと顔を見合わせる。


「幸い親ペグーも居ないみたいだし、子供ペグーを一掃して帰ったら団長褒めてくれるんじゃないかな?!」


「えええ~?! もう十分だよ! ちゃんとペグーが居るとこ見つけたじゃない!」


 ユーリィの言う通りだ。

 だが、ルイスに報告に行くにしても、この囲まれた状況をどうにかしない事にはそれさえ出来ない。

 それに……、どうも少し違和感がある。


「ユーリィは援護で良いから。私が火で……」


「うわわわわぁ~! 来たぁ~!」


 最初にリーダーをやると言ったからなのか、リロはその場を仕切ろうとしたが、ペグー達はそんなもの待ってちゃくれない。

 じりじりと距離を詰めていたペグーだが、そのうちの一匹が急に距離を詰めた。

 四足で滑る様に襲い掛かるので早々に俺も抜刀する。

 ギリギリまで引き付け、脳天に愛剣を突き刺す。それで終わりだ。うーん、やっぱり違和感。


 シャーッ!


 と、まるで気の立った猫みたいな声で威嚇しながら、他のペグーも襲い掛かって来る。

 どちらかと言えばトカゲ、と言ったが、ペグーが小型ながらもドラゴンと分類されるのにはトカゲとの大きな違いがあるからだ。


「リロ! 上から来るよ!」


 援護役となったユーリィがリロに指示を出す。

 まだ天井に残って居たペグーが翼を広げてリロの方へ滑空して来たのだ。

 そう、トカゲとの決定的な違い。

 こいつらには翼がある。


「うえ?」


 ボッ!


 ユーリィが指す方をリロが振り返ると同時に、そのペグーは炎に包まれていた。

 ペグーはそこから真下へ落下し、耳を塞ぎたくなる様な鳴き声をあげて暴れ回る。実際、ユーリィはその光景に目も耳も塞いでしまった。

 リロは炎に包まれたペグーに走り寄り、俺の愛剣よりも随分細い、刺突向きの剣で止めを刺した。


「いっ……いよーっし! このまま一掃しちゃうーぞっ!」


 果たしてそれはリロの意思だったのか精霊の暴走だったのか、定かではないがこれだけは言える。リロは、反則的に強い。


 剣術も体術も弱くはない程度だったが、その火の精霊の力は凄まじい。

 まとめて襲い掛かるペグーに視線を投げただけで火だるまにしてしまう。

 しかし火力が強過ぎてこちらとしてはペグーよりもリロの炎に気を付けなければならない状況だ。


「リロッ……もうちょっと火力抑えられませんか」


「やってるよぅ~」


 そうか。やってるのか。

 はぁ……。

 つまりやっぱりこれって、半分ただの暴走か。


 シャーシャーとうるさいペグーをいなしながらそう思う。

 しかも火力は抑えられるどころかどんどん増しているような気がするんだが……。


「てええええぇぇい!」


 縮こまるユーリィとは対照的にリロ自身のアドレナリンも増している。

 戦闘になると人格が変わるタイプってのは珍しくない。

 お陰でペグーはみるみる片付けられて行くが、どうもこの洞窟自体にも衝撃を与え過ぎている。

 発光する鉱石が削られ視界も悪い。


「まずい……リロ! 数も減りましたし炎禁止です! 後は僕が……ってリロ!」


「そいやぁーっ!」


 空中で炎に包まれたペグー目掛けてリロが高々とジャンプする。

 ペグーよりも高く飛び上がり、ペグーを踏み付け更にジャンプ。

 天井に這ったままのペグーまでも仕留めた。


「やった!」


 そしてそのまま、踏み台にしたペグー目掛けて踵を落とす。

 物凄い勢いでペグーもろとも地面に衝突したと思ったら、あろう事か、ピシリと地面が割れたのだ。


「……ん?」


 ボコッ……!


「リロ! もう一回飛べ!」


 咄嗟にそう叫んだが、リロが忠告通り足を踏ん張ったところへ、さっきリロが仕留めた天井のペグーが落ちてくる。

 もろくなっていた地面に、リロとペグー二匹分の重量と衝撃が加わり、リロの身体がそのまま下に落ちているのがスローモーションで見えた。

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