第22話 光の方へ

 おそらく下が空洞になっていたのだろうと言う事は分かる。

 ただそれがどれほどの深さなのかは分からない。

 俺の身体は考えるより前に動いていた。


「リロ! アッシュ君!」


 だが、リロの落下を止める事は出来なかった。

 それどころか、俺はまんまとリロと共にその空洞に飲み込まれていく。

 ガラガラと足場が崩れる音と共にユーリィが叫ぶのが聞こえた。


 ああ、クソ……!


 落下地点を確認したいが真っ暗で何も見えない。

 とにかく体勢を立て直してリロの下に回り込めればと俺は愛剣を手放した。


「きゃあああーっ!」


 リロが悲鳴を上げると俺は急に息が出来なくなった。

 自分の不甲斐無さにとかではない。物理的に出来ないのだ。


「がぼっ……!」


 吐く息がそんな音を立てる。

 そう、まるで水の中にいるみたいな音……。

 て、おいおい、これは本当に水の中じゃないか。リロの精霊の力か!


 バッチャーン!!


 派手な水音と共に、背中に鈍い痛みが走った。

 幸いそう深さはなかったらしく、水の玉の中に居た俺はそのまま水ごと背中を打ち付けたのだ。


「アン! アン大丈夫?!」


 そこそこの衝撃だったのでしばらく起き上がれないで居ると、リロが炎を片手に駆け寄って来たのが分かった。何とか上半身を起こす。


「いって……ああ、まぁ大丈夫、です」


「ほっ……本当?」


 そう言うリロは極めて無事そうだ。濡れてもいない。水の精霊がリロを守ったのだろう。

 ついでに近くに居た俺も巻き込まれたが、特に恩恵は受けずに濡れただけ……いや、多少水のお陰で衝撃は弱まったな。


「リロー! アッシュくーん! 無事なのーっ?!」


 俺達が落ちた穴からユーリィがこちらを覗き込んでいる。

 この感じだと十メートルくらいは落ちてしまっただろうか。


「ユーリ! 無事だよ! 生きてるよ!」


「良かったー! ひゃあ!」


 ユーリィの顔が穴から引っ込んだ。

 だいぶ片付けたとは言え、上にはまだ子供ペグーが居る。

 しかしこの高さをどうにかする術を悠長に考えるよりはさっさとユーリィに撤退してもらってルイスに報告した方が良いだろう。


「ユーリ! 大丈夫?!」


 顔が見えないままユーリのひゃぁ~と言う声が届いて来る。


「ユーリ! どうしよう、ユーリ一人じゃ……逃げてユーリ!」


「ユーリィ! 聞こえますか?! 一人じゃ無理です! ルイス団長に報告に行って下さい! 出来ますか?!」


 しばらく上を見上げたままユーリィの返事を待った。

 ペグーが相変わらずシャーシャー言っているが、ハッキリ「分かった」とユーリィの声がして、それはだんだんと小さくなった。

 ユーリィを追っているのか、ペグーの威嚇も聞こえなくなって、リロの息遣いが聞こえる程の静寂が訪れる。


「大丈夫かな……」


「大丈夫でしょう」


 実際にそう思う。

 しばらく一緒にクラス委員をやって良く分かったがユーリィは慎重で、判断力も優れている。

 そして従順に動く風の加護も付いているのだ。

 いざとなればどうにか出来る手段をたくさん持っているだろう。

 逆にこちらの心配をしている筈だ。


 それよりも……こんなところでルイスの助けを大人しく待っていなきゃならない状況の方を俺はどうにかしたい。

 これでルイスに幻滅されてルイス班に入れないなんて事になったら後々の任務が面倒だ。


「おかしいと思いませんでしたか? リロ」


「えっ? 何が?」


 俺は手放した愛剣を拾い上げ、こうリロに投げかける。


「旅の行商人は、子供のペグーに襲われたって言ってましたよね?」


「うん」


「さっき僕達を囲んだあの子供ペグー……やっと一人で狩りが出来るかどうかってくらいまでしか育ってなかったと思いませんか?」


「言われてみれば……。こんな奥にいっぱいで身を寄せてるって事は、まだ親ペグーにご飯もらってる段階?」


 俺は黙って頷いた。


「そんなペグーに行商人さんは襲われた?」


「だからおかしいんですよ。この道を行き来する行商人ならある程度武装もしている筈です。数が居たからさっきは手こずりましたけど……あれに負ける要素ありますか? 武装した行商人があのサイズの子供ペグーを追い返せないとは思えません」


「むむむ! 確かに!」


 リロのわざとらしいリアクションに少し挫けそうになりながら俺は続ける。

 つまり、ルイスに報告するべきはここの巣じゃない。

 もちろんここはここで対処が必要だが、もっと別の場所に本来見つけなきゃならないペグーの巣があるのではないかと。


「そうかも知れない!」


「でしょう? で、とりあえずですが、炎を消してみて下さい」


 一瞬不思議そうに首を傾げたリロだが、言われたままに手の平に乗って光の代わりをしている精霊の炎を消した。


「あ……あっちに……」


「ですね」


 すぐに光が差している方向が分かった。このまま光の方へ歩き続ければここから出られるだろう。


「ここだって何かの巣だって可能性があります。ここを調べながら光の方へ歩きましょう。手柄、立てたいんでしょう?」


「……うん! ありがとうアン! やっぱり優しいね!」


 お礼を言われる事では全くない。リロの為じゃなくて俺もルイス班に入れる程度には褒められとかなきゃだからな。


「行きますよ」


「うんっ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る