第23話 ペグーとパダー

 光は差しているとは言え、もう一度リロの炎を出し足元を照らしながら進む。


 上の階層と違って自力発光する鉱石もない。

 なので余計に不気味に感じるが、ここが万が一何かの巣だったとして、ここまでの暗闇を好む強い種類の生き物はそう居ないし問題ない。


 例外としてパダーかな。

 あの大型ドラゴンの生態は確かこう言う薄暗い洞窟で子育てをしていた筈だ。

 ここがパダーの巣で、子供パダーが狩りの練習に人を襲える程度まで成長していて、更にもし親と出くわしたら最悪なパターンだな。


「ん? アン何か踏んだ」


 パキッという音がしてリロが立ち止まる。

 リロの炎でそれを照らすと、それは卵、孵化した後の卵の殻であった。

 欠片を拾いあげる。随分立派な殻だ。


「ペグーのじゃないみたい」


 その辺りを調べてみると、明らかにその卵の殻は大型ドラゴンのそれである。

 しかもだ、どうやら数は三つ。パダーが一度に産む卵の数も三つ。

 これはもしかしたらさっき考えた最悪パターンのうちの一つをクリアしてしまったんじゃないだろうか。

 そしてもし、子供が人を襲えるくらいまで成長していた場合、この光の先に居る事になる。


「ねぇアン……ペグーとパダーって、似てるね」


 リロも同じ事を考えていたらしい。

 そう、実物は似ても似つかないが、発音と文字表記がこの二種類のドラゴンは似ている。


「僕も同じ事を思いましたよ。バカバカしい話ですが、ペグーとパダーを間違えて報告されている可能性が……無きにしも非ずですね」


「んっもぉ~! なんでそんなややこしい名前にしたのよぉ?!」


 知るかよ……。ま、全く同意見だがな。


「つまり……子供パダーをやっつけないとダメって事かぁ」


「は?」


「ん?」


「いやいやいや、子供とは言えパダーに手を出す気ですか? パダーがどんなドラゴンか知ってますよね?」


「もちろん知ってるよ」


 そう、知っている筈だ。座学が得意なリロなら当然これくらいの知識はある筈だ。しかし、それでパダーに手を出すって事はやっぱりその知識が活かせていない。

 アホだろ。


「子供とは言え大型ドラゴンに手を出すべきではないと思いますけど。たぶんもう僕達より遥かに大きくなってますよ」


「子供だからこそまだ私達で何とか出来るよ! これが大きくなったらまた人を襲うし、討伐も困難になるでしょう。その正義感から私達は無茶しちゃうわけ! 無茶しやがって……って団長が来て褒めてくれるわけ!」


 頭を抱えたくなった。

 いやもう抱えていた。

 こいつの原動力は全部ルイスありきかよ。勉強が出来るくせにとことんアホ! しかも人を巻き込みやがって。


「あのなぁ、パダーの生態が分かってたらなんでやっつけるなんて発想になるんだよ! こっちはそんな大型とやり合う準備はして来ていないんだぞ? あいつらの鱗が容易に剣を弾く事くらい分かってんだろ!」


 リロの、ルイスに褒められたいと言う幼稚な動機が腹立たしくてつい声を荒げてしまう。


「もちろんそれも知ってるよ! それと……」


 リロが手のひらの炎をひときわ輝かせた。


「パダーの鱗を炎で弱体化できるって事もね」


「…………」


 そうか……。

 確かにそれも一理ある。

 加護がない俺にはそれ相応の武器を用意すると言う方法しか考えていなかったが、確かにリロの炎があればどうにかなるのかも知れない。

 だけど……。


「……炎のコントロールはちゃんと出来るんだろうな?」


「……それは頑張る……」


 リロの炎が小さくなった。

 ある程度出来るのは分かっているが、さっきみたいに興奮状態になったら安易に俺も一緒に焼かれるんじゃないだろうか。


「まぁ良い……分かった。ちょうど全身ずぶ濡れだし大丈夫だろう。俺が焼かれるより先に斬ればいいんだ」


 光の方を目指さなければ外へは出られない。

 しかしその方向には確実にパダーが居るだろう。

 そしてパダーと対面したら反対したってこいつはやる。だったら覚悟を決めてやるよ。


「うん! 私とアンなら! 絶対に大丈夫だよ!」


 自身の炎でうっすら浮かび上がるリロの笑顔に、簡単にその気になってしまう自分の愚かさを後でうんと思い知るのだろう。

 そこまで分かっているのにもう後戻りは出来ない。


 再び光の方へと歩みを進める。その光が、チラチラと何かに遮られる瞬間が何度もあった。

 最悪パターンの一つ、子供パダーがかなり成長していると言うのはもう疑いようもないな。

 その巨体が動くたびに光が遮られているのだろう。


「アン……どうしよう……ドキドキして来ちゃった……」


 その気配に気付いてリロが小声で訴えてくる。


「やめるんなら逃げる方向で動くけど?」


「やめないよ」


 グゥ……グルルルルル……


「ふぁっ?!」


 勇ましくやめないと宣言した直後にリロは情けない声を上げた。

 光の方から何かが喉を鳴らす音がする。明らかに大型ドラゴン、パダーだろう。


「今のって、子供パダー?」


「分からない……もしも親が一緒に居るならさすがに逃げる。ただ子供だけだったとしても、今のあの音、想像以上に成長してるぞ」


 グゥルルルル……

 ブフーブフー……


 どんどん気配に近付いて行っている。

 もう鼻息も聞こえるし、どこから光が差しているのかも確認できた。逆光で黒い影にしか見えないが、確かに三体のパダーも居る様だ。


 強靭な鱗、長い尻尾、発達した顎が特徴の大型ドラゴン。

 成体だと全高が四メートルにもなるが……影からするとまだ半分に満たないくらいか。


「リロ、もう炎消せ。奇襲で一体仕留めよう」


 黙って頷き、リロは手のひらの炎を消した。あいつらもすでに何かの気配に感付いている様だがまだ俺達の位置を把握してはいない様だ。

 突出した岩の陰に隠れて様子を見る。

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