第24話 母親のご登場

「よーし、私こっそり近付いて行って一番手前に居る子を弱体化させてくるね、アンはその炎が弱まったら急所を狙って」


「随分簡単に言うけど大丈夫なのか?」


 リロはただ力強く頷いて俺を安心させようと努めた。

 そして次の瞬間には軽快に走り出し、足元まで一気に近付く。


 パダーはまだ見当違いの方向を向いているが奥……洞窟の出入り口付近にいるパダーの方が気付いた様だった。

 リロに向かって激しく咆哮する。


「これがまだ子供だってんだからな……」


 耳をつんざく様なその咆哮に思わず声が漏れる。

 リロは構わず、宣言通り一番手前のパダーに向かって……手を掲げるでも声を出すでもなく、ただ見ただけで全身を炎で覆ってしまった。


 一気にここまで火力を出せるとは正直恐ろしい。

 辺りは途端に明るくなり、岩かげに隠れていた俺のところにまで熱風が届く。

 その風に逆らう様に俺も走り出した。


 さすがにもう一体も気付いている。

 リロはちらりとこちらに視線だけ送ると残り二体のうち近い方のパダーへまた走り出した。このまま一気に片付けるつもりか。


 炎に巻かれたパダーは大いに暴れ、闇雲に身体をグルグルと振り回している。

 鞭の様に尻尾が身体に付いて行くが、その尻尾が巻き起こす熱風さえも肌を焼くのだ。


「強力過ぎだ……」


 これなら、心許ないが俺の愛剣で地道に斬り刻んでやった方が時間は掛かるが安全だったかも知れないな。


 今更だ、と、迫る尻尾に刃を向けた。

 その鱗の性質上、炎で脆くなったパダーの尻尾は気持ち良いくらいするりと刃を通し、切断された尻尾がその遠心力で吹っ飛ぶ。

 そして尻尾を失ったパダーはバランスを崩し余力で回転しながらずしゃとその巨体を地面に擦り付けた。

 まだ炎に包まれたままのその身体に飛び乗ろうとしてたじろぐ。

 どこに乗ってもリロの炎で覆われているじゃないか。


「くそっ……これじゃ……!」


 また立ち上がり、暴れまくるパダー焼く炎を呆然と眺めたが、ところどころ火力の弱い部分がある事に気が付いた。

 そこならいけそうだとようやく背中に飛び乗り、パダーの急所に愛剣を振り下ろす。


 強靭な鱗に覆われたパダーの、特に硬い鱗が密集するところ。

 背中のラインにそれはある。

 ここを突いてやればパダーの神経系を切断する事が出来る。

 身を守る為の鱗なのだろうが、炎で弱体化してしまえばここが急所だと丁寧に教えてくれている様なものなのだ。


 尻尾同様、刃はすんなりとその鱗を突き破る。

 パダーは動こうにも動けなくなり、その場でビクビクと震えるだけだ。 


「くっ……!」


 俺は素早く仕留めたパダーから飛び降り、地面を転げ回った。

 湿気で濡れた地面がジュージューと蒸発する音がする。


 リロは炎が弱まったらと言ったが、まだ二体も居るのだ。

 呑気な事を言っている場合ではないと突撃したワケだが……想像以上にリロの炎が強力だった。


 さすがにやり方を変えないと……と、リロの背中を視界に入れる。

 残りのパダーが二体ともリロに走り寄って来ている。 


 ズンッ!


 と、洞窟の向こうから地響きがして天井の水滴が一気に落ちた。

 同時に差し込んでいた光が遮られリロの炎で焼かれ続けるパダーの死体が浮かび上がる。


「?!」


 リロ目掛けて走り寄って来ていた二体のパダーは、明らかに今までとは違う声色で鳴きながら入口の方へ引き返した。

 パダー語は分からないがたぶんこうだ……。 


 お母さ~ん!


 つまり俺達は、最悪のパターンのすべてをコンプリートしてしまった事になる。

 リロもハッと身を強張らせて地響きの方を見る。

 ただならぬ気配に息を殺しているリロに走り寄り、俺は極力平静を装った。


「母親のご登場だな。入口にああ仁王立ちされちゃ逃げるにも一苦労しそうだぞ」


 入り口ギリギリのサイズの親パダーは、完全に俺達を視界に入れていた。

 我が子の数が足りない事にももしかしたら気付いているだろう。


 子供でも相当な威圧感だったが、こいつを目の前にしたらずいぶん可愛いもんだ。地面に喰い込む足爪は鋭く、双翼に付いた鉤爪はそれだけで一メートル以上ある。

 炎で弱体化する事には変わりないが、当然火力は倍以上必要になるだろう。

 リロにその火力を出す事が可能だとしても、間違いなくそこに突っ込んだら俺が焼け死ぬ。


「討伐は無理だ。逃げる事を考えよう」


「……分かった……アンは逃げて」


「はぁ?!」


 グガオアアアアァァーーーッ!


「…………ッッ!」


 洞窟全体を震わせるような成体パダーの咆哮は、否が応でも耳を塞いでしまう迫力だった。

 それだけで見えない衝撃波が襲って来て体力を奪われた感覚になる。

 こんな化け物の所に何で置いて行けになるんだよ。


「ダメだ! 一緒に逃げる! いざとなったら俺ごと焼け! 走るぞ!」


「でっ……でもっ……!」


 尚も何か続けようとするリロの腕を無理やりに引っ張って俺はパダー、もとい洞窟の出口に向かって走り出した。


「アン! 私本当にアンごと焼いちゃいそうで怖いの!」


「だからそうして良いって言っただろ!」


「もっ……もしそうなっちゃっても! 私の子は私しか癒してくれないの!」


「ああ! そんな感じだな!」


 それぞれ特徴的な加護をもたらす精霊。リロの精霊はとことんリロにだけしか加護を与えない。コントロールもままならない。

 好きに暴走させれば、リロだけでもどうにかなる可能性は確かにあるが、そんな保証もないだろ。どう考えてもリロだけ置いて行ける筈はなかった。

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