第25話 激闘

 ギャオッ! ギャオッ! 


 親の咆哮を聞いた後だからか、随分と可愛らしい声を上げて子供パダーも親の足元でこちらを威嚇している。


「引き付ける! その隙に後ろへ回り込んで逃げろ!」


 突き飛ばす様にリロを横へ押しやって大声を上げる。


「うおおおおおお!」


 まんまと親子揃って俺に目を奪われる。後はリロが大人しく言う通りに動いてくれれば良いだけだ。


 親パダーの尖った顎が風を巻き起こしながら俺に迫る。

 余裕を持って横にかわした筈だが気付けばギリギリだ。

 予想以上のスピード……いや、パダーにしてみればただでかい顔をこちらに突き出しただけだろう。

 かわした先に子供パダーの一体がじゃれついて来る。


 さぁお前たち、狩りの練習をしましょうね。

 ってか。そう簡単に行くかよ!

 

 じゃれつく子供パダーの足元にスライディングで滑り込み、親パダーの目をくらます。

 そしてそのままの姿勢で腹に向かって剣を突き上げる。

 その重量と鱗でこちらの手首がやられそうになるが素早く引いてもう一突き。

 今度は鱗と鱗の継ぎ目を狙う。


 正確に、強く!


 えぐる様にその隙間に剣を潜り込ませ力任せに捻った。

 硬い……が、いける。

 鱗を引っ掛けたまま剣を引くと鱗に引っ張られた肉が引き裂かれ、噴射したパダーの体液が顔を濡らす。

 

 子供パダーはビクリと跳ね、俺を踏み付けようと両足を踏み鳴らした。

 当たらない様に身を縮めてはがれた部分に再度剣を突き刺す。

 ビシュビシュと大量の体液にまみれるが構わずそれを繰り返すと、ジタジタと踏みならしていた足が止まった。 


「ざまあみろ……」


 思わず口の端を吊り上げると、とんでもない圧迫感に襲われる。

 俺の愛剣を腹に咥え込んだまま、パダーが真上に倒れて来たのだ。

 真下に居たのだから当然だ。

 まずい!

 俺は剣を諦めて腹の下からの脱出を試みたが、うつ伏せの状態で完全に下半身がパダーの下敷きになってしまった。


「うぐあっ……!」


 見た目以上の重量に勝手に声が漏れる。

 そんな俺の顔の横ギリギリに、親パダーの顔があるではないか。


 突然視界から居なくなった俺を探していたが、我が子が急に動かなくなった。

 どうしたと顔を近付けていたのだろう。

 生暖かい鼻息が恐怖でしかない。

 こいつにとっては、このまま口を開けて飲み込んでしまう事も容易だ。


 しかし、パダーがすぐに口を開ける事はなかった。

 執拗に鼻息を当てられている。

 もしかしたら、大量に被った子供パダーの体液のせいで判断が鈍くなっているのかも知れない。

 愛しい我が子の一部だと勘違いしている?


 さてどう動く。武器は失った。リロはもう逃げただろうか。


「こっちよ!!」


 次の手を考えながらリロの身を案じたら、やはり言う通りに動かなかった事を知らされる。


「あの……アホ……」


 パダーが後方に居るリロを振り返る。

 もう良い、もうそれで十分だから逃げろ。そう叫んでやりたいがこの状況で大声を出せばぺろりと食べられて終わりの可能性もある。 


 ズンズンッ!


 方向転換をしただけで洞窟が崩れそうな程揺れる。

 パダーがリロに気を取られたお陰で鼻息攻撃から免れた俺は思いっきり両手を突っ張って子供パダーの死体から脱出を試みた。


「ふぬっ……ぐ……」


 少しずつ身体を引き出す。腰まで出るとあとは一気だ。無理やりに左足を地面に付けて蹴る様に脱出する。右足首はおかしな角度で潰された様で感覚がない。


 ドゴッ! ドゴッ!


 と、パダーが地面を啄んでいる。

 その下でリロがちょこまかとかわしているのが見えたがどれもギリギリだ。

 反撃出来る余裕はもちろん、背中を向けて一目散に走り出す事も出来ないだろう。

 血の気が引く。


「うおああああああああ!」


 また雄叫びをあげ、足を引きずりながら近付いて行くが、パダーをこちらに向けさせる事は出来なかった。

 その代わり、一体残っていた子供パダーが俺に突進してくる。

 お前に用はないってのに。


 俺は腰のナイフを抜いた。

 もちろん戦闘用ではない。これじゃパダーの鱗に当たった途端に折れてしまう。

 どれだけ飛べるか……。負傷した足で。


 パダーの突進に合わせて、飛ぶ! よし!


 着地点は、パダーの頭の上だ。

 これで仕留める事は到底出来ないが、とりあえずここなら鱗はないだろう!

 パダーの頭の上から作業用ナイフを眼球に突き刺す。

 案の定、ナイフは無事に突き刺さり、子供パダーはまた聞いた事のない声色で鳴く。


 ビャアアアアアー!


「最後まで生き残ったお前の良い子が、痛がってるぞぉ!」


 暴れまくる子供パダーに振り落とされない様に懸命にしがみ付く。落ちたら子供相手だろうがもうなす術がない。


 我が子の悲痛な叫びを聞いて、また大きな地響き立てながらこちらに方向転換する親パダー。良いぞ。お前らの相手は俺がする。


「アン!」


 俺がここまでやっているのに、一向に言う事を聞いてくれないリロが親パダーの後に続いてこちらに走り寄ろうとする。

 しかしリロは、来るなと言うまでもなく、先程パダーに啄まれて空いた穴に綺麗に落ちて下半身がすっぽり埋まってしまった。


「やっ……! もおぉ~!」


 こっちは真面目に戦ってるんだが……どうやったらそんな綺麗に穴にはまる? ふざけてるのか?


 あっと言う間に距離を詰めた親パダーの突き出した顎が迫る。かわせば落ちる。落ちたらやられる。これは……。

 もう衝撃に備えるしかない!

 ギリリと奥歯を噛みしめる。


「危ない! アン!」


 悲鳴みたいなリロの声。

 そうだ、焼け。

 このまま俺ごと出来るだけフルパワーで焼けば良い。

 仕留められないにしても逃げ延びる事は出来る筈だ……。

 炎が先か、顎が先か、どちらにしても無事では済まない。そう覚悟を決めた。……が……。

 俺を襲ったのは、そのどちらでもなかった。うねりながら迫る、巨大な……波だ。


「なんっ……! うっ……ぶふっ……!」


 洞窟内が水でいっぱいになった様で、俺と子供パダーはその渦に飲み込まれてそのまま奥へ奥へと押しやられる。


 くそ……出口が遠くなって行く……。


 前後左右、ワケが分からなくなるまで揉みくちゃにされているが、水に翻弄されている俺の手を誰かが握った。

 リロしか、居ない。

 どうなってるんだ。

 リロの水の精霊であることは分かるが、突然海に放り込まれて、もがいている所にリロが手を差し伸べてくれた様な、そんな光景だ。

 しかしリロは水中に居るとは思えない、髪が浮かび上がるワケでもなし、苦しそうに口を引き結んでいるワケでもない。まるで空を飛ぶように俺を引っ張り、子供パダーと引き剥がしてくれる。

 子供パダーだけがそのまま洞窟の奥まで押し流され、そしてだんだん、水位は下がった。

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