フェアリーグレイス
焼肉一番
プロローグ①
大胆だけど繊細で、豪快だけど小心者、基本的に感受性が豊かなリルベリー・シャンゼロロが、ルイス・パーバディの死に一滴の涙も見せなかった事は意外を通り越して不気味だった。
そのどうしようもない現実を受け止めきれず、ぶっ壊れてしまった……と言うのが一番近い気がする。
「うーん、どうやら護衛は門前に二人だけみたいね。可哀想だけど眠ってもらうわ。行くわよ? アン」
そう呼ばれたのは俺。
アシュバルト・アレン。
この可哀想な少女の、目下友人だ。
大抵の人間にはアッシュと呼ばれて居て、アンと呼ばれるのは女みたいで好きじゃないが……彼女だけがこう呼ぶ。その特別感は悪くない。
「本気でやるつもりなのか? リロ」
そして俺も彼女をこう愛称で呼ぶ事を許されているので良しとする。
「当たり前でしょう。チャンスは今夜しかないんだから! ユーリも良いわね?」
そう言ってリロは俺の後ろで眉毛を八の字にしているユーリィ・マシオの顔を覗き込む。
しかしユーリィは覚悟が出来ていないらしく、その眉毛がキリリと上がる事はなかった。
「もうやめようよリロ……。こんな事したって団長は生き返らないんだよ? 帰ろう?」
ユーリィは再三リロに同じ事を言っているが、リロは聞く耳を持たない。
一緒に来ないのなら一人で行くと言い出したリロを放っておけず、結局ここまで来てしまった様だ。
そんなユーリィの言葉を華麗に聞き流して、リロは再び物陰から前方のシェークスト神殿を見据える。
そこでは三日三晩、国の英雄ルイス・パーバディの葬儀が行われていたのだった。
そう、この偉大な英雄の死を嘆く者は何もリロだけではない。
ルイス・パーバディ。
建国以来、初めて四つすべての精霊の加護を受けて生まれ、今後彼を超える者は出てこないだろうと言われていた。
その強さと優しさで、この国をあらゆる災厄から守って来たのだ。
シェークスト神殿には今、国中の花が手向けられていると言っても過言ではないだろう。
その重厚な扉の両脇には神殿に入り切らなかった白い花が丘の様に積み上がり、月明かりで輝いている。
三日経った今でも、ルイスに花をとやって来る国民は後を絶たなかったが、明日とうとう埋葬する事となったのだった。
つまり……リロの言う通りチャンスは今夜しかないのだ。
ジャリッと足元の砂が音を立て、リロが護衛の一人に突撃した。
「リ……リロ!」
「行くしかない」
情けない声を上げるユーリィにそう言って、俺もリロの後ろへ続いた。
低い姿勢のまま一気に距離を詰める。
門番二人を眠らせるくらい、俺達にとって何の問題もない話だ。
俺もリロも、そしてユーリィも、シェークスト騎士団付属の養成学校に在学中でありながら、英雄ルイスの率いた第一小隊、別名ルイス班への所属がほぼ約束されていたのだ。
戦場に出た事もなければ出る予定もない、たかが一塊の城付き兵士がかなうはずもないだろう。
とは言え……門番達には何の罪もないし、なるべく痛くない様に……と、らしくもない事を思った瞬間だった。
正面突破の俺達に門番が気付き、リロは高々とジャンプしてその門番のテンプルに回し蹴りを叩き込んだ。
「うぐっ……!」
低く唸り、門番の一人が両脇の白い花に埋もれて消える。
門番はもう一人居るわけだが、リロはそちらには見向きもせず、神殿のドアノブ部分にしがみ付く。
もう一人はお前らで何とかしろと言う事なのだろう。蹴る時には無言だったのだが、リロはぬおおおおおと、およそその容姿からは想像も付かない気合の籠った声を上げながら力づくでその重厚な扉を開こうとする。
「なっ……何だお前らは?!」
一人ぼっちになってしまったもう一人の門番が恐怖を滲ませた声で俺達に向き直る。
言いながら腰の当たりを探るが、その腰にある筈のサーベルはすでにユーリィの手の中にあった。
「なっ? あ……あれ?!」
距離はまだ十分にあった筈だと思ったのだろう。しかし、ユーリィの持つ風の精霊の力を使えばそんな事は造作もない事だった。
混乱している間に俺は素早く門番の背後を取り、両腕を首に絡ませ軽く締め上げる。
「はっ……ふん」
気持ち良く落ちれただろ? 相方はお気の毒に。
「ふんぬううううううううおおおおおおあああああ……!」
問答無用で先に門番を蹴り飛ばしたリロはまだ扉と格闘していた。
なかなか開かない扉に苛立ち、とうとうリロの身体からチロチロと火の精霊が顔を出し始めているのに気付いた。
「ユーリィ」
隣りのユーリィに声を掛けると、察しの良い彼女はみなまで言う前に頷く。
「う……うん、壊したり燃やしたりするよりは、良いよね」
ユーリィが軽く腕を上げて前方を指し示すと、神殿の扉の両脇に設置された大きな窓がガタガタと揺れた。ユーリィの操る風の精霊がその姿を見せる事無く窓の隙間から神殿内部へ侵入したのだと思われる。
カチャリと音がして、急に扉が開き、リロは勢い余って前のめりに転がったが、
「よっしゃ!」
と、まるで自分の力で開けたみたいな声を上げ、すぐさま立ち上がって駆け出した。
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